第44話:暴力の実態:苦い涙、ひたすら悔しい!

また人……。

携帯ではしゃぐキラキラしたチンピラの若いニーチャンとネーチャン。

頭の中にキンキン突き刺さる。

大声を上げて狂いたい。

私を見てッ。

私を見ないでッ。

私に構ってッ。

私に構わないでッ!。

みんなが一人一人どんどん背中にぶさってくる。

押しつぶされそう。

私は逃げる。

すると、前の黒にぶち当たる。

ガラスに映る私の顔。

いつもの肌の色。

顔は殴られてなかったんだ。

学校側にバレるからか……。

白い肌……。

制服の中はこんなにじんじん言っているのに。

キモチ悪い……。

きだしそう。

腹が鳴る。

こんな時にも……。

体力が欲しいんだ。

たぶん家まで持たない。

何か食べなきゃ。

くせえ。

失禁してるから。


電車を降りてコンビニに寄る。

蛍光灯の煌々こうこうとしたレモン色の光が全身をく。

はちの巣にされた痛みがよみがえり思わず嘔吐えずく。

ドアを開けたが奥まで行けない。

食い物を物色するほどの力がない。

フラフラしている。

視界が ブレてぼやける。

レジ脇に置いてあるおでんが目に飛び込む。

「これください」

という言葉が口から吐き出た。

店員はニカニカ

「何にしましょう?」

と能天気に言いやがる。

水雑巾みずぞうきんかぶったようにベチャッとヒヤッと鬱陶うっとうしい。

「一品ずつ全部下さい」

と最後の言葉でこの厄介者を片付ける。


ゼエゼエと息を吐きながら、なんとか外へ出る。

早く口に入れたい。

口の中が酸味で痛い。

汁を飲みたい。

あったかい食べもの……。

百歳の老人のようにヨロヨロと前へ進み、なんとか駐車場の縁石えんせきに、グッと歯を食いしばって腰を落とす。

ズキンと尻から痛みが走る。

手がおぼつかない。

口元がワナワナブルブル震えてる。

痙攣けいれんしている手でフタを開ける。

湯気がムワッと鼻にせ返る。

食い物!。

急いで割り箸を歯で食い割る。

慌てて唇を下品に〝チュー〟するようにとがらせ、鼻息を吸い込みながら汁をすする。

昆布の酸っぱい出汁だしの味が高圧電流を流されたようにビーンと身体からだを締め付けた。

その瞬間、目から涙がドバッとあふれ出た。

クーッと歯を食いしばり嗚咽おえつした。

鼻水がびろーんと垂れて、てかてかアスファルトを濡らした。

みっともない。

でも、止まらない。

ダムの決壊けっかいのように、飛び出すようにしとどに流れ落ち、顔をくしゃくしゃにする。


 ちくしょうッ……。くやしい……。

 これが暴力だ。

 わかったか!。

 一人でハードボイルド気取ったって気休めにもならない。


私はむせび泣き、鼻水をすすった。

店内の明かりが煌々と私を照らす。

消してくれ。

真っ暗がいい。

たむろしているチンピラが気持ち悪そうにこっちを見ている。

身体が重い。

とにかく食べなきゃ。

き込んだ。

味なんて分からない。

一口一口喉につっかえて窒息しそうになる。

汁で流し込む。

そして、どうにか全部み込む。

私は、カップと箸を蛍光灯に白く照らされるアスファルトに投げ置いて、クタッと顔を垂らす。

溜息がれる。

少しは軽い。

そのまま深呼吸を続ける。

ようやく激痛が引き始める。

すると、反射的に疲れがどっと押し寄せた。

寝ないと……。

私は、食いカスを散らかしたまま家へ向かった。


家に返ると、もう9時をまわっていた。

母親が飛び出してきた。

私は、文化祭の打ち上げで夕食をみんなで食べた、と誤魔化ごまかして2階へ上がった。

水谷が心配して電話したらしい。母は10時まで私がに帰ってこなかったら連絡すると言っていた。

とにかく悟られまいとして「そのまま寝る」とだけ言葉をほうって、母をかわした。

母は、せっかく作った夕飯がもったいない、とぶつぶつ文句を言いながら台所へ戻っていった。

 部屋に入ると、ハアハアと息の音が耳をめ付ける。

灯りを点けると、まず、ベッドに目が行った。

幼時から見てきた蒲団の花や草木の古臭ふるくさがらたまらなく優しく胸にみる。

この模様だけが、世界で唯一私の味方のような気がした。

私は、キリキリ関節の痛みをこらえながら服を脱いで、身体中を確かめた。

全身にアゲハ蝶の黒い斑点はんてんのような青アザができている。

驚きはしない。

あれだけられれば当然だ。

ただ、気色きしょく悪い。

ブラジャーのホックを外そうと、腕を背中にまわした瞬間、ショック死しそうな激痛が走った。

くさい溜息が漏れた。

おでんの昆布出汁こぶだしと胃液。

パンツがおしっこのみで黄ばんでいる。

見たくない。

私は、明日からのリハビリに不安を覚えた。

何日ぐらいで引くのか……。

2・3日は学校に行けそうにない……。

何か口実を考えなきゃ。

頭がぶらつく。

私はパジャマに着替えて、ベッドの中に自分を丁寧にしまい込んだ。

とにかく、寝なきゃ。

生爪なまづめが痛てぇ……。

脈打つたびに鈍器どんきで殴られるようだ。

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