第6章 おとしまえ:やったからには責任は持つ

第40話:おとしまえ①:不器用(生き方)を貫く

夕方、家庭科室で客を呼んでの打ち上げが行なわれた。

舞台の勢いが止まらず、部費の今年度予算をぎ込んで、無礼講ぶれいこうのどんちゃん立食パーティーになった。

1年生が、近くのコンビニでジュースやお菓子を景気よくどんどん買ってくる。

テーブルにこぼれんばかりにぶちまける。

各調理試食台ししょくだいが色鮮やかな花壇のようになる。

趣味が良いのか悪いのか、きゅうりの漬物つけものまである。

酒もないのにどうやってつままむんだ。

でも、誰もツッコまない。

ゲラゲラ声を上げて、みんな、よく食べる。

笑って泣いて支離滅裂な色とりどりの声。

せましとあふれる喜怒哀楽の人々。

舞台の快感を語る人。

芝居の反省をする人。

演劇論をぶつける人。

2次会の打ち合わせをする人。

人それぞれだが、みんな、ニカニカ曇りがない。

目尻にこぼれるしわがいい。

くっきりと深い溝でしっかりとした太線をえがき、筋肉の収縮でウネウネと波打つ。

生きているみたいだ。

働いている人の皺だ。

空気がピョンピョンとはずむ。

みんな、ワケも解からず誰かに何かを話したくて、とにかく、握手して、お礼を言って、抱き合って目をうるませている。

夏の新緑しんりょくのように声がワッサワッサとしげっている。

みんな、フワリと浮いて空を悠々となめらかに飛んでいるようだ。

そのごった煮の中で、一箇所だけ、空気が透明な所がある。

水谷と浅倉が、バレないように周りに気をつかって、つつましやかに笑み合いながらジュースを飲んでいる。

収まるところに収まったな、と私は何だかスッキリしたような寂しいような、ぶらーんと宙に浮かんでいるような感じだ。

水谷は、私に、愛用のネックレスをくれた。

記念にもらってくれ、と言った。

高そうなものだったので一度遠慮したが、

あんたに受け取って欲しい、と言われたので遠慮なく受け取った。

これでよかったんだよな……。

水谷とは出会えて良かった。

中途部員の私も、部費のジュースやお菓子を食べさせてもらった。

悪くない味だ。

これで本当に終わった……。

私の視界は、突然ジワリジワリとモノクロームの世界におおわれた。

そして、ガイガイ話し声が一塊ひとかたまりになって、やがては大きくふくれ上がり、そして最後に破裂はれつした。

無音。

静かだ……。

周りがスローモーションになり、グルグルと旋回せんかいする。

みんながドロドロろうのようにけていく。

ちがう……。

周りがおかしいんじゃない。

私が溶けてるんだ。

重りを背負わされたように身体からだが沈む。

腹がよじれる。うんちがしたい……。

私は外の空気を吸おうと、出口の方へ行った。

川田がお迎えに来ていた。

〝ついに来たか……〟

〝わかってたよ〟

ぶるった……。

川田が無表情で発する。

「ちょっといい?」

 重い。いつもの番犬らしく吠えない。

「ん……」

 私は上擦うわずっていたかもしれない。

「ちょっと待って」

 私が奥へ行こうとすると

「逃げんなよ」

「分かってる……」

 私は水谷のもとへ寄った。

 顔が血流でパンパンにふくれ上がって頭の中がのぼせて真っ白になっていた。

「水谷さん」

 声がスカ

 視界のピントが合ってはボヤける。イカれた顕微鏡。

 クラクラして身体がフラフラ、足が地に付かない。

 40度の熱みたいでボウボウふくれる。

 ついでに睡眠薬でユラユラ……。

「なに?」

 水谷は、機嫌よく振り向いた。

 横には浅倉。

 まわりは依然いぜん盛り上がっている。

 吹き飛ばされそう。

「このネックレス、明日もらう。預けとくよ」

「どうして?」

「今日はずいぶん盛り上がってるからなくしそうで……」

「そう、わかった」

 私は、水谷にネックレスを渡した。

 指がかすった。

 震えてるのがバレたかな……。

 バカな私……。

 ジュースで酔っ払った1年生がピョンと駆け寄ってきた。

「先輩、ギター、カッコ良かったですうッ」

「ありがと」

 自分でも何言ってるのか分からない。

「みんな、びっくりしてましたよッ」

「演出がいいのよ」

 私は水谷に微笑みかけた。

 水谷もニコッと受け止める。

 手にはネックレスがキラキラしている。

 それを浅倉がじゃれつくように触る。

 二人でてのひらの光を身を寄せてのぞき込んでいる。

 私は、何となく最後にみんなを眺めた……。

「私、ちょっと部室に」

「あ、先輩、衣装部屋のカギ、掛け忘れてきちゃったんです。ついでに閉めてきてもらっていいですか?」

 キャハハと能天気さが胸に突き刺さる。

 背中が重い。

 私は溜息をこらえた。

「ああ……、いいよ」

 よだれのような返事。

 それだけ言うのが精一杯だった。

 私は鍵を受け取って、川田のもとへ向かった。

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