応援演説


「はじめに,相良龍樹くんの応援演説を宮坂悠平くんお願いします」


 にょろにょろしながら演台へと向かい,マイクの前に立った。礼をして話始める前にマイクが入っているかを確認している。そして,半歩後ろに下がって聴衆を見渡した。その姿は不気味なほど落ち着いていた。


「まず,生徒会長にふさわしくない男について話をさせてください」


 一呼吸おいてそう切り出すと,体育館がざわつき始めた。お尻が痛そうにしていた生徒は動きを止め,だるそうにしていた生徒は前のめりになった。


「ぼくは相良龍樹くんの応援演説者です。だから,いかに相良龍樹くんが生徒会長にふさわしいか,彼の魅力について語るべきだとは思います。しかし,それと同時にもう一人の立候補者についてぼくが知っていることを放させてください。きっとみなさんも私と同じように相良くんが生徒会長になるべきであると共感してくれるはずです」


 体育館は一転してしんとなった。あまりにも唐突でレールから外れた語りにみんなが引き込まれている。つかみとしては完璧だ。何より気になるのが,この男は今からおれのことを語ろうとしている。いったい何について話すというのだろうか。

おれが赤坂仁であること,事故をきっかけに大介の身体に乗り移っていること。そんなことをこいつが知っているはずはない。それに,もし知っていたとして誰がそんなことを信じるだろうか。目の前にいる応援演説者の頭がおかしくなったと馬鹿にされ冷めた目で見られるのが関の山だろう。


 ニョロは黙った。不自然な沈黙が一層体育館の注目を集めている。そしてこちらを向いて,歯並びの悪い歯を見せて笑い,再び正面を向いた。


「僕がみなさんの時間をもらって話したいのは,種掛大介くんのことです。みなさんは,彼がどういう人物か

知っていますか?」


 だれも反応するはずはないのに,わざとらしく会場を見渡した。全校生徒の視線が痛いほどおれに注がれている。人に見られることをこれほど苦しいと感じたことは今までなかった。


「初めて見た,という人も多いのではないでしょうか。それはそうです。彼は学校を休みがちで登校して教師腕勉強した日は数えるほどしかないのですから。もちろん,部活動に精力的に取り組んでいたという訳ではありません。皆さん,勘違いしないでください。ぼくは彼を貶めたいのではありません。むしろ,なかなか学校へ足が向かなかったにもかかわらず,勇気をもって生徒会長に立候補したという事実には敬意を表したいと思います」


 流ちょうに話すのだな,と素直に感心した。こんなに上手に言葉を組み立て,パフォーマンスもうまいとは思わなかった。驚きのあまり,自分のことについて語っているのを忘れてしまったほどだ。

 でも,本当に驚いたのは次の一言だった。


「彼は恐ろしい性欲の持ち主です。先日,本校の生徒が被害にあいました」


 体育館が沸いた。身に覚えのない一言に,頭の中が真っ白になった。



「黙れ! 後ろを向いているやつはすぐに姿勢を整えろ!」


 体育館に怒声が響いた。大栗の声だ。パニックになるほどの騒ぎになりかけた生徒たちは一瞬で静かになる。したり顔の大栗はどこか嬉しそうだ。自分の力を見せつけたことへの優越感ではなく,演説の続きを聞きたくて仕方がないようにも見えた。きっと,このニョロの演説は原稿にあるものではないはずだ。もしそうならば,予行演習で通るはずがない。


 生徒が静まり返ったのをわざとらしく確認して,くねくねした動作で咳払いをして続けた。


「驚くのは無理もありません。だってこれは犯罪なのですから。どういう心理状況で種掛くんが生徒会長に立候補しようとしたのかは分かりません。でも,種掛くんは本校の女子生徒を襲おうとしました。幸いなことに,その女子生徒は大事には至りませんでした。でも,その時の恐怖と言ったら夜も眠れなくなるほどだと言っています。訴えたくても仕返しが怖くてできないと。知っている人は何人かいるのではないでしょうか。最近の種掛くんは依然と違って荒々しいことを。ぼくは先日,廊下で二人の先生につかみかからんばかりの勢いでまくし立てているところを見ました」


 大栗が満足そうにうなずいているのが見える。廊下で二人の大人と言い争った時のことを見ていたのか。


「被害者は話すのが怖い,と言っていましたが学校のために勇気を振り絞ることを決意してくれました。種掛くんに被害を・・・・・・」


 目の前で適当なことを言っている男,満足げに肯定する大栗,興味深そうに聞く生徒たちすべてに腹が立った。怒りのあまりパイプ椅子から立ち上がった。


「適当なこと・・・・・・」

「いい加減なことを言うな!!」


 おれの抗議の声と別の声が重なった。声は職員席の方からいた。椅子から立ち上がって肩で意思をしてる郷地先生が目に入った。


「適当なことを言うんじゃない。いったい君は何がしたいんだ!」


 有無を言わさず叱りつけるような雰囲気で舞台に歩み寄ろうとする郷地先生を大栗が止めた。


「まあまあ,適当かどうかは続きを聞けばわかるんじゃないですか? 話に先がありそうでしたけど」

「こんなところで話をするものじゃないだろ!」


 大きな声で訴える郷地先生を,大栗は小ばかにするように見た。


「あれ~,もしかして郷地先生,種掛くんのことを信用していないのですか? もし適当なことを言っているのだとしたら,むしろ続きを全校生徒に聞かせてやった方がいいと思うのですが。その方が種掛くんも変な噂が立たなくていいでしょ。郷地先生はそうではないとでも?」


 郷地先生は何か言いたそうにしていたが,ちらりとこっちを見た。


「おれは先が聞きたい。おれは後ろめたいことをしていないと胸を張って言える。だから大丈夫だ」


 体育館から拍手が起きた。「決まったね~」とはやし立てる生徒と「どっちが本当のことを言っているんだ?」と興奮している生徒で体育館はまたざわつき始めた。

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