生涯童貞だった最強剣聖はローパーに生まれ変わってエロゲ展開の夢を見るのか?

鳳嘴岳大

第一章 童貞ローパー爆誕す!

第1話 かくて最強剣聖は二度目の生を与えられる

 この世界には天下十二剣聖と呼ばれる猛者もさ達がいる。

 彼らは異なる道を歩みつつも、しかし、鍛錬たんれんにおいては他の追随を許さず、ただひたすらに研鑽けんさんを重ね、そのいただきにたどり着いた者達だ。

 心技体のいずれにおいても極みに達し、天下にその名を轟かせる最強の剣豪達。

 その強大な力ゆえに自らが戦争の火種となることを恐れる彼らは、常に素性を隠し、隠者のように生活している。

 だが、彼らは人類最後の希望でもある。

 世界を揺るがす災いが訪れればその聖剣を振るうことをいとわない。

 故に天下十二剣聖は全ての人類の守護者とも呼ばれている。

 そんな天下十二剣聖の筆頭がロパ・カイエスという男だった。

 よわいは五十と三。

 既に武人としての盛りは終えているが、それでもなお天下十二剣聖の筆頭であり続ける世界最強の男だ。

 たった一振りで千の敵を斬ることから〝千斬のロパ〟とも呼ばれる。

 彼は十一人の剣聖と共に百万を超える魔物の軍勢を討ち滅ぼしただけではなく、魔物を率いていた堕天の魔王ジャニズエルを討ち取る偉業を成し遂げた。

 だがしかし、それは自らの命と引き換えの戦果であった。

 ただひたすらに剣の道に生き、戦うこと以外に何も知らぬまま守護者としての任を終えたロパは、今、天界の入り口で天使の祝福を受けようとしている。

 そこは見渡す限り金色の雲に覆われた空の上だった。

 見上げれば紺碧の空以外に何もない世界。

 そこにそびえ立つ巨大な扉の前に彼は立っている。

 目の前の扉は固く閉ざされ、その先に何があるのかはわからない。ただ、光る翼を持つ一人の天使が、微笑みながらその前にたたずんでいるだけだ。

 天使に年齢があるのかどうかはわからないが、ロパの目にはまだ十代の乙女のように映った。雲と同じ金色の髪に、空と同じ紺碧の瞳。ほどよい肉付きなのに、腰はくびれ、手足は細い。まつげも長く、目はつぶらで、その面差しはこの世ならざる美しさを持っていた。そんな少女の姿をした天使が、やけに露出の多い純白のドレスを身にまとい、花束を持って微笑んでいる。

 絶世の美少女が目の前にいるというこの状況にもかかわらず、ロパは全く喜ぶそぶりを見せず、ただ一つ大きなため息をいて見せるだけだった。

「守護者ロパ・カイエスよ。私はあなたの守護天使エルアーリアです。魔王の討伐、大義たいぎでありました。父なる神は、その功績称え、あなたを天使に叙することをお決めになりました。まずはこの花束と私からの祝福をお受け取りください」

 天使エルアーリアが手にする花束をロパに差し出す。

 だが、ロパはそれを受け取ることなく後ずさる。

「どうしたのですか? さあ、この花束を……」

 再度差し出そうとするエルアーリアの手をロパは強くはたいた。

 花束が少女の手を離れ、宙を舞って金色の雲の上に落ちる。

 「どう…して……? 何故なぜ、このようなことを……?」

 無残に散らばる花びらを見つめ、呆然とたたずむエルアーリア。

「はぁ……」

 ロパはもう一度深いため息を吐いてから彼女に言い放った。

「俺はなぁ……。俺は……」

「俺は?」

「ただただ女にモテたかっただけなんだよ……」

「???」

 さらに混乱するエルアーリアの前でロパは拳を固く握りしめた。

「最初に啓示をくれた時だ。強くなったら女の子にモテるかって聞かれたおまえは絶対にモテるって言ったよなぁ……?」

「確かにそう答えましたがそれが何か?」

「だったら、なんで世界最強だったはずの俺は五十三にもなっていまだ童貞なんだよ!!!」

「それは……」

「俺にもさ。いけるんじゃねぇかって時があったよ。あのとか、あのとか、あのとかさ。でも、ことあるごとにおまえが変な啓示を出して邪魔してくれたんだよ。やれ、その売女ばいたは病気持ちだとか。そんな美女が誘惑してくるはずがないから騙されてるに違いないだとか。こんな村娘を抱いて村長にでもなるつもりなのかとかさ。いっつも、いっつも、おまえは邪魔してくれた。女の子とやれそうな場面になると、新たな使命を与えて邪魔してくれた。その結果、俺は素人しろうとどころか玄人くろうとにさえ相手にされず死んだんだ。この俺の怒りと悲しみがおまえに理解できるか? 良い子ちゃん天使のくせに女の子の悪口は平気で言う性格ブスのおまえにわかるわきゃねぇよなぁ?」

 ロパは怒りに肩を震わせる。

 本当なら殴りたいのをどうにかこらえ、エルアーリアの答えを待つ。

「あなたの言いたいことはわかりました。ですが、啓示で私の言ったことは全て事実です。強い冒険者を誘惑してそのおこぼれにあずかろうとしたあのは性病持ちでした。あの貴族のも父親の命を受けてしぶしぶ誘惑していただけです。幼なじみである村長の娘と一夜を共にしていたら剣聖になる道は完全に断たれていました。全てあなたのことを思えばこその啓示です。そこに嘘偽りはありません」

「じゃあ、何か? おれが見る目がなかったっておまえは言いたいのか?」

「端的に言えばそうなりますね」

「だとしてもだ。全部のチャンスを潰すことはねぇだろ」

「全ては父なる神のおぼし召しです。世界を救うためにはやむを得ない犠牲でした。だから、そんなあなたには私が……」

 頬を赤らめるエルアーリア。

 ロパはそんな彼女の言葉を遮るようにその場にしゃがみこむと大の字になって寝そべった。

「もういいや……」

「え?」

「もういい。もう、うんざりだ。どうせ天使になって天界に行っても、またこきつかわれるだけなんだろ。そんなのもうごめんだよ」

「いや、そんなことは決して……」

「あーあ、こんなことなら啓示なんて無視してやりまくっておくんだったよ」

「天界に行けば私を含め天使達の祝福を受けられますよ」

「はいはい、もう騙されませんよ。祝福って、あれだろ? ほっぺにチュ的なやつだろ? そんなんで五十三年間たまりにたまった俺の欲望が解消されるわきゃねぇだろ!」

「そもそも天使になれば肉欲を捨てられます。たまりにたまったそれも霧散してしまうことでしょう」

「じゃないかと思ったよ……」

 ロパはそう言うとエルアーリアに背を向けるようにして寝返りを打った。

「俺を消してくれよ……。もう女が抱けないんならさ、いっそのこと俺をこの場で消してくれよ……。生まれ変わってもまたオモチャにされるのなんざ、ごめんだね……。だからさ、俺を消してくれよ……」

 女の子とやりたい。

 ただその一念が彼の支えだった。

 その為に守護天使の啓示を受けて戦場を駆け回った。

 無論、男も含め数え切れない命を救った。

 だから、少しくらいは羽目を外して良いはずだったのだ。

 なのに、一度も遊ぶことなく、今に至っている。

 天界ではそんなこと望めそうにもない。

 完全に望みを絶たれた彼はもう存在し続ける意味を見失っていた。

「どうしても淫らなことがしたいのですか?」

 すっかりあきれ果てた声でエルアーリアがく。

「どうしてもしたいな。一発もできないまま死んでたまるかよ」

 その言葉を聞いてエルアーリアはため息を漏らす。

「はぁ……。わかりました……。あなたの望みを叶えてさしあげます……」

「言っておくが、おまえを含む天使はごめんだぞ。ちゃんとした人間の女の子以外はダメだからな」

「いいでしょう。私の力であなたに仮初かりそめの命を与えます。ただし、私の力ではあなたを生き返らせ、そのまま人間に戻すことはできません。あなたの魂はあまりにも大きすぎるのです。父なる神を除くいかなるものもその器たる肉体を作り出すことはできないでしょう」

「なら、魔物はどうだ? 魔物の中には人間を犯すものもあった。そういうものに俺はなりたい」

「最低ですね……」

 心の底から軽蔑しきったエルアーリアの言葉にさすがの彼も胸が痛んだ。しかしそれはチクリと虫に刺された程度のものでしかない。それに、天使が魔物を作れるとも思えない。ただ皮肉、いや、悪い冗談のつもりだった。

「わかってるさ。どうせ、おまえにゃできないんだろ?」

 ロパは再び寝返りを打ち、エルアーリアの方に向いた。

「本当に最低です……」

 最低と繰り返すエルアーリアの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 魔王すら倒した最強剣聖と言ってもロパは童貞である。

 女の涙を見て動揺しないわけがない。

「おいおい、ちょっとした冗談だよ。何も泣かなくても良いだろ? な?」

 ロパは立ち上がって弁明する。

 だが、時既に遅し。

 眼前の天使の失望は怒りの域に達していた。

「せっかく……私の初めて……だったのに……」

 ブツブツと何かをつぶやくエルアーリア。

 その頬を一筋の涙がこぼれ落ちる。

「もう怒りました。望み通り、あなたを醜悪な魔物に変えてさしあげます」

「おいおい、冗談だって言ってるだろ。ってか、魔物にすることなんて本当はできないんだろ? 勢いで言ってるだけだよな?」

 ロパの問いかけにエルアーリアは決然と首を振って見せた。

「醜い化け物となり、地上を這いずり回って悔い改めなさい!!!」

 エルアーリアが手をかざすと、ロパが立つ場所だけ金色の雲が消え失せ、ぽっかりと開いた穴にその身が落ていった。

「うわああああっっっっ!!!!」

 無論、ロパは生身ではない。ただの魂、霊体に過ぎない。このまま地上に落下しても死ぬわけじゃない。頭で理解はしているがそれでも落ちるという感覚はある。遙か天空の彼方から異常な速度で落ちていくという実感にその意識は次第に薄れていくのだった。

 そして、次に目覚めた時、彼はいくつもの触手を持つ奇怪な生物、ローパーという魔物に変化していた。

「あのクソ天使がああっっ!!!!!!」

 見知らぬ森の中、生い茂る木々の下、ロパは叫ぶ。

 それは最強剣聖と言われた男の第二の人生の始まりだった。

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