第8話

 私はグラスの液体を一気に飲み干した。喉が焼けるが咳き込むのを我慢する。


「残念だよ、また次の機会で会おうか」


 ぐしゃぐしゃになった美顔が現れる。


「罪深いわね」


「部下を一人差し出せ、お前の代わりだ。俺もあんたを持って行きたく無い」


 暗い、口元を震わせ手の爪を木戸に立てている。非常に酷な話をしている、しかし彼女自体に比べればマシ、価値の意味でマシに違いなかった。残忍な資本家達は物欲を制御することは不可能なのだ。決して何も、操り人形は望むことはない。


「ディディ、いる?順番よ」


 女が耳から手を離すと泣きじゃくった。年相応の涙の量、重すぎる責任、決定された未来。僅か十七歳の叫び声は目に含まれていない。


 彼女は……日常を知らない、今も昔も。




 踊り場で横になった体をようやく動かすと上を見る。落ちてしまったからかなり光が遠くなった。水を一口飲み込んで再び階段に足をつけた。


 あの後、ディディは死んだ。私の背中を掴んだディディは勝手に理想を託して死んで行った。このクソッタレな世界を壊してくれ、彼は無惨に切り刻められ、踏みいじられ、資本家達は肉片を罵った。ああ、一歩間違えば私もあれとは違う新品の靴底に引っ付いていたかと思うと恐怖が背筋を走る。同時に小さな反抗心も芽生えたものの私が変わる事はなかった。一歩を踏み出す勇気はあの星のドブに捨ててきた。


 私がネーハと会談した数十日後に国が転覆する事態が発生した。反乱軍は瞬く間に主要な宇宙港を占拠し艦隊の行動を大幅に制限、第二段階に移った彼らは国家の中枢を破壊し始めた。国は無数に存在する。星の数に劣りはするが決して少ないものではない。彼ら反乱軍に必要なのは時間に、数に、距離だった。


 孤立、包囲、各個撃破。

 私は囲う側だった。


「良かったのか?」


 一筋の光は扉の隙間から漏れている。私の手で、その扉を開けれるところまで来た。何を望みここに来たのか、風で軋む真っ青で風変わりな扉は答えない。小窓からは恒星からの光が容赦なく眼光を貫いてくる。陰鬱を抱きながら私は戸を開けた。

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