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「あの二人、どうしたの?」

 陽介の隣の席に、ミディアムへアを揺らして佐藤蘭華さとうらんかが座った。

 マスクのストラップが気になったのか、彼女は眼鏡を掛け直している。

「あ、蘭華さん」

 丁度いいところに来たと思った陽介は、彼女に助けを乞うことにした。

「いつものだから。それより、ちょっと助けてよ」

 わたしでよかったら、と蘭華の眼鏡のむこうの瞳が、糸のように細めて笑う。

 李厘と違って、おとなしくて控えめな彼女は困ったときはいつも話を聞いてくれる、陽介が頼りにしている存在だ。

「二人を仲直りさせたいんだけど、いい方法ないかな」

「そうですね……ところで二人って犬猿の仲?」

「どっちかといえば、犬も食わない方かな」

「あー、なるほど……そうなんだ。それで喧嘩の原因は?」

 んー、とうなりつつ陽介は、胸の前で腕を組む。

「オリンピックは開催するのに運動会は中止なんて嫌だーって、怜雄くんが言い出したのがはじまりかな。中止と決まったわけじゃないのにね」

「痴話喧嘩じゃないの?」

 そういわれると、陽介は考えてしまった。

 この春から同じ班になった蘭華が二人の関係について、あまり知らないのは当然だ。だからといって、昔から一緒に遊んできた陽介でさえ、二人の本当の気持ちを把握しているわけではなかった。

 ……察しはついているんだけどね。

「似たようなものかな。だから、喧嘩の理由は何だっていいんだ。まるでディベイトみたいだよね。自分が正しいと思っている相反する二者が考えをぶつけ合ってるから」

「それだけ、仲のいい証拠かも」

「そうかも」

 陽介と蘭華は目元で笑い合う。

 そんな二人に気づいた李厘が声をあげた。

「ちょっと蘭華、いま変なこと言ったでしょ」

 すぐさま、怜雄もあとに続く。

「陽介、お前も『犬も食わない』って言ってただろ。俺とコイツが仲がいいわけあるか」

 それを聞いて、まっさきに反応したのが李厘だった。

「こっちだって、わからず屋のバカ怜雄と仲がいいわけない」

「わからず屋はそっちだろっ」

 またしても、いがみ合いが再燃してしまった。

 そんな二人を見ながら、陽介は息を吐く。

「互いの気持ちを確かめあうためにいがみ合うなんて、恋愛って面倒くさいね」

「恋愛に限らず、人と人との関わり合いはなんだって面倒だよ、陽介くん」

 さらりと返す蘭華の言葉をきいて、陽介はドキッとした。

 目が合うと、瞬きが増えていく。

「ぼくは、べつに関わり合いたくないっていってるわけじゃないよ。できるなら、仲良くしたいって……思ってる……」

 きみと、という言葉を続けて言いそうになるところを、ぐっとこらえて陽介は飲み込んだ。

 陽介の言葉を聞いた蘭華の目元が、笑みで細くなる。

「よかった。『面倒くさいはいつも大事』って、有名な映画監督が言ってたんだよ」

「へえ。その人ってそんなに有名なの?」

「超がつくほど世界的に有名だよ。最近抜かれちゃったけど、映画興行収入が二位の作品の監督さん」

 そうなんだ、とつぶやきながら誰だろうと考える。

 そんな陽介と蘭華の前で、怜雄と李厘がずっと悪口を言い合っている。二人にとって喧嘩するのは互いの気持ちを確かめ合う儀式であり、大切なもの……かもしれない。

「あ、雨が上がったね」

 蘭華の言葉に陽介は、窓の外へと目を向ける。

 外は明るくなり、鳥たちのさえずりが聞こえてきた。

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