吞兵衛たちの木曜日(1)

 迷宮の真正面にありながら、あまり客の来ない『居酒屋 迷い猫』。

 グーラたち迷宮3人組の足が自然とそこに向かうようになった、ある木曜日の朝。店が迷宮の一部と化してからひと月が経ち、暦は『芽の月』から『花の月』に変わった。季節は春の只中、穏やかな日が続いている。


 そんなある日の迷宮地下六層の隠し部屋『事務室』。階層主『水脈竜』テルマ以下、六層管理班のメンバーは行き詰っていた。

 テルマの補佐をする水精・ウンディーネは水で構成された身体を揺らして言う。


「テルマ様、やはり無理があるのでは? 温泉で接客するゴーレムだなんて……」


「だって、今のままだと『ただお湯が湧くだけのセーフゾーン』よ? わたしたちいなくてもいいじゃない」


 テルマには『迷宮に温泉旅館を建てる』という目標があった。温泉にはただのお湯と違い、効能というものがある。その良さを伝えずして温泉は名乗れない。

 しかし冒険者から見れば迷宮など『自然界に現れた超自然の資源』であり、動くものは叩き、金目のものは拾う(奪っているとは考えない)のが当然だ。

 テルマたちもそれを知っているし、迷宮の利益のためにそう誘導しているむきもある。

 だからもしも、魔物が襲ってこないはずのセーフゾーンにゴーレムが現れ、

『敵意はありません。温泉卵の無料サンプルはいかがですか? ご感想お聞かせください』

 と書かれたカードを掲げていた場合、冒険者ならこうする。


「投入したゴーレム20体、すべて破壊されました……持たせた『温泉卵』・『温泉まんじゅう』・『温泉ラムネ』見向きもされません……!」


 どれもこれも、この日のためにエミールから作り方を教わったものだ。恐らくテルマたちは迷宮で初めて、まともな料理を教わった者たちだろう。何度も失敗を繰り返し、最終的に料理用ゴーレムを作り、それにプログラミングすることで解決した。

 そこに至る苦労を思い、皆歯を食いしばる。誰も料理できるようにはならなかったが、大変だったのだ!


 だがゴーレムを視認した冒険者はもれなく攻撃する、逃げる、持ち帰って売ろうとする者までいる始末。この階層を出た途端に爆発するようプログラムしているため、今のところ盗まれたゴーレムはいないが。

 直ちに反撃するとセーフゾーンにならないのでどうしたものか。


「なんなのよ、セーフゾーンの人間は魔物より野蛮だわっ、カスハラよっ!」


「……やっぱり、ゴーレムの見た目が怖いのでしょうか……」


 カスハラをスルーしてそう具申したのは困り顔の座敷童だ。旅館ができた暁には活躍してもらおうと採用された。今はさぞ居心地が悪いことだろう。だが指摘の通りかもしれない。

 現状のゴーレムは素焼きの円筒をつなげ人の形を真似たようなクリーチャーだ。人の感性だと怖いだろう。

 テルマは親指の爪を噛んだ。


「くっ……デザインの問題だというの……!」


  ***


「デザインでお困りのようですね――」


 六層の事務室にバリトンヴォイスが響いた。戸口に立つのはピシッとした黒服をまとう紳士だ。テルマもよく知る、地下三層階層主・『霜の巨人』ヨートン――その補佐、フリムだ。迷宮屈指のダンディーな紳士として知られる彼は続けた。


「――差し出がましい振る舞いをお許しください、テルマ様。

 ここは冒険者に親しまれる、かわいいゴーレムなどいかがでしょうか……そうです、この私のように!」


 胸を張る彼はピシッとした黒服をまとう――クマのぬいぐるみ系紳士だ。『外見以外は完璧な紳士』と評判だ!

 のんびり屋で働かない三層階層主の代わりに、日夜奔走している。能力は折り紙付きの男である。


「…………あら、フリムじゃない。」


 テルマとしては彼はともかく、ヨートンは苦手だ。ふわふわと流されるままなところが、あの店、迷い猫の店長と似ている。

 テルマは水脈を操り水害・干ばつから人の子を守ってきた神獣だ。水脈を操る仕事は受け身ではいられない。もたつくと決壊する。見つけた水脈の塩分が高く農耕に適さない。それだけでも人の子はたくさん、たくさん死ぬ。

 だから先を読んで、自分で動いた。動かない者は切り捨てた。見ていられなかった。


「なるほど。かわいいとは何か、というご下問ですね。私をよくご覧ください」


 頼んでないのにターンした。


「ポイントは憐れみを誘う仕草、そしてこの、潤んだ目です」


 よよっ、とへたり込んで小豆のような目を潤ませた。

 発言とのギャップが半端ない。


 だがこの身体を張った紳士的実演を見せられて、テルマにも得心いく部分があった。手を叩いてメンバーを鼓舞する。


「さぁ、ぼんやりしてないで試作するわよっ。お手本が目の前にあるんだから!」


 先を読めなくなっても、前に進むしかないのだ。自分にはそれしかできないのだから。


「……じゃ、じゃあ、鳴き声や効果音も付けましょう! もっとファンシーに! かわいくっ!」


 座敷童が声を振り絞り、ウンディーネも頷く。


「かわいいリボンを付けて個体差を出しましょう。オペレーションのリーダーはもっと特徴を持たせたいですけど……」


 いつものチームが帰ってきた。クマのぬいぐるみなのに、紳士は紳士なのだ。

 そして真の紳士は、礼など言われる前にひっそりと姿を消していた。


「リーダーには鮭のぬいぐるみでも持たせておきなさい!」


 活力を取り戻したチームは日暮れ前まで試作に明け暮れた。


  ***


 夕暮れ時。といっても迷宮内はいまだ昼の明るさだが。

 六層の湯けむりに包まれた冒険者たちは、まんじゅうや卵、ラムネをくれるクマのぬいぐるみに夢中だった。


『きゅ?』

『え、温泉卵? くれるの? ……あ、ありがとう』

『きゅぅぅう!』

『さ、鮭持ってるし、干し魚あげたら食べるかなぁ……』


『騙されんな、セーフゾーンでも襲い掛かる変なゴーレムがいるってギルドに報告あったろうがっ』

『……きゅ、きゅぅぅ……』

『てめぇ、なに泣かしてんだよっ』

『お、おい、泣くなよ……わかった、オレが悪かったよ……』


 重いものは持てないし、石ころに躓いて転ぶ。

 温泉に落ちるとお湯を吸って浮かんでこない。同族たちは手を振ってそれを見送る。

 歩いたりつかんだりするたびに『きゅっきゅ、きゅっきゅ』鳴る。

 どう考えても害意はない。冒険者もそれくらい判断できる頭がないと、この階層にはたどり着けないのだ。


「成功です、テルマ様! 冒険者たちはめろめろです!」


 監視装置から送られる映像を見て、いつも冷静なウンディーネがはしゃいだ声を出した。これで、ただの温泉が温泉リゾートへ一歩近づいたのだ。しかし、


「あっ、あいつクマさんを縛って袋に入れましたっ! やっぱりっ!」


 従業員の盗難という問題は増える。これは予想していた。だから、


「五層に連れ去られた六体、すべての変異を確認! おぞましい姿です!」


 六層から出ると内部の綿をまき散らしながら、吐き気を催す邪悪で醜悪な姿へ変貌し冒険者を襲うようプログラムした。


『は、花子ーっ、どうしてそんな姿にっ』

『だめよ、花子はもう手遅れよっ』

『離せぇっ、オレは花子を連れて帰ると……うあぁぁっ』


 セーフゾーン内では抵抗できない愛らしさを、盗人には一生残るトラウマを植え付ける作戦は、大成功だった。

 テルマも満足そうに頷く。


「うまくいきそうね。狼男ルー=ガルーのように豹変するから、『クマガルー』と名付けましょう。さぁ、今日は試作品を回収して上がるわよ!」


 今日の仕事はもうひと頑張りだ。

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