へんてこかぞく

へんてこかぞく（童話版）

　わたしはルー。犬（いぬ）である。

　わたしは、捨（す）て犬（いぬ）だった。ひとりぽっちだったところを、ニンゲンに保護（ほご）された。

　わたしを引（ひ）きとったニンゲンは、ヤマさん。名前（なまえ）をつけたのも、ヤマさんだ。

　ヤマさんはごしゅじんと、たくさんのきょうだいと暮（く）らしていた。きょうだいは５匹（ひき）。でも、みんな捨（す）てられていたり、のら犬（いぬ）だったり、この家（いえ）で生（う）まれた子（こ）ではなかった。

　わたしはヤマさんの家（いえ）が好（す）きだった。あったかくて、いいにおい。なかまもいっぱいで、いつもにぎやか。でも、ずっとここでは、暮（く）らせない。わたしも、きょうだいたちも、いつか本当（ほんとう）のかぞくを見（み）つけて、ヤマさんとはおわかれするんだ。

　ある日（ひ）、ヤマさんはわたしと、きょうだいを何匹（なんびき）かつれて、おでかけした。ヤマさんは「ふれあい会（かい）」にいって、わたしたちにあたらしいかぞくを見（み）つけるんだと言（い）った。

「ふれあい会（かい）」には、たくさんのきょうだいがいた。中（なか）にはネコや、うさぎもいた。みんなあたらしいかぞくをさがしに、「ふれあい会（かい）」に来（き）たんだって。

　きょうだいたちは、それぞれニンゲンにしっぽをふっている。わたしもまねをしてみた。

　ニンゲンのむすめと目（め）があった。ジッと見（み）てきたから、しっぽをちょこっとふってみた。むすめが近（ちか）づいてきた。さらに早（はや）くしっぽをふる。

　むすめが目（め）の前（まえ）まで来（き）た。そっと手（て）を出（だ）してきたから、おそるおそるにおいをかぐ。あやしくなさそうだ。こんどはゆっくり、ペロリとなめる。むすめは、くすぐったそうにわらった。

　むすめは親（おや）に声（こえ）をかけられて、わたしからはなれた。いやだな。もうちょっとくらい、いてくれてもいいじゃない。

　わたしはうしろ足（あし）で立（た）ちあがって、むすめのおなかにタッチした。むすめはびっくりしたようで、それでも全然（ぜんぜん）いやがらず、またわたしのところへもどってきた。わたしはむすめに、わたしがまんぞくするまでなでさせてやった。

「ふれあい会（かい）」が終（お）わって、むすめとはおわかれした。むすめはなごりおしそうだった。わたしも、あのむすめになら、もうちょっとなでられてやってもよかった。

　その日（ひ）の夜（よる）、ヤマさんはわたしに、かぞくがきまったといった。あのむすめのところだ。

　ヤマさんは泣（な）きながら、わたしをギュッとだきしめた。おめでとう、しあわせになるんだよ。ヤマさんは何度（なんど）もそう言（い）って、わたしをむすめの家（いえ）に送（おく）り出（だ）した。

　むすめの家（いえ）は、へんてこだった。犬（いぬ）は１匹（ぴき）もいなくて、ニンゲンばかり。おとうさん、おかあさん、おじいちゃん、おばあちゃん、むすこ、そしてむすめの６人（にん）かぞく。そしてわたしもいれて、７人（にん）かぞく。

　これが、わたしのかぞく、へんてこかぞく。今日（きょう）からかぞく、へんてこかぞく。

　朝（あさ）、わたしはむすめと散歩（さんぽ）にいく。朝（あさ）はおじいちゃんもいっしょだから、ちょっとゆっくり歩（ある）く。たまにむすこといっしょにいった。むすこは、まだ暗（くら）い時（とき）につれだすから、ちょっぴりいやだ。犬（いぬ）だって朝（あさ）は、寝（ね）たいんだ。

　朝（あさ）ごはんを食（た）べたら、おとうさんとおかあさんは、ヤマさんのごしゅじんみたいに、シゴトにいく。むすめとむすこは、ガッコウへ。わたしは、おじいちゃん、おばあちゃんと、おるすばん。おかあさんが、ふたりのことを守（まも）ってねって言（い）ったから、ふたりのお部屋（へや）で、いっしょにおひるね。えんがわは、おひさまがあたって、ポカポカしてる。いいきぶん。

　夕方（ゆうがた）、むすめが帰（かえ）ってくる。わたしがしっぽをふって出（で）むかえると、とってもとってもよろこんだ。そんなにうれしいなら、また明日（あした）も出（で）むかえてやろう。

　夜（よる）の散歩（さんぽ）は、むすめとおばあちゃんがいっしょにいく。公園（こうえん）で、むすめはボールをなげて、わたしと走（はし）った。おばあちゃんは、ブラシをかけてくれる。かゆいところも、ていねいに。だけど、しっぽはやさしくして。

　夜（よる）は、みんなといっしょにごはんを食（た）べて、むすめのふとんでねむった。さむがりのむすめは、あったかいと、よろこんだ。わたしも、ふかふかのふとんがきもちいい。

　シゴトがおやすみの日（ひ）は、おとうさんも散歩（さんぽ）にいった。おとうさんとの散歩（さんぽ）は、まるで探検（たんけん）だ。けわしい山（やま）や、急（きゅう）な坂（さか）、暗（くら）い穴（あな）の中（なか）だって。むすめなら、あぶないからダメって言（い）う場所（ばしょ）も、おとうさんはいかせてくれた。

　おかあさんは、わたしにあまい。ごはんのしたく中（ちゅう）、ちょっとはなをならして、目（め）をあわせたら、こっそりつまみぐいをさせてくれる。かぼちゃ、おいも、おさかな、リンゴ。どれも大好（だいす）き。だけど、ニンジンとキャベツは、ちょっとやだ。

　むすめの家（いえ）に来（き）て、しばらくたったころ、むすこが家（いえ）を出（で）ていった。むすめもおやすみ以外（いがい）、散歩（さんぽ）にいかなくなった。ふたりとも、おとうさんたちみたいに、シゴトをはじめたんだって。むすこはべつの家（いえ）で暮（く）らすらしい。むすめは家（いえ）にいるけど、いちばん早（はや）く家（いえ）を出（で）て、いちばん遅（おそ）くに帰（かえ）ってくる。

　散歩（さんぽ）は、おかあさんといっしょになった。おかあさんはからだがよわくて、あんまりいっしょに走（はし）れない。それでもおかあさんは、いっしょうけんめい歩（ある）いた。おじいちゃん、おばあちゃんも、たまにいっしょに歩（ある）いた。

　このころから、むすめはよく泣（な）くようになった。出（で）むかえてやっても、よろこばなくなった。毎日（まいにち）つらそうな顔（かお）で、シゴトにいく。そんなにつらいなら、シゴトになんかいかなきゃいいのに。またわたしと、毎日（まいにち）いっしょにあそべばいい。

　むすめはシゴトにいかなくなった。心（こころ）がつかれちゃったから、おやすみしなくちゃダメなんだって。これで前（まえ）みたいに、毎日（まいにち）わたしとあそべるかな。

　だけど、むすめは家（いえ）にいても、泣（な）いてばかりだ。わたしはどうすればいいか、わからなかった。わからないから、むすめのとなりでまぁるくなった。だまって、ずっととなりにいた。すると、むすめが泣（な）きやんだ。

　ちょっとずつ、ちょっとずつ、むすめはもとのむすめにもどった。わたしともあそべるようになったし、あたらしいシゴトにもいきはじめた。

　わたしのかぞく、へんてこかぞく。今（いま）は６人（にん）、へんてこかぞく。

　それからまたしばらくして、むすこがおよめさんをつれてきた。およめさんは、ちっちゃな妹（いもうと）と、いっしょにいた。

　わたしは、およめさんが気（き）にいらなかった。妹（いもうと）はもっと、気（き）にいらなかった。およめさんはむすこにベッタリ、妹（いもうと）はみんながかわいいと言（い）う。

　むすこはわたしのかぞくなのに。わたしのほうが、かわいいのに。

　さいしょは、いじわるをしてやった。わざとうなったり、大（おお）きくほえたり、散歩（さんぽ）でおいてきぼりにしてやったり。だけど妹（いもうと）はついてきた。およめさんも、わらってた。だから、いじわるするのは、やめてやった。

　わたしはかぞくのセンパイだから、わたしがふたりの手本（てほん）になろう。

　いじわるするのをやめてみたら、ふたりともよろこんで、わたしのかぞくになった。

　わたしのかぞく、へんてこかぞく。９人（にん）なったよ、へんてこかぞく。

　ある日（ひ）、おじいちゃんがいなくなった。おばあちゃんが、泣（な）いている。おとうさんも、おかあさんも、むすめもむすこも、およめさんも。妹（いもうと）はよく、わかってない。

　おじいちゃんがいた部屋（へや）に、おじいちゃんのしゃしんがかざられた。おじいちゃんのざぶとんは、わたしのざぶとんにかわった。おじいちゃんのにおいがする。またいっしょに、おひるねしようよ。

　わたしのかぞく、へんてこかぞく。どうして８人（にん）？　へんてこかぞく。

　およめさんが、あかちゃんを生（う）んだ。しわくちゃ、まっかな、ヘンなかお。おとうさんも、おかあさんも、おばあちゃんもおおよろこび。妹（いもうと）もなんだか、ほこらしげだ。

　みんなみんな、うれしそう。だから、わたしもいっしょによろこんだ。

　わたしのかぞく、へんてこかぞく。またまた９人（にん）……え？　ちがうの？

　むすこはおよめさん、妹（いもうと）、あかちゃんをつれて、また家（いえ）を出（で）ていった。あたらしいかぞくと、あたらしい家（いえ）で暮（く）らすんだって。

　わたしのかぞく、へんてこかぞく。いっきにへった、へんてこかぞく。

　おばあちゃんのようすが、おかしくなった。さっきごはんを食（た）べてたはずなのに、おなかがへったとおやつ食（た）べてる。頭（あたま）にくつしたのっけたり、わたしの服（ふく）を、はこうとしたり。ひとりでお買（か）いものにいったらね、そのまま夜（よる）まで帰（かえ）ってこない。おとうさん、おかあさん、むすめがひっしにさがしてた。

　しばらくして、おじいちゃんのしゃしんのとなりに、しゃしんが１枚（まい）ふえていた。おばあちゃんは、ちょっと若（わか）い顔（かお）してて、おけしょうもして、にっこりやさしくわらってる。おじいちゃんのとなりで、うれしいのかなぁ？

　わたしのかぞく、へんてこかぞく。これで４人（にん）だ、へんてこかぞく。

　むすめも家（いえ）を出（で）ることになった。シゴトで、遠（とお）くにいかなきゃダメなんだって。

　むすめがいなくなったら、だれがわたしに、ボールをなげるの？　わたしはだれのふとんで、いっしょに寝（ね）るの？　むすめが泣（な）く時（とき）、だれがむすめのとなりにいるの？

　ダメダメ、ダメだよ。いっちゃダメ。おじいちゃんも、おばあちゃんも、むすこたちもいないんだ。むすめまでいなくなったら、ぜったいダメ。

　ひっしにそう言（い）ったのに、むすめはどこかへいっちゃった。知（し）るもんか。わたしをおいてきぼりにするなんて。

　わたしのかぞく、へんてこかぞく。どんどんへってく、へんてこかぞく。

　わたしもだいぶ、歳（とし）をとった。散歩（さんぽ）にいっても、前（まえ）のようには走（はし）れない。からだがとっても重（おも）いから、えんがわで寝（ね）てる時間（じかん）がふえた。まっくろだった、じまんの毛（け）なみも、ちょっとずつしろくなっている。

　おとうさんとおかあさんが、しんぱいそうになでてくれる。だいじょうぶ、まだだいじょうぶ。明日（あした）になったら、だいじょうぶ。

　わたしのかぞく、へんてこかぞく。３人（にん）だって、へんてこかぞく。

　ある日（ひ）、わたしは歩（ある）けなくなった。起（お）きあがるのも、むずかしくなった。息（いき）をするのも、たいへんだった。

　むすこたちが帰（かえ）ってきた。むすこが大（おお）きな手（て）で、わたしの頭（あたま）をなでた。およめさんが、わたしにまくらをつくってくれた。さっきより、息（いき）をするのが、らくになった。あかちゃんは、あかちゃんとよべなくなっていた。妹（いもうと）も、わたしほどじゃないが、歳（とし）をとった。

　むすめが泣（な）きながら帰（かえ）ってきた。

　ほら、やっぱりわたしがいないと、ダメだろう？　待（ま）っててほしい。いま、出（で）むかえにいってやろう。それはわたしの、シゴトだから。

　でも、どうして、うごけないんだろう。むすめをいちばんに出（で）むかえるのは、いつだってわたしのシゴトなのに。

　むすめが、じぶんから来（き）てくれた。

　ルー、おそくなってごめんね。そう言（い）って、わたしをだきしめた。むかし、こうしてだれかが、だきしめてくれた。しあわせになるんだよ、と言（い）ってくれた。

　わたしはきっと、しあわせだった。わたしが旅立（たびだ）つ時（とき）はいつだって、大好（だいす）きな人（ひと）の、うでの中（なか）。

　むこうから、おじいちゃんとおばあちゃんが、よんでいる。まぶしくて、あったかい。

　わたしのかぞく、へんてこかぞく。10人（にん）そろった、へんてこかぞく。

　へんてこ、へんてこ、へんてこかぞく。だけどやっぱり、大好（だいす）きかぞく。