Section-2: 天使か悪魔か、メスガキか

第11話「葛藤」

 連邦正規軍艦隊と俺たち表現の自由戦士隊艦隊は、帝国軍の航宙母艦1隻、重巡航艦3隻、軽巡航艦4隻、駆逐艦3隻を撃沈した。駆逐艦1隻を除き艦隊を全滅させたことになる。その駆逐艦も逃走中だが、シャイロー第一惑星のあたりで捕捉出来る見込みだ。


 というのも、駆逐艦は航続距離が短い。星系内を幾度も往復出来るようには出来ていないのだ。奴ら帝国軍が占領している、第一惑星で補給を受けねばならないはずだ。そしてその間に捕まえることが出来る。


 フォカヌポウ提督は、今後の作戦をこう説明した。


「我が艦隊は正規軍とともにシャイロー第一惑星コリンスへと向かい、同地を帝国軍の手から解放する。現時点でコリンスから脱出する艦船はなく、敵は地表の要塞で持ち堪える腹積もりらしい」


 つまりは、地上戦になる。地上戦を担うのは俺たちウォリアー隊と、各艦に分乗する陸戦隊だ。航宙母艦ウォリアーにも勿論陸戦隊が乗り込んでおり、彼らはいきり立っていた。俺がトレーニングルームで黙々と筋トレに励んでいるそばで、彼らは互いの筋肉を褒め合いながら雑談している。


「ついにか! 腕が鳴るなァ」

「はやく俺の筋肉を奴らに見せつけてやりたいぜ……」


 表現の自由戦士隊の陸戦隊員には元正規軍の者が多い。その殆どが「ウォリアー適正が無いだけで、身体的には強壮な者」で構成されている。ようは「動けるオタク」と「筋トレオタク」の集まりだ。一人の陸戦隊員が声をかけてくる。


「やぁ和唐瀬大尉殿! 精が出ますなぁ」

「ああ、身体がッ、資本ッ、だから……なッ」


 俺はアームバー(大胸筋を鍛える器具)を押し込みながら答える。ウォリアーは脳波で操縦するものだが、その動きは自身の身体能力に「引っ張られる」。ゆえに身体を鍛えておくのは、ウォリアーパイロットの基礎訓練といえた。まあ、人間誰しも宇宙空間上にいると全身の筋力が衰えるので、ウォリアーパイロットでなくとも宇宙艦乗りには定期的なトレーニングが義務付けられているのだが。


((はいはーい、あと3回だよー♡ にーい、いーち……ゼロ♡ ゼロ♡ ゼロ♡))

((黙れ、メスガキ! いかがわしいカウントダウンをやめろ!))

((くふふふふ……))


 インナーメスガキがうるさい。コイツ、フォカヌポウ提督からもらったメスガキASMRが余程気に入ったのか、やたらと真似しているのだ。


「大丈夫ですか和唐瀬大尉? 顔真っ赤ですよ?」

「あ、ああ……ちょっと負荷が大きすぎたらしい」


 メスガキ人格が繰り出す脳内ASMRにキレてたから赤くなっていたんだよ、とは言えなかった。言えるわけがない。……ともあれ陸戦隊員は、俺の言い訳に納得してくれたようだ。


「ははは、自分を追い込むのは大事ですが、やり過ぎは怪我のもとですからなぁ。お気をつけて」

「ありがとう」


 陸戦隊員は見事な胸板を張り、白い歯を輝かせながら笑った。



 トレーニングを終えて部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。


「……話したいことがある」


 虚空にそう言葉を放つと、俺の目の前に金髪の少女が現れた。ニヤニヤと、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。俺のインナーメスガキだ。


「なあに? 和唐瀬」

「……お前、実体化……いや、幻覚か。俺の視界上に現れることも出来たのか」

「まぁねぇ。で、なぁに?」

「お前の態度についてだ。今後、軍の命令に反するような行動はやめろ」


 前回の戦いの時、インナーメスガキは任務を逸脱してまで敵と戦おうとした。それは僚機であるジェシカを危険に晒す行為であり、第一作戦命令に反することだ。到底看過出来ない。


「どうしてぇ? あたし、貴方の代わりに復讐してあげてるんだよぉ?」

「代わりに?」

「くふふふふ……あたしは貴方が『メスガキロールプレイをしたくない』という願いが産んだ別人格。でも、それだけじゃないみたい。あたしは、貴方が好ましく思っていないものを一手に引き受けているんだよ♡」

「どういうことだ」


 インナーメスガキはニイと口角を吊り上げた。


「貴方は、心の奥底では『復讐なんて虚しい』って思っているんだよ。そんなことをしても意味はない、って。でも同時に、それをしなければ生きる目標がなくなることも理解している……でも、意味がないことはやりたくない。だからあたしに押し付けた」

「そ、そんなことはッ……」

「そんなことがあるから、あたしがこういう性格になったんだよ。……くふふ、矛盾してて身勝手だよねー? 家族を殺された憎しみは本物なのにさ、本質的にそれが無意味だって理解してる。本当はやりたくなんてないんだ。……だからあたしという人格が、それを引き受けているんだよ」


 確かに、理性では復讐なんて無意味だと理解している。どんなに敵を殺しても、死んでしまった家族は戻ってこないのだ。だが、しかし……。


「とんだくそざこアイデンティティーだよねー? こーんなにちっちゃい女の子に羞恥心どころか復讐まで押し付けて、自我を守ろうとしてるんだ♡ ざーこ♡ ざこアイデンティティー♡ 寄って立つところのない軟弱者♡ 本当に大人なのぉ?」

「黙れ、メスガキ!!」


 そう叫ぶと、インナーメスガキの幻覚はニタニタと笑いながら姿を消した。……だが、彼女が言ったことは俺の心に深い爪痕を残した。俺のアイデンティティーとは、なんだ? どう生きるのが正解だというのだ?

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