第7話 研修

 ――冒険者ギルドでは月に数回、希望者向けの研修会が開催される。毎回テーマを決めて講師を呼び、参加者に専門的な知識を習得させる。もとは教育水準の低い冒険者たちが常識的な知識を得られる機会として始まったが、冒険者の反応は薄かった。ところがある講師があまりの反応の悪さに開き直ってこれでもかと専門的知識を羅列したところ、暇つぶしに参加していた一部の熟練冒険者が目の色を変えて食いつき、最終的には会場に入りきれないほどの人気講座となった。それ以降は「刺さる人には刺さる」間口の狭い専門的講義を中心に開催しており、概ね好評を得ている。



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 今日は研修会に参加しています。テーマは「リゼの町周辺の地理と植生」。

 専門的なテーマが多いギルド研修会ですが、この地理と植生については新人冒険者対応として毎月必ず開催中。この研修を受けなければ依頼受注が許可されないため、すべての冒険者が最低1回は受けることになります。


「こんにちわー。まあ、今月は多いですね。5、6、7……11人ですか。全員が初回受講ですね。分かりました。ああ、僕は講師のオランゲです」


 あれ?オランゲ先生。教育所ではお世話になりました。会釈をするとボクに気づいたようで手を振ってくれました。先生はルクシア軍学校の元教授で、引退してから故郷であるリゼの町に戻ってきたそうです。教授時代には王宮の宮廷教師をしたこともあるとか。


「教育所出身者もいるようですね。既知の内容もあるかもしれませんが、まあ復習だと思って聞いてください」


 はーい。


「では、まずは基本的な地理から説明します。このリゼの町は――」


 うん、要約しよう。


 ――リゼの町は王国東部ルーゼンヒル侯爵領のほぼ中央、領都ルクシアから南に35キロほど離れた場所にある。町名の由来となったリゼ川の北岸にあり、成人人口は2000人ほど。10万を超える人々が住むルクシアとは比較にならない小さな町だ。まあ、ルクシアはこのヴァルラン王国内でも王都に次ぐ大都市であるからそもそも比較対象にならない。


 しかし町の成立はルクシアよりも古く、一説によると「旧帝国時代」、つまりはおよそ1000年前にまで遡るとか。さすがに眉唾物だが、リゼ川南方の遺跡群からは確かに旧帝国時代の貨幣や遺物が発掘されている。遺跡群ははるかに古い可能性が高く、その時期にリゼの町があったかどうかは分からないが、当時すでに廃墟となっていたであろう遺跡群に旧帝国時代の人間が侵入していたことは間違いない。ならば探査拠点となるリゼの町もあったのではないか、という推論らしい。さらには侯爵家の「ルーゼンヒル」という家名が古代語の「リゼの王」からきている、という説まであるのだとか。……この辺りはこの町を持ち上げる社交辞令的な話だろう。


 ギルドや冒険者にとって重要な点として、遺跡群の地下には大きな魔力溜まりの存在が確認されており、実際に度々「鬼」の発生が報告される。昔はどうあれ、現在のリゼのギルドの最重要任務はこの遺跡群の監視にあると言っても過言ではないだろう。

 遺跡群と町とは直線距離で20キロほど。リゼ川や「樺の森」という森林帯によって隔てられているため、少しばかり鬼が発生したとしても町への脅威は大きくない。しかし大規模な魔力異変の発見が遅れた場合、危険は鬼の発生だけに留まらない。森の動物が大量に魔物化し、最悪の場合として周辺への大氾濫を起こすという可能性も無視できない程度には存在する。このような理由から、ルクシア支部はリゼ支店を重要拠点と位置付けている。


『半分以上寝てるぞー、大丈夫かー』


「以上、リゼの町の概要です。なお、過去にこの地で魔物の大氾濫が起こったという記録は残されていません。しかし、ご存じの通り『鬼』の大発生は数年周期で起こっています。直近では7年前、大鬼200体近くの群れがリゼ川周辺の農村集落を襲い、住民と冒険者、軍人合わせて150人以上の死者を出しています」


 ……これは記憶にあるなぁ。ボクのいた孤児院でも入所する子供が急激に増えてしばらく食事が1日置きになったんだ。あれは辛かった。

 

「次に、近隣の危険地形や植生について説明します。まず樺の森ですが――」


 はい要約。


 ――「樺の森」周辺は薬草類の宝庫であり、貴重な採集場所である。現在王国内で供給される薬草種の8割は栽培可能なものだが、残りの2割は栽培に成功していない。特に解毒に用いる数種類の薬草については、樺の森周辺の湿地帯が王国内唯一の自生場所と考えられている。

 そしてこの湿地帯が大変な危険個所だ。底なし沼のように人々を飲み込み、この沼地で命を落とした冒険者はギルドの記録に残るだけでも数十人に上る。遺跡群にも近く、森や沼の周辺ではたびたび魔力氾濫地が発生している。少なくとも3級昇格程度までは近づかないことをお勧めする。

 さらに、言うまでも無いが遺跡群への無許可での侵入は厳禁である。地下に空洞があるため、広範囲にわたって無数の落とし穴が存在しているような状況になっている。地下構造は未探査の場所も多く、落ちた場合によっては二度と地上に出られない。何らかの大きな魔力源が地下深くに存在しており、地下構造内部はいわゆる「ダンジョン」のような状況になっている。ただし、物語と違って出現するのは鬼や魔力変性した昆虫ばかりで、希少素材等の旨味は皆無。王国南部ザルペナ山脈の遺跡群と違って聖銀や魔鉄鋼などは発見されておらず、当たり前だが現実にはダンジョン宝箱なども存在しない。現状、学者以外は「骨折り損のくたびれ儲け」というものだ。


『ユーキ以外ほぼ寝てるじゃん……この研修意味あんの?』


 ……底なし沼、ファラフ教官が言っていたやつだ。遺跡については教育所でもあまり教えてくれませんでした。ある意味当然ですが、何らかの情報制限がある様子。しかしこれじゃ脅かしすぎて怪しさ満点、逆効果にならないといいんだけど。


「これは私見ですが、遺跡も沼地も過去の都市跡ではないかと考えられます。湿地帯はリゼ川から遺跡群への導水路や浄水場跡だと考えると規模感もしっくりくるんですよね。――仮にそうであれば、想定される規模からして遺跡群の大半は地中に埋まったままであり、現在発見されているものは氷山の一角、ということになりますが。ふふふ、どうです?夢のある話ですよねぇ。はい、それでは今日の講義はこのあたりで終了します」


 ……オランゲ先生、むしろ焚きつけてません?

 遺跡群が古代都市の痕跡だという説は多くの学者さんが一致する見解だそう。時代については推定が難しいけど「どんなに新しくても1000年前の旧帝国時代よりは古い」というのは間違いないらしいです。オランゲ先生は現在の歴史とは無関係な先史時代のものじゃないかと言ってますが、果てさて。3000年ほど前には帝国古代期の文明が起こったとされているので、先史時代ともなればどれほど昔の話なんでしょうね。



『いや、受講者ほとんど寝てるから。焚きつけるも何もないから。楽しそうなのお前ら二人だけだから』

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