偽デートなど必要ない

 俺と唯依の関係を示す上でデートは不要である。誤解を恐れず言うのなら、日常からして相当親密な間柄にあることは容易に推察できるはずだからだ。


 朝、時間が合えば駅で待ち合わせて一緒に登校する。昼。何となく週1くらいの感覚で飯を共にする。菓子パンしか食べない唯依と粗末な弁当の俺は時折中身を交換している。夕方、部活も遊びもなければ一緒に下校する。思いつき次第で遊んで帰る。


 これはもう恋人よりも恋人的である。だから平気で生きていれば平気で騒ぎになる物で、我々の日常に喧しいオーディエンスがついただけだ。

 しかし、この事実は唯依に並々ならぬストレスを与えたらしかった。


「ねえ! 行く先々で揶揄われるし付き合ってるのか聞かれるんだけど!」

「予想できたことだろ」

「そうだけどさぁ! でも聞いてよ、こんなのもあるんだよ?」


 唯依は咳払いをして、無理して低い声を出した。


「あんな男と付き合うな。俺の方が幸せにできるぜ」


 吐き捨てるように言った。


「わかる!? それをほぼ初対面みたいな人に言われる私の気持ち!」

「わからん。ただ事実だろ」

「ひっど! 多分波止場先輩も言われてるよ!?」

「可哀想だな。この計画は中止するか」

「その感想の違いは何!」


 いくら彼女が喚こうが状況は好転しないのだ。だいたいこの話を廊下でするのだから始末に負えない。実際、視界の端にいた男子が消えていった。


「その恨みは全部俺に行くんだが」

「……それはそうだけどさ。できるだけ一緒にいるから、ほとぼりが冷めるまで我慢してよ」

「部活は?」

「その時は波止場先輩にフォローしてもらうとか。あと瞬が自衛する。髪もぼっさぼさだしさ、見た目くらい気を使ってよ」

「無駄だろそんなの。面倒だ」

「なら梳かしてあげよっか?」


 愛用の櫛を取り出してにじり寄る彼女を止めた。それはいけない。炎上する。

 残念そうにしながらも、唯依はぼそっと呟いた。


「なんか、当たり前だったことのおかしさに気づいたって感じだよね」

「高校生にもなって俺たちは何をやってるんだろうな」

「だよね。これ終わったら1回距離置いてみる? 今は波止場先輩がいるから安心だし」

「何が安心なんだ?」

「こっちの話。でも瞬って、1回距離置いたら2度と詰められなさそう」

「何ともならないだろ」

「えー? そこまで私辛辣に見える?」

「うん」


 頭を叩かれた。負けじと肩を小突いた。こうして気軽にお互いの体に触れるのも、どうやら観客には一大事らしい。ただ、本当に面倒なのは彼らではない。

 今も感じる敵意の視線に溜息をつくと、幸せが逃げると怒られるのだった。

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