第12話:植民地:誰も言わないなら私が言う

しおれくたびれた花。

二日酔いの黄色いションベンみたいだ。

鼻をひねられるようなにおい。

湿気しけた花粉でベトベトの花びら。

水の茶ばんだにごり。

くきは水圧でおかされ、繊維が崩壊し、乱れた筆のようにケバケバ水に揺られている。

誰も換えようとしない。

花は小道具に必要で、園芸部や華道部からもらい受ける。

今は誰も取りにいかない。

貰ってきても、西野たちが遊んでダメにする。

西野たちは、もうセットを作っていない。

数日稽古けいこを続けると、3人組が周りを冷やかしまわり始めた。

みんな、おびえて言うことを聞いている。

裏方の進行が遅れる。

水谷が黙って一人残業する。

部長としての責務もあるんだろうが、水谷はそういう奴だ。

それを、水谷をしたう部員たちが手伝う。

浅倉目当ての連中は帰る。

私も手伝った。

これくらいしか役に立てない。

私も居候いそうろうみたいな部員。

西野たちを注意できる立場じゃない。

裏方をおちょくっているうちは我慢できる。

しかし、芝居の立ち稽古まで茶々ちゃちゃを入れてくると、文化祭が成功するかいなかに影響してくる。

しかも、だんだん茶々どころではなくなってきた。

八坂は、明らかに浅倉を狙っている。

ヒロインの2年生の衣装を勝手に着だした。

「浅倉くん。ちょっと台詞せりふ言ってみて」

 部屋の息が凍った。

 八坂が図々しくおねだりする。

 稽古の真っ最中だ。

 2年のヒロインはちぢみ上がって立ち尽くしている。

「シャレだよ」

 と、ニッと笑って部員たちにおどしを掛ける。

悩む者、おびえる者、腹立つ者、あきれる者。

八坂は、ケラケラと、シャレであることを強調。

みんな、どうしていいか分からない。

たまらずに水谷を見る。

水谷が察して、休憩にしようと言った。

取りあえずみんな救われる。

浅倉も、休憩の時間なら、と八坂に付き合う。

八坂の、キャッ、キャッとカラはしゃぎする声が寒くフロアーに響き渡る。

ねちょねちょと浅倉の身体を触り、乳房を押し当て、はしゃぎまくる。

キャッキャッてツラかッ。

浅倉の手にほおり寄せた。

迫ってやがる。

積極的と言おうか自分が見えてないと言おうか、欲しくてたまんねえんだろうな。

誰か猿轡さるぐつわしてやれよ。

見てらんねえ。

しかし、休憩が終わっても、八坂はめない。

浅倉は、どうしていいかしどろもどろ。

水谷を見るみんな。

みんな、水谷に頼るしかない。

この部は水谷が一人で引っ張ってやってきた。

 水谷が意見する。

「だから、あんた、何様よ」

 と八坂。

 浅倉をむさぼりたくて仕方がないのだ。

 〝自分は演出なので芝居の稽古をつけなければならない〟

 と水谷は、あくまで論理的に説明する。

ほかのところればいいじゃん。浅倉くんが出てないところ。台本あんたが書いたんだから分かるでしょ」

 西野が楽しそうに土足で割り込んできた。

 テメエは余計なこと言うなッ。

 水谷は黙っている。

 にらみ合う二人。

 張りつめる部室。

「浅倉くんは主役なんだから、ほとんどの芝居にからむじゃん」

 私はカッとなって、つい出てしまった。

「あんた、誰よ?」

「べつに」

「中途入部者がえらそうに言わないでよね」

「中途って……」

 私は、西野を睨んだ。

 他人ひとのこと言えるのか。

 ギターをたたきつけたくなった。

 握りしめたげんが、てのひらの肉に食い込む。

 やばい、ケンカになるッ……。

「第三幕のところからやりましょう。みんな準備に掛かって」

 私が身を乗り出したところで水谷が言った。

 西野のあごがしゃくれる。

 ヒロインの2年生が申し訳なさそうにションボリ落ち込んでいる。

 第三幕には浅倉の出ない場面がいくつかある。

「セット、手伝ってあげて」

水谷が、私の肩をうながして、怒りのやり場に困る私が恥をかくのをふせいでくれた。

池田は、知らぬ顔でオロオロ。

役者は、わざとらしく無意味な音を立てながら、さも忙しそうにからを吹かして、ただ台本に目をやって逃げている。

第三幕にかかわる者以外はピクリとも動かない。

石像のように固まっている。

数ミリでも動けば、流れだまに当たるような気がして、黒目をスナイパーのようにギラギラさせている。

つばを飲み込む音が、四方の壁に、にちゃにちゃと反射する。

あぶらにまみれた皮膚のこすれる音が気怠けだるく響く。

花瓶の水を換える者はいない。

と言うより、もう、換えなくてもいい、放っとけ、という空気が渦巻うずまいている。

植民地ってこういう風にできていくんだろうな。

黙っておかされるよりほかないって言うのか?。

私たちが甘いって言うのか?。

水谷の演出する声が、ミリ単位の周波数で分かるまでピリピリと痛く響く。

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