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「わたしたち否定派は、運動会を中止するべきだと考えます。なぜなら、オリンピックと運動会の開催は別だからです」

 蘭華は、肯定派の陽介たちをまっすぐ見ていった。

「中止する場合の最大のメリットは、現在蔓延している新型コロナウイルス感染者の集団、クラスターをつくらせないところにあります。調べたところ、現在のウイルスは中国由来の従来型ではなく、イギリス型や南アフリカ型といった変異株が主流になっています。これらは感染力も高く重症化しやすいため、三密ではなく一密でも感染するとありました」

 蘭華の立論を聞きながら陽介は、メモを取るのも忘れて、細くて綺麗な響きを持った彼女の声に聞き惚れていた。彼女と同じチームだったらよかったのに……。

 蘭華が読み終えると、ルーズリーフの原稿をみていた李厘が顔を上げた。

「どうしてクラスターをつくらせないことが重要なのかというと、治療の選択肢がなかなか増えない現実があるからです。調べたところ、国内ではようやく三種類目の治療薬、治療法が使えるようになったばかりで、治療現場では別の病気のために承認済みの薬を医師の裁量で転用して急場をしのいでいるのが現状です。国産治療薬が生まれるめども立っておらず、ワクチン同様、治療薬でも海外製頼みが続く見通しです。ワクチン摂取がはじまる中、感染急拡大により、都市部ではすでに感染症治療以外の医療が甚大な影響を受けはじめています。新型コロナウイルスのクラスターをつくらせないためにも、運動会を中止すべきです」

 メモを取った陽介は、怜雄の顔を見た。

「反対尋問はどうする?」

「お前にまかせる」

 そう言うと、怜雄は腕を組んで目を閉じてしまった。

 いつも人任せなんだから、とぼやいたところで怜雄の性格は変わらない。

「面倒くさいことはいつも大事」と教えてくれた蘭華の言葉を思い出すと、陽介は深呼吸を一つして、やる気を出した。

「えっと、否定派の立論の中で、三密ではなく一密でも感染するといってましたが、もう少しくわしく説明してください」

 蘭華はマスクのストラップを気にしつつ、眼鏡の片はじをつまみ上げた。

「三密とは、換気の悪い『密閉空間』、多くの人が集まる『密集場所』、間近での会話や声を出す『密接場面』のことです。変異ウイルスは感染力が強く、多数が集まる『密集』と近くで会話する『密接』の二密や『密閉』だけの一密での感染ケースが起きています」

 陽介はわかりましたと答え、メモ書きしたルーズリーフを怜雄の前に差し出した。

「尋問はこれか」

 ルーズリーフを手に取り、怜雄は読み上げる。

「えー、クラスターをつくらせないためにも運動会を中止すべきと言ってましたが、大規模ワクチン摂取が広まっていけば、これまでのようなクラスターの発生もなくなると思います。それについてはどう考えますか」

 李厘は、尋問した怜雄を見てから、手元のルーズリーフに目を向けた。

「たしかに、七月末の接種完了をめざして政府が設置する新型コロナウイルスワクチンの自衛隊大規模接種センターでの接種が東京と大阪ではじまり、十五府県でも独自に接種会場を設置。さらに十七都道県でも検討がされています。ですが、これらは六十五歳以上の高齢者摂取であり、それ以下の世代はまだはじまっていません」

 読み終えるタイミングで、蘭華が李厘にもう一枚、ルーズリーフを手渡した。

「これも読むの?」

 李厘の問いに、蘭華は小さくうなずいた。

「日本国内における医療従事者のうち、新型コロナウイルスワクチンを少なくとも一回接種した人の割合は八割、二回の接種を終えた人は五割です。一方、高齢者で少なくとも一回接種した人は五パーセントほどで一割にも届いていません。このことから、クラスターをつくらせないためにも運動会を中止すべきと考えます」

「一割もないのか」

 怜雄は頭をかいてつぶやくと、腕を組んで天井をみあげた。

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