【十】なぜか、店が次々と入れ替わる場所

1)

「オレ、次の誕生日が来る前に仕事辞めようと思うのだけど」

 夕食どきに、旦那さんが言った。

「えっ、そうなの? まあ、とめる理由はないけど……どうしたの?」

 突然の提案に奥さんは少々、戸惑った。旦那さんは50代半ばで大手企業に勤めている。給料は悪くない。

「自分のやりたいことをしてみたいんだ。子供も独立したし、家のローンも終わった。何とかなると思うのだけど」

「あなたが家でボーっとできると思わないのだけど、プランはあるの?」

 奥さんは、まずは旦那さんの考えを聞いてみることにした。

「一緒に飲食店をやらないか?」

「飲食!? 全然、専門外じゃない」

「唐揚げ屋がいいと思っている。ウチの兄貴は田舎で稼業を継いで養鶏場やってるだろ。そこから、高級な鶏肉が仕入れられる。それをウリにできないかと思ってるんだ」

 奥さんが真剣に聞いているので、詳細なプランを話すことにした。

「まず1年間、日本中の唐揚げを食べ歩いて研究する。平行して独自の唐揚げのレシピを作る。使うのは胸肉だけ。ヘルシーだけど柔らかくてジューシーをウリにしたいんだ」

「ふーん。あなた研究熱心なので、意外といけるかもしれないわね」

 奥さんは不安はあったが、子供にも家にもお金はかからないので、数年なら芽が出なくてもやっていける気がした。

「これまで30年間、仕事がんばってきたんだし、やりたいようにやってみたら。手伝うわ」

「ありがとう。地元に愛される店が作れたらいいね」



2)

 旦那さんは計画通り、食べ歩きをしながらレシピを開発した。鶏肉は旦那さんの兄貴の養鶏場から仕入れることにした。兄貴は喜んで計画に乗ってくれた。


 並行して店の場所を探した。最寄り駅は大きい駅ではかったが、近くに商店街がある。その当たりを探していたら、偶然いい物件が見つかった。想像より家賃が安く、前の店が総菜屋だったので厨房はそのまま使うことができそうだった。

「そういえば、色んなお店がどんどん入れ替わっている場所だな」

「そうね。前は総菜屋、その前はラーメン屋じゃなかったかしら。その前は……」

「そのおかげで家賃が安くなってるなら、ありがたいけどね」

 物件を決めた日、二人はそんな会話をした。


 機材や備品はできるだけ流用して内装を新しくした。口コミは重要なので、インターネットの飲食店の宣伝サイトに登録を済ませた。

 開業資金で退職金のほとんどがなくなってしまったが、デザイナーに頼んで作った看板は満足な出来ばえだった。店内は12席。持ち帰りと店内飲食のどちらも可能な作りにした。



3)

「いらっしゃい!」

 開店当日、最初の客は40代の主婦だった。

「広告が入っていたので来てみました。いいにおいですね。子供が唐揚げ好きなので」

「特選の胸肉を使ってます。ヘルシーだけど、パサパサしてませんよ。研究を重ねたレシピで柔らかくジューシーに仕上げています」

 奥さんが準備した通りに話した。


 広告のおかげもあり、客足は順調だった。その後、口コミが地元で広がり、想定以上を売り上げることができた。


「この調子なら2年くらいで元がとれそうだね」

 開店から一カ月経った、ある日、旦那さんが上機嫌で言った。

「そうね。地元の人のおかげね」

 奥さんも、手ごたえを感じていた。



4)

 そんなある日、パタリと客足がとまった。行列が出来ていた時間帯でもまったくお客さんが来ない。

「どうしたのかしら?」

 突然の出来事に奥さんは不安になってきた。そんな日が三日間も続いた。


「な、何だよこれ」

 携帯電話を見ていた旦那さんが驚きの声を上げた。

「うちの店への書き込みを見ていたのだけど……ほらっ」

 奥さんは携帯電話をのぞいた。

「えっ、この店の唐揚げに金属タワシの破片が入ったって? 衛生管理ができてないので買うのはやめろって!」

「そもそも、うちは金属のタワシは使ってない。金属片なんて入りようがないよ」

「悪質ないたずらかしら」

「だとしても、書き込みを読んだ人は店に来ないよな。事実だとしたら、直接、来てくればお詫びができたのに」

 旦那さんは悔しそうに言った。奥さんも言葉を失った。



5)

 翌日も全く客は来なかった。

 二人とも意気消沈して会話がなくなっていた。


 そんな沈黙に耐えかねて、奥さんがポツリと言った。

「私、星占いのインターネット掲示板をよく見るんだけど、その日の 『避けるべきアイテム』 を教えてくれるやつがあるの。ラジオ番組でやってる内容を誰かが転記してるみたいなんだけど」

「ラッキーアイテムはよく見るけど、避けるべきアイテムは聞かないな」

「でね、例の書き込みがあった日の避けるべきアイテムを見てみたら 『抽象的な絵』 だったの」

「抽象的な……絵?」

 旦那さんは、壁に飾った絵を横目で見た。前の店から掛かっていたものを流用していた。

「よく考えたら、この絵、店の雰囲気に合ってない気がするの。なぜ、変えなかったのかしら?」

 自分で口に出して言ったことで、奥さんは絵のことが気になって仕方なくなった。

「お願い、あなた。この絵を外してくれない?」

 普段、主張することが少ない奥さんの言葉に旦那さんは少々驚いた。


(絵が原因だなんて思わないけど、オレのワガママを聞いてもらっているしな)

「分かった。外して新しいのを買いに行こう。今日は、早めに店を閉めようか」

 奥さんは、希望を聞いてもらえてうれしそうだった。


 旦那さんは足台を持ってきて、絵の縁に手をかけた。ひもで掛かっているだけのはずなのに外れない。

「あれ? ビクともしない。アッ、痛っ!」

 旦那さんは絵から手を離した。両手の指から血が出ていた。絵の裏に鋭利えいろな突起があるようだった。

 旦那さんは裏を手触りでよく確認して改めて絵を引っ張った。


 バン! 大きな音とともに絵が外れた。

 旦那さんは絵が外れた勢いで、足台から落っこちて尻餅をついてしまった。

「あなた、大丈夫」

 奥さんが心配そうに近付いた。


「あら、絵、割れちゃったね」

 絵は真っ二つに割けていた。

「今度のゴミの日に処分しよう」

「そうね、再利用はできなさそうだし」


 そのあと、二人で絵を買いに行った。抽象画はやめて、青い海が絵が描かれた爽やかな印象の絵を購入した。


6)

 翌日の開店前に、奥さんはその絵を飾った。


「あっ、いらっしゃい!」

 気が付けば開店時間の10時を過ぎていた。

「買い行こうと思うとなぜか用事が入っちゃって、最近、来れていなかったんです」

 常連だった近所の主婦だ。

「お子様、小学生でしたわね。今日は特別にいくつかおまけしておきます!」

 奥さんは唐揚げを2個、余分に入れた。

「あら、ありがとうございます。また買いに来ますね」


 その日から、徐々に客足が戻り始めた。

 そして、数日後には開店当初のにぎわいを取り戻していた。


(了)

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