仁の希望



 昨日の夜,おれは大介に頼まれたことがあった。


「生徒会長候補者の演説,生の声を記録しておいてよ」


 なんでそんなことをしないといけないんだ,と大介に食いかかった。どうせ大介はおれの演説を聞くことになるのだ。それだけでも恥ずかしいのに,記録に残すなんてもってのほかだ。


「ありえねえ。だいいち,記録するっていったってどうするんだよ。ボイスレコーダーでも買ってこいってか?」

「いや,実はぼくスマートフォンを持っているんだよ。連絡先が繋がっている友達なんてほとんどいないから,調べ物で使う程度なんだけど」

「なるほどな。それを使って録音をしたらいいってことか・・・・・・いや,そんなの嫌に決まってるだろ!」


 一人でのノリツッコミをした。大介の反応を伺うと,そんなことは気にも留めずに両手を合わせて懇願している。柄にもないことをした自分が余計に恥ずかしくなってきた。


「しないしない。おれにとっても一世一代の大演説なんだ。耳の穴をかっぽじって,ありがたく聞きな」

「頼むよ~。さっきの変なノリツッコミのことは忘れてあげるからさ」

「なんだよ今さら。ほんとお前ってやつはいやらしい奴だな」


 憎ったらしく笑う大介に半ば脅される形で,おれは演説を録音することを承諾したのだ。


「一応うちの学校,携帯電話の持ち込みは禁止されているから,間違っても先生の前で出したりしないでね。もちろん,先生じゃなくても人前で使ったりしたらダメだよ」

「うっせえな。人の目を盗むのなんて得意分野だっての。おれのカンニング術,次のテストで披露してやろうか? 驚くほど成績が上がるぞ」

「分かったから。とにかく,容量は少々気にしなくてもいいから,朝のHRが終わったごろから録音機能を入れておいてくれる?」


 絶対に忘れないでよ,と大介は念を押した。別に約束を破る気など毛頭なかったが,その真剣な表情は脳裏に焼きついていた。


 もちろん,おれは忘れず役割を果たした。



ーーー




「学校にスマートフォンを持ってきていいはずないよな?」


 ニョロが眉間にしわを寄せて詰め寄ってくる。本人は溢れんばかりの威圧感を出しているつもりなのだろうが,漂っているのはあほのオーラそのもので変顔をしているようにしか映らなかった。


「今さらルールを主張しようってのか? 人間としてのルールを守れよ。その変な顔も鏡でチェックをしとけ。脅すときの表情とは程遠いぞ」

「黙れ,さっさとそいつをよこせ」

「よこしてどうするんだ?」

「壊す。もみあいになって壊れたとでも言い訳は何とでもなる」

「そうよ。こっちに証人は三人。犯罪者扱いされている人の言うことを誰が聞くのかしらね」


 常友が加勢をする。こいつらほんとに馬鹿だ。今どきデータの修復なんていくらでもできる。修復された録音データを聞いたら大人たちがどんな反応を示すか,携帯を壊した動機まで裏付けられ失態を重ねるだけだという想像力すらも働かないらしい。進学校に進むといっても脳みその作りはたかが知れているな。


 相良の方をちらりと見ると,こいつだけはやはり違った。どうすればよいのか,事態を冷静に分析している。才色兼備といっても,さすがに分の悪さを感じているようだ。


「いったい何を望んでいるんだ? この前も言ったが,おれはお前が種掛大介とは思えない。お前こそ,目的は何なんだ」

「龍樹,まだそんなこと言ってるの? 確かにこいつの豹変ぶりはおかしいけど,さすがにドラマの見過ぎだよ」


 相良はじっとおれの目を見つめている。まるでその中に答えが隠されているはずだと信じているみたいに。


「おれはおれだ。狙いも何も,学校で偉そうにしているやつらに腹が立っただけだよ。別に主張したいことが明確にあったわけではない。ただ・・・・・・」


 相良が眉間にしわを寄せた。


「ただ,なんだ? それこそがお前の望みなんじゃないか?」


 真剣な表情で相良が近づいてきた。そこに高圧的な態度はなく,今から話される内容を一言も聞き逃すまいという真摯さが感じられた。


「別に大したことじゃねえよ。ただ,お前らの言うように最近調子がおかしいんだ。自分が自分じゃない見たいって言うか,分かるか? そこのあほそうな顔をしているやつには分からないだろうな。いや,別に分かんなくていいんだ。また近々,おれがおれじゃなくなる時が来るかもしれない。なんかおかしいなって気づくと思う。その時,その,なんだ・・・・・・」

「急になんだ。歯切れが悪い奴だな。はっきり言えよ」


 部屋にいる全員を見渡した。相良も,常友も,あのニョロまでもが真剣に話を聞いていた。相手の話を心から受け入れようというその空間は,一方的に叱られ諭される生徒指導室という空間にはあまりにも不釣り合いだった。


「またさ,特別親密にってわけじゃなくても,仲良くしてやってくれ」


 不思議なことを言うやつだな,と相良が口にし,全員で笑いあった。





 それからのおれたちは,意外とすんなりと話は進んだ。

 笑いあっているおれたちの部屋に入ってきた大栗は,円満なおれたちの雰囲気を不気味がっていた。相良が大人たちに「生徒会長に当選することを確実にするために三人で大介をはめようとしていたこと」を要領よく話した。簡単な確認が行われたが,相良が言うのだから大人たちは面食らっていたが信じてはいた。

 おれも自分の意見を言った。不可抗力ではあったが常友に不快な思いをさせてしまったという事実があること,こいつらとはこれからも仲良くできるし,相良を生徒会長として応援したいこと。おれの話はというと終始しどろもどろだったし,大栗なんて怪奇の目で疑り深く,すべての原因はお前だといわんばかりの態度と相槌を打った。それに対して相良はぴしゃりと戒めていた。

 大人たちはどのように説明したのか,はたまたどのようにうわさが広まったのかは分からないが,ここで話したような真相は生徒たちに知れ渡った。意外と面白くない展開だったらしく,話題はいつの間にか消えていった。


 こうして,おれは生徒会長立候補者としての演説をすることなく,生徒会長の座を相良に譲った。


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