side 愛海

 早朝


 私は山の中を歩いていた。


 なぜ、私が歩いているのか

 その理由は解かっている。


 彼に、白垣幸博に会うためだ。

 

 今日の昼、彼は最愛の人と挙式する。

 二人が永遠の愛を誓いあう、郊外の山中にある小さな教会に向かって私は歩いているのだ。



 私は、母と子くらいの年の差がある彼の事を愛していた。

 

 それは一目ぼれだった。

 入社時、挨拶をする時に浮かべた彼の真剣な眼差しに、私の心は射抜かれた。

 

 40歳過ぎていたのに、初めての恋だった。

 それまで恋なんてしたことがなかったのに……。

 会社に入社してからは、仕事に専念し、寿退社する同僚を見ても、何の感慨も浮かばなかったのに。


 私は遅まきながら恋を知ってしまったのだ。


 彼は私を慕ってくれた、だから、私は時には厳しく、そして時には優しく、彼を育てあげた。

 いえ、本音をいえば、部下の教育の名目で、彼の傍にずっといたかったのだ。


 そして、彼の才能と努力の結果、彼の業績はあがり、そして素敵な彼女もできた。

 


 新屋敷香恋(にいやしきかれん)さん。



 彼女が彼に相応しい女性であることを私は知っている。

 複数の探偵に素行調査も依頼したし、私が直接あって確認もした。 

 施設で育った境遇ゆえに、自分を過小評価するところはあるが、真っすぐに生きてきた事は間違いない。


 それに彼とは同じ施設で育った、いわゆる幼馴染だ。

 彼のことを深く愛しているのも、その表情をみればわかる。


 誰がみても、私より彼女のほうが、彼にお似合いだった。

 私は、彼に本当の想いを知られる前に身を引いて、2人の結婚式に出席して祝福するべきであった。

 

 でも、できなかった。

 できるわけがなかった。


 想像しただけで、気が狂いそうなになるのだから

 だから、不自然に思われながらも、結婚式への出席を辞退するしかなかった。


 結婚式の日、自宅から独り、彼らを祝福するつもりだった。


 でも、私はある事で悩んでしまい。

 

「あなたは、それでいいのですか?」


 あの老紳士の言葉が、私が必死に押し殺してきた黒くてドロドロな感情を解放してしまった。

 

 だけど、私は……


 私は山の中を歩いていく。



 彼、そして彼女に会うために…… 


 会って……、……するために。

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