第3話:分析不可能:オトボケ浅やん

しかし、この浅倉という男……。

考えるのも情けないがヘタレである。

こいつは私と同じ演劇部なのだが、掛け値なしの美男子だ。

くっきりとした美しい二重ふたえの攻撃色の無い甘い大きな目。

真っ直ぐにそびえ立つ立派な鼻筋。小さく収まった鼻孔びこう

きわどい温もりの厚みを持つ薄い唇。

まるで、全盛期のレッド・ツェッペリンのロバート・プラントのような貴公子系の美男子だ。

そりゃ、見惚みとれるだろうな。

しかし、ムカつくのは、ほとんどの女子生徒が、こいつのダメさ加減に気づいていないことだ。

西野と八坂の目が怖くて距離感がつかめないのだ。

じかにふれあえない。

こいつは変に軽妙で、自分のヘタレをツッコまれそうになると、急に涼しい顔をして押し黙って、嵐に巻き込まれるのをうまくかわすすべを持っている。

術と言うより癖だ。本人に自覚が無い。

その涼しい癖が、絶妙にあの美貌と相俟あいまって、さらに単純な女子生徒を燃え上がらせる。

「よーよー浅倉」とたまに男子が浅倉の失態を冷やかすと、急に黙ってニヤリと北叟笑ほくそえんでやり過ごす。

この笑顔が腹立つほど美しい。

これにたまされてみんなおねつを上げる。

でも、浅倉に距離が近い演劇部の一部の女子はこのヘタレに気づいている。

しかし、少数派で、わざわざ言挙ことあげて噂もしないので、多数派の女子生徒の評価をくつがえすまでには到底いかない。

正直なのか詐欺さぎなのか分からないような紙一重なモテ方だ。

こいつは、一応、文化祭の劇でも主役の二枚目をやる予定。

しかし、やくとは違って驚くほどダメ部員である。

優柔不断で根性なしで一人じゃ何もできない。

いつも部長の水谷に決めてもらっている。

水谷は責任感の強い女だから、何とか舞台を成功させたいために浅倉をフォローする。

今回の劇の主人公は稀代きだいの男前の設定だから、浅倉の美貌をもってしなければ芝居に説得力が出ない。

だから、水谷は浅倉をフォローするんだろう。

まるで世話女房だといつも思う。

やれ衣装のボタンが外れた、台詞せりふの漢字が読めない、自分はどこに立てばいい、

そのたびに水谷が甲斐甲斐かいがいしく世話をする。

私たち水谷を支える一部の部員は『浅倉マザコン劇場』とかげで呼んでいる。

それでも水谷は浅倉の世話をする。

水谷は、本当は浅倉のことが好きなのではないかと思う時がある。

まんざら嫌そうでもないからだ。

あれだけの美男子だもんな……。

でも、部員同志という関係は抜きにして、水谷と浅倉は「しっかり女房とダメ亭主」と、人の相性としてはウマが合っている。

まあ、バランスというやつか。

水谷に真意を尋ねたことはない。

水谷もおおやけには言えないだろう。八坂の目が光っているからな。

だいたい浅倉がはっきりしないのが悪い。

ほとんどの女子生徒は浅倉に憧れている。

本人も気づいてるだろう、これだけ注目されれば。

さっさと彼女を決めればいいのだ。

そして、その女を守ってやれ。

そうすれば、八坂も、他の浅倉にれている生徒も、

そして浅倉に興味のない私も、みんなすっきり胸のつかえが取れる。

今岡のような犠牲者も出ない。

しかし、そんなことはお構いなし。

いつも周りをキョロキョロソワソワ。ただあたふたして何も決められない。

まったくムカつく野郎だ。

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