第29話 ついているならついてこい
――ライブまであと三日。
アイドルたちのレッスンは上々。歌も振り付けも申し分ないレベルだと、エミルからお墨付きをもらった。
当日に与えられる持ち時間は三十分。
シュルーナはトリを務めることになった。本来は、麻思馬市出身のメジャーなバンドがラストを飾る予定だったのだが、スケジュールの関係上、最後まで残れなかった。
加えて、柄乃組が襲撃するという噂がある。暮坂は、万が一のトラブルを先延ばしにするため、序盤ではなくラストにシュルーナをブッキングしたわけだ。
シュルーナの最初の曲は『クレイジィ・ラブ・ライアー』。心音のパートが多い。彼女の歌声は、歌手顔負けのレベルだ。間違いなく評価される一曲となるだろう。
次は、和奏メインの曲。曲名は『シュルーナ』。グループ名と同じ名前。歌もあるが、彼女が魅せるのは『動き』だ。身体能力を活かしたハイレベルなダンスを披露してもらう。
ラストは、全員が主役の歌『グリンベル』。アイドルらしい振り付けで、アイドルらしい歌詞の曲。オーソドックスだが盛り上がりやすい。この曲に関しては、事前に動画配信してある。観客と一体になって盛り上がれるだろう。
以上三曲。このほか、トークなどが入る。アンコールがあったら、それ用の曲も用意してある。
プランニングは完璧。高額な料金を支払っただけあって、暮坂もスジは通してくれている。機材の方は間違いのないモノを揃えてくれたし、リハもしっかりやらせてくれた。
――問題は京史郎の方だった。
未だ、夜奈を抑え切れていない。
夜奈の態度は軟化せず。暮坂をメッセンジャーにして、幾度となく警告を受けている。実際に京史郎自身も、末端の構成員から脅しを受けていた。いや、脅しどころか、襲撃も受けていた。
当然、京史郎とて、なにもしていないわけではない。ありとあらゆる人脈を使って、夜奈のことを調べた。弱みは当然、人間関係、悩み事など、交渉に使えるソースを探した。
だが、収穫はナシ。通っている大学の先輩や教授などにもコンタクトを取ってみたが、極道絡みとわかるや、逃げられてしまう有様。
「……こうなったら、あの女を沈めるしかねえか……」
ポツリとつぶやく京史郎。
「ん? 社長、なんかいま、物騒なこと言いませんでした?」
「……言ってねえよ。それよか、早く帰れ。レッスンは終わったんだろ?」
事務所兼応接室。本日の業務は終了。
アイドルたちは、エミル先生と談笑中。京史郎は居心地悪くデスクに向かっていた。
「打ち合わせですよ。明日撮影する動画のことを話してたんですっ。京さんも一緒に会議しましょうよ。ほら、私の隣、あいてますよ?」
「
肝となっているのは夜奈だ。それは伊南村の態度を見ていればわかった。夜奈の世話役ということで、彼は仕方なく従っているように感じる。
ふと、スマホがメロディを奏でる。知らない番号からだ。
「――誰だ?」
『京史郎』
伊南村の声だった。アイドルたちのいるこの場で物騒な話になれば、それはそれで面倒なので、京史郎は適当に受け答えし、部屋を出ることにする。
「ああ、失礼しました。こちら榊原芸能事務所です。ご用件は?」
『ライブハウスのことだよ。どうなってんだ? あ?』
「もうしわけございません、少々お待ちください」
廊下へ出て、ビル内にある共同男子トイレへと移動する京史郎。便座の蓋の上に腰掛け、声の調子を元に戻す。
「……なんだ、伊南村」
『ビジネスマンは大変だな。人前じゃ、俺みたいなのとは会話もできねえってか? ――まあいい。おまえ、ライブハウスの件、まだあきらめてないそうじゃねえか。お嬢のことも嗅ぎ回ってるらしいな」
「商売敵のことはしっかり調べるのが、ビジネスマンの鉄則なんだ。おまえも破門された時のために、覚えとけよ」
『いつまで執着する気だ? くだらねえライブによ』
「そっちのお姫様こそ、そのくだらねえライブに、よくもまあ飽きずに関わってられるぜ。他に仕事ねえのかよ。暇人どもが」
京史郎の挑発を意に介さず、伊南村は落ち着いた口調で続ける。
『……お嬢は本気だ。おまえらがライブをやるようなら、本気で潰す気でいる』
「内部告発とはいい度胸してんじゃねえか。俺に惚れたか? それとも、お姫様のお遊びに付き合ってられなくなったのか?」
『意地張っても、損しかねえぞ。この辺りで手打ちにしとけ。あのライブハウスは、うちにとっても金になるんだ。しかし、血の海なれば、評判も落ちる』
「さすがは若頭さんだな。お姫様よりもマシな考え方してるよ。よし、中止してやるから、代わりの店は用意しろ」
『知るか。自分で探せ、ボケ。……このままじゃ、アイドルも巻き込むことになる。んで、おまえは見せしめになる。小指のひとつやふたつじゃすまねえぞ』
「小指はふたつしかねえだろ、バーカ」
『足にも小指はあるだろうが。……これは最終警告だ。ライブは中止し――』
これ以上会話をしてもお互い譲ることはないだろう。京史郎は早々と通話を切った――。
「ケッ。柄乃の犬が」
京史郎は溜息を落とす。このまま続ければ、確実にライブは妨害されるだろう。
――果たして、京史郎ひとりで全員を守れるだろうか。
四十人の暴走族をひとりで相手したこともある。ボクサーや空手家、拳銃を持った奴や、ヒットマンとも喧嘩した。だが『組織』相手に喧嘩するのは、並大抵のことではない。
「クソ……」
京史郎が個室を出る。
すると、そこには和奏がいた。壁に背を預け、演出気味に腕を組んでいる。京史郎は、驚愕の表情で彼女に問いかける。
「……おまえ……! ここは男子便所だぞ! やっぱちんちんが――」
「はいはい、はえてますはえてます。三本ぐらいはえてますよ。……なんすか、いまの会話。ライブハウスの件、まだ決着が付いてなかったんすか」
「夜奈がトラックに轢かれて、異世界にでも飛ばされることを願ったんだが……祈りが通じなかったみたいだ」
「正直に答えるなんて、意外っす。適当にはぐらかされると思ったんすけどね」
「揉めるのは避けられねえよ。ま、別にたいした相手じゃねえ。俺ひとりでなんとかなる」
自信たっぷりに余裕の笑みを浮かべて見せる京史郎。
「……安心してくださいよ。いざとなったら、あたしも手伝いますんで」
「おまえがステージを降りたら、誰がライブやるんだよ」
「向こうがその気なら、やるしかないでしょ? 穂織だって心音だって守らなきゃね」
「アホか。俺の仕事を奪うな」
「……頼ってくださいよ。あたしだって、ライブを成功させるために必至なんす。社長の強がりでポシャるなんて冗談じゃない」
京史郎はしばらく考える。男子高校生なら、そういった荒事も青春のひとつだろう。ボコボコにされるぐらいの経験を積ませるのも悪くはない。だが、いかに京史郎が男扱いしていても、和奏はあくまで女子高生。任せるのは憚る。――だが――。
京史郎は、和奏の目を見る。
「……和奏、ちんちんがはえてんなら、明日の動画撮影が終わったあと、帰るフリして事務所に戻ってこい。ちょいと話がある」
和奏はニィと笑みを浮かべた。
「あいあい・さー」
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