浮遊感  。°  ー彼女を知るための5つの話ー

***

 柚希は一度だけ学校に来なくなった時がある。

 

 父親が死んだ時だ。

 2007年8月4日。

 嘘みたいに冷えた夏の夜に、柚希の父は亡くなった。

 

 その後、どれくらいだっただろう。少なくとも一週間以上は学校に来なかったと思う。

 心配になって、彼女の家を訪ねた。

 

 絶望と悲愴とあきらめに満ちた柚希のあの表情を、私は二度と見たくない。


 何とか立ち直った柚希だったけれど、その一件は、柚希にとって家族がどんな存在かを私に知らしめた。

 まして、彼女には普通の家では考えられないくらい兄弟がいるのだ。

 それはもちろんいいことだと思う。けれど反面、柚希にとっては苦しいことでもあるのだろうと、そう思う。


「風華」

「……あ、ごめん」

 部活終わりの、帰りのバスの中、隣の席。柚希が首を傾げている。

「どうかした?」

「いや何でもない」

「そう?」

「うん」

 

 ふとあの日の表情がフラッシュバックして、呼吸を忘れそうになる。

 そんな中、不意に柚希が言った。

「ねえ。今日、うち来ない?」

「……ん? なんで」

「お母さんがね、たまには風華も誘えばって」

「何でまた急に」

「家族、だからでしょ」


 柚希は言った。

 そう。私は実は、だ。さっき、彼女の父親の亡くなった日をおぼえていたのは、彼が母方の叔父だからだ。

「一緒にご飯食べたら、きっとおいしいよ」 

「でも、迷惑じゃない? みんないるでしょ?」

「一人増えても変わらないって」

「そうかな」

「や?」

 柚希の癖が出た。

 彼女はこちらの出方を探るとき、「やだ?」でも「いやだ?」でも「いや?」でもなくただ「や?」とだけ言って首をひねる。


「ふっ……ふふっ」

 私は笑ってしまった。もう、さっきの悲痛な記憶は、どこかに飛んで行ってしまっていた。

「な、なに」

「何でもない。うん。せっかくだからお邪魔しようかな」

 そう言うと、柚希は「うん」と表情を和らげた。


 きっと、私は柚希の近くにいるべきじゃないんだと思う。

 柚希は私を家族と捉えているのだから。

 

 けれどいつか、別れの時が来るそのときまで、私はその側にいたいと思った。



 

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