第10章 さくらとの出会い 【14】

 こうして、俺と白石しらいし先輩は度々行き帰りを共にするようになった。

そして、高空駅の通り魔事件の夜から1月半後には、恋人として交際つきあうまでになっていた。


 「……今、先輩、何て言いました⁈」

「だから、西う……たくみくん。私と交際ってほしいの!」

その日のバイト帰り。先輩の家に向かう途中の道で、俺は好意を告げられた。

「先輩、だから何で俺なんですか? 確かに、通り魔事件の夜からこっち、一緒に電車に乗ったり、帰ったりすることが増えましたけど。でも、先輩なら、俺よりもっと上玉の男に出会うことも……」

「ううん! 私にとっては匠くんが一番なの‼︎ だって、匠くんは、私と帰る時に一度も下心とか見せてこなかったでしょ」

「そんなの当たり前じゃないですか! だって俺たち、交際っても何でもなかったわけですし。……確かに、俺も『19の男』ですから、そりゃ、『先輩とHなことできたらなぁ……』なんてことは少なからず思いました。でも、先輩と顔を合わせてる間はおくびにも出さなかっただけです」

「だから、そう言うところなの、匠くん。そういう『女の子に嫌われない振る舞いができる男の子』って、ほとんどいないから。だから、私はそういう『上玉の男』を逃したくないの‼︎」

 俺は急に頬の体温が上昇するのを感じた。今まで、失恋の納得できる理由として、「上玉の男」というフレーズは多用してきたが、自分が誰かの「上玉の男」になれるとは思ってもみなかったからだ。

「……先輩がそこまで言うなら、その好意、受け止めさせてもらいます。でも、俺がダメ男だと思ったら、遠慮なくフってくれて構いませんからね」

「何言ってんの、匠くん。匠くんは私にとって『過去最高点の男』だよ?」

 先輩の一言で、俺は「男の愛は加点式、女の愛は減点式」という恋愛の格言を思い出した。その言葉の通り、「女の愛が減点式」であるならば、俺は思っていた以上に点を引かれてはいないらしい。

「……。先輩、せっかくお交際いさせてもらうんですから、その、『さくらさん』と呼んでも構いませんか? 俺のことは『匠くん』で構わないので」

「ふふふふふ。本当は、『さくら』って、呼び捨てにして欲しいけど、それはおいおいで良いよ。その気になるまで、『さくらさん』で我慢してあげる」

ちゃっかりハードルを上げられてしまったが、呼び名は了承してもらえた。

……それにしても、「名前呼び捨て」って、何で女子は好きなんだろう?……

「それより匠くん」

「何ですか? せ……さくらさん」

「ありきたりかもしれないけど、これからもよろしくね」

「はい」


  流れ行く車列を眺めながら、俺は取り止めのない思い出を反芻はんすうしていた。

……さくら……

俺はもう一度思った。

……お前は俺が不幸にはさせないからな!……

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