後悔

いろじすた

第1話 突然の訪問者

 俺の名前は、後藤優作。

 毎年新卒就職人気企業ランキング上位に入る総合商社に勤めている、働き盛りに32歳だ。

 うちは、両親が早く他界してしまったため、5つ上の姉が自分のやりたい事を全て諦め、俺の事を育ててくれた。

 

 そんな姉に報いるため、俺は中高と寝る間を惜しんで勉強し、一流大学に入る事ができた。

 

 大学に入ると同時に俺は姉の元を離れて、一人暮らしを始める。学費は給付型の奨学金をもらえる事になっているし、生活費はバイトすれば自分一人何とかなる。そう言って、心配性の姉を説得した。

 正直俺も姉と離れるのは寂しいが、姉を俺という縛りから解放してあげたかったのだ。

 

 姉は毎月仕送りをする気満々だったのだが、それを断った。これからは、お金も自分のために、好きに使って欲しいと思ったのだ。姉は、渋々それを承知し、その代わり一人暮らしの部屋の初期費用だけは絶対出すと言って譲らなかったので、何でもかんでも断るのも姉に悪いので、甘える事にした。

 だが、それ以外の出費については自分で何とかしたかったため、大学が決まってから、時間をフル活用してバイトを始め結構な金額を貯める事ができた。

 

 家具や電化製品など一人暮らしに必要な物を購入しても、まだ手持ちに余裕があったので、姉の提案でオシャレをしてみる事にした。

 生まれて初めて訪れた美容室で流行りの髪型にしてもらい、今まで着た事のないオシャレな服を着て街を歩く。そんな俺をすれ違う女の人達がジロジロと見てきて少し気まずくしていると、

「あぁ~私だけの秘密だったんだけどなぁ~」と姉は少し寂しそうな表情で俺に告げる。


 今まで知らなかったが、俺は、めちゃめちゃ美形だったらし。それに付け加え、亡くなった両親が二人とも上背があったため、高身長だ。


「あんまり、女の子を泣かせちゃだめだぞ?」

「そ、そんな事しないよ!」


 ふざけあいながら、俺は姉とのショッピングを楽しんだ。


 そして、出立の日――


「ふふふ、寂しくなるな~」

「ねぇちゃん……今まで育ててくれて本当にありがとう。ねぇちゃん、自分の好きな事も我慢して……俺を……」俺の両目に涙がたまる。

「もっともっと育ててあげたんだけどね~何かあったらすぐに連絡してね……ちゃんとご飯も食べてね……優君、風邪ひきやすいんだから体調管理も、し、しっかり……す、うぅ…するん、だよ……」


 ねぇちゃんの瞳からも涙が溢れ出る。そして、ねぇちゃんは涙が頬を伝うと同時に俺を力強く抱きしめ、俺もねぇちゃんを抱きしめた。あまり力を込めるといけないから優しく包み込む様に抱きしめた。

 本当はねぇちゃんと離れたくない。できればずっと一緒にいたい。

 だけど、それじゃダメなんだ。

 ねぇちゃんには幸せになって欲しいんだ。

 俺は行かなくちゃいけないんだ。

 

「じゃあ、いってきます」

 と俺は後ろ髪を引かれる思いで、我が家を後にした。


 大学生活は、何というか楽しかった。

 所謂大学デビューに成功した俺は、高校時代とは思えないほど沢山の友人に囲まれ充実した生活送っていた。最初は大学デビューというのがバレない様にするのが大変だったが、慣れれば何という事もなかった。

 

 この恵まれた容姿で異性にもモテた。


 最初にできた彼女で童貞を捨ててからは純情なんてものなどどこにいってしまったのやら、女をとっかえひっかえとひどい事をしていた。


 そんな中、家が裕福な彼女が出来た。

 少し頼めば、何でも買ってくれる。

 バイトなんかしなくても余裕で生活できる金をくれる。

 彼女とは、2年間付き合っていたが、その間俺は何度も何度も浮気を繰り返し終いには彼女を捨てた。

 あんなに良くしてくれた彼女に……今でも、彼女が泣きながら俺にしがみ付き別れたくないと言っていたあの場面が目に浮かぶ。本当にクソ野郎だった。


 そんな俺も、もうすぐ結婚をする。

 相手は、取引先の社長令嬢だ。

 社長が社内でも出世株の俺を偉く気に入ってくれて、娘さんを紹介してくれたのだ。

 容姿端麗、品行方正。家柄も良く、一人娘であるため、社長は俺を後継者として育てたいと言っている。

 勝ち組の人生が確定したのだ。

 数日後、両家揃っての結納がある。これでねぇちゃんも安心してくれるだろう。


 これからの訪れる勝ち組人生を想像していると、ピンポーンとチャイムが鳴る。


「うん? 誰だろう?」


 ただ今の時刻は、20時。こんな時間に俺を訪ねてくる奴なんていない。そもそも、訪ねてくるなら、先に連絡がある筈だ。あぁ、もしかして、昨日注文した本が届いたかも知れない。

 ピンポーン

 再度チャイムがなり、俺はモニターへと近づく。


「はいはーい」


 そこに映っていたのは、小学校低学年くらいの少女だった。


「後藤優作さんですか?」


 少女は俺の名前を知っている。


「そうだけど、君は誰かな?」


 俺は少女を知らない。


「優香です。佐伯優香です」


 佐伯……? まさか……いや、どこか彼女に似ている。


「まさか、佐伯美香は……?」

「ママです」


 やっぱり! 佐伯美香は大学時代に俺が散々貢がせて捨てた元カノだ。

 普段ならすぐに気づかなっただろうが、丁度先程美香の事を思い出していたからなのかパット名前が浮かんだ。


「なんで、君がここに? いや、とりあえずそっちにいくから待ってて」

「はい……」

 俺は、慌てて1階のロビーへと向かった。


 ロビーのソファーにちょこんと少女が座っている。

 まっすぐ腰辺りまで伸びいる黒髪にきりっとした一重瞼の双眸は美香の面影がある。


「待たせたね、えっと、優香ちゃん?」


 俺の呼びかけに、少女はソファーから立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。


「はい、優香です」

「えっと……俺に何の用かな?」 

「ママの言ってた通りかっこいいですね」

「えっ? あぁ……ありがとう」

「ママからです」


 優香は、俺にスマホ渡す。


『優ちゃん、久しぶり』


 美香の声だ。


「あぁ」

『急にごめんね? その子、優香は、優ちゃんと私の子供なの』


 えっ……!? 


「なッ、なにを……」


 パニック状態に陥りそうになる。


『驚いた? あぁ、心配しないで、娘を優ちゃん押し付けるとかじゃないから。私、外せない用事があって、数日だけ優ちゃんに娘の面倒を見て欲しいの』

「ちょ、何言ってんだよ! 俺の都合は!」

『それくらいしてくれるよね? あれだけ私に貢がせた癖に他所に沢山女作って、最後にはぽいッと捨てる』


 それを言われると何も反論できない。


「そ、それは、すまないと思ってる……」

『なら、いいでしょう? 優ちゃんが結婚するって聞いて、最後のチャンスだと思っただけなの優香が父親と過ごす最後のね……』

「てか、俺が結婚するとか、しかも、このマンションとかどうやって」

『私、里佳子さんとたまに連絡してるんだよ?』

「まじかよ……」


 里佳子は俺のねぇちゃんの名前だ。

 美香とねぇちゃんは、当時俺達が付き合っていた時やたらと仲が良かった。まだ、繋がっていたとは……。


『と、いう訳でお願いね~土曜日の朝には迎えにいくから』

「ちょ、おま、土曜には! あっ、切りやがった!」


 なんて強引な、昔の美香とは大違いだ。

 昔は自分の意見も言えない従順な女だったのだが、母親になると神経が図太くなるというが、それなのだろうか?


 いや、今はそんなことより。俺は、チラッと優香を見る。

 おいおい、どうすんだよ……。俺に、子供の面倒なんてみれるのか?

 しかも、土曜日って、結納の日じゃないか……。

 てか、本当に俺の子供なのか?

 この子の名前、優作と美香の名前で優香なのか?。

 ごちゃごちゃしてる頭の中を整理していると、「あのぉ……」と優香が俺に手を差し伸べる。


「あぁ、ごめん。はい」


 俺は、スマホを優香の手にのせる。


「どうも……あのぉ、迷惑でしたら、優香は、ホテルにでも泊まりますので」

「いやいやいや、それより、君いくつ?」

「10歳です」

「まじか……」


 10歳って、えらく落ち着いてるから、もっと上かと思った。

 俺の子供云々の前にこんな小さい子を外に放り出すなんて、それは人間としてどうだろう。


「はぁ~いいよ、君のママが来るまで家にいても」

「いいんですか?」

「あぁ、ほら行くよ。ついて来て」

「……はい」


 これは俺なりの美香への贖罪だ。

 散々酷い目に遇わせた、美香への贖罪なんだ。これで、少しは俺の後ろめたさかが軽減されれば……。


 そう思いながら、俺は優香を連れエレベーターに乗り込んだ。


□◆□◆□◆□◆□◆


「さぁ、入って」

「おじゃま、します」


 優香は、キョロキョロと辺りを伺いながら俺の部屋の玄関をくぐり、俺の誘導に従いリビングへと進む。


「好きな所に座って、麦茶しかないけどいいかな?」

「はい、それでいいです」


 と、少女は3人掛けのソファーに腰かける。

 冷蔵庫かあ2リットルの麦茶のペットボトルを出し透明なグラスに注ぎ優香に手渡す。


「ありがとうございます」と喉が渇いていたのか優香はグラスの半分くらいを一気に飲み干し、グラスをローテーブルに置く。

 

「えっと、君は、俺の娘なのか?」


 こんな幼い少女相手に酷な質問なのかもしれないが、聞かずにはいられなかった。


「そう、みたいですね」

「そうみたいって……」

「父の顔なんて知りませんので、ママから勇作さんの写真を見せられ、これが優香のパパだよって言われたらそう信じるしかないですよね?」

「まぁ、確かに……美香は俺の事をなんて?」

「散々貢がせておいて、沢山浮気されて、挙句の果てに自分を捨てたクソ野郎って言ってます」

「…………」


 言葉を失った。

 いや、言ってる事は間違いないけど、こんな小さい子供に聞かせる話じゃないだろうに……。


「……でも」

「うん?」

「凄くカッコいい人だって、勇作さんの事を貶した後は決まった様に言ってました」

「そうか……」


 そこで、話は途切れた。


 優香が眠たそうにしていたので、お風呂に入る様に伝え、俺は優香の寝床の準備をした。


 俺のマンションは1LDKで、寝室は一つ。

 たった数日の間だ。優香には俺のベッドで寝てもらって、俺はソファーで寝ればいいだろう。

 本当に自分の娘なのか分からないのに、同室で寝るのはマズイだろう……。


 そんな事を考えていると、優香がお風呂から上がってくる 

 うん……本当に美香によく似ている。  


「あのぉ、何か?」

「い、いや、何でもない」


 懐かしいと思って、ボーっと眺めてしまった。


「俺のベッド使っていいから、シーツは新しいのに交換したし、布団と枕もお客さん用の新しいのにしてあるから」

 これくらいの歳頃の女の子も、オジさんの使ったものなんて嫌がるだろ。


「えっ? 勇作さんは、どこで寝るんですか?」

「俺は、ソファーで寝るよ」

「優香は、誰か横で寝ていてくれないと寝れないです」

「はい?」

「いつもは、ママが隣で寝てくれるから……」


 おいおい、マジかよ。


「じゃあ、優香ちゃんはベッドに寝て、俺は下に布団を敷いて寝るよ。それでどうかな?」


 これが最大の譲歩だ。


「それなら、まぁ……」

「俺明日早く出ないといけないからもう寝るけど、優香ちゃんはどうする?」

「優香も眠いので、もう寝ます」


 俺と優香は取り決めた通り、優香はベッドで俺はその下に布団を敷いて横になり、電気を消す。

 

 電気を消して、30分は経っただろうか?

 明日は朝一で遠方のお客さんに会いに行くために、今日は早く寝ないといけないのに、寝付けない。ベッドの上からは、スース―と優香の寝息が聞こえる。良かった、無事に眠りについた様だ……。


 そう言えばこの部屋に人を入れるのは初めてだな……。

 

 真っ暗な俺の寝室は、俺の日常の四分の一を過ごしている俺だけの空間なのだが今日はやけに慣れない感じがする。


「俺の娘、か」

 

 本当かどうかは定かではないが、凄く複雑な気分だ。

 結婚を前にして、子供がいる事が発覚……正直不安しかない。

 だが、美香は俺に押し付けはしないと言っていた。

 美香は決して嘘をつくような人間じゃないから、本当にそうなんだろう。

 そもそも、子供が出来たのなら、何で俺に連絡してくれなかったんだ?

 知っていたら、俺も責任を取って美香と一緒になっていた筈だ。

 いや、それは、美香の家族が許さなかっただろう……。ずっと、親もいない、家柄も良くない俺の事を毛嫌いしていたからなぁ、会ってもくれなかったし。

 これから俺の義父となる社長とは正反対だ。「親が居ない? 家柄が良くない? ハン! ワシがお前の親になってやる。そんでもって、お前がこの会社を継ぐんだ!」

 目から鱗だった。

 

 ガサガサ


 うん? ベッドから立ち上がる音が、優香のやつトイレか?

 トイレの場所分かるよな? さっき教えたし。

 と心配していると俺の背中に温かい体温が感じられる。


「えっ? ちょ、優香ちゃん?」


 なんと優香が俺の背中にペタッとくっついて、寝息を立てているではないか。


「まじか……どうすんだこれ」

 

 にっちもさっちもいかず、慌てていると……。


「……ぱ、ぱ……」

「えっ……?」

 

 俺のリアクションに対する反応がないのを見ると、どうやら寝言だったようだ。

 

「はぁ~なんだかなぁ」


 気持ち良さそうに寝息を立てている優香を起こして、ベッドに戻す気にもなれず、俺はそのまま瞼を閉じた。


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