あの日の話


 地方のニュースで速報で流れるほどの事件だったらしい。目撃者の証言によると,公園で騒がしくしているから注意をしようと近寄ると,大きいな木の棒を持っている少年が見えたから大声をあげたこと,少年たちが走り去った後には二人の子どもが血を流して倒れていたことが取り上げられたらしい。

 このニュースが流れた時点では二人の子どもの身元ははっきりと分かっていて,すでにおばさんに連絡が入った後だったということだ。


「お母さん,ひっくり返りそうになっちゃったわよ。喧嘩とは無縁で,人を殴ったこともない大介が血だらけで倒れているところを見つけられて搬送されたっていうんだから」


 わざとらしく肩を寄せて身震いをして,「でも無事でよかった」と言ってグラスに手を伸ばした。


「子どもたちって,他に誰かいたのか?」


 おばさんは伸ばした手をそのままにしてじっとこちらを見た。そして,音のないため息をついて「やっぱり黙っているのはおかしいわよね。でも,変なことを言って気にさせてもあれだし,向こうもそれを望んでいて・・・・・・」とおれの足元を見ながら言った。自分でも気づかないうちに,激しく貧乏ゆすりをしていた。


「黙っているのはおかしいわよね,じゃねえよ。当事者なんだから全部知る権利はあるだろ。言ってないこと,全部話してくれ」


 グラスの底を音を立てるようにしてテーブルにたたきつけた。ついきつい口調になってしまった。でも,言ってもらわないといけない。あの日,何があったのか。おれと大介はあの時・・・・・・。


 温厚なはずの息子の乱暴な振る舞いに,おばさんは一瞬身体をびくつかせた。ごめん,と心の中で謝る。でも,知りたいんだ。

 真剣な思いが伝わったのか,おばさんはもう一度グラスに手を伸ばし,一口お茶を口に含んだ。そして,あの日の話を始めた。



「倒れていたもう一人の子どもは,ツーブロックでサンダルの恰好だった。近くにコンビニの袋とお菓子が入っていたから,買い物の帰りだろうってことだったんだな?」


 確認するように繰り返した。やっぱり,思った通りだった。俺はあの日,大介と同じ空間にいた。お人好しの俺は,リンチされている大介を守るために突っかかった。そして,数の力を前に返り討ちにあった。予想した通りだった。


「で,その少年は今どこにいるんだよ?」


 もしかしたら,大介が俺の身体を使って好き勝手しているのかもしれない。そんな想像が一瞬頭をかすめたが,あいつに限ってそんなことをするわけがない。でも,俺の身体がどうなっているのかは気になる。そんなの当たり前だ。


「それが・・・・・・」


 おばさんはまた口ごもる。


「黙っててもしょうがないんだから,それに,そいつはおれの友達なんだ」


 恥ずかしいくらい臭いセリフが口をついて出た。そういえば,俺には友達と呼べるような奴は今までいなかった。大介とは,友達って言ってもいいのかな。「何言ってるの。ぼくたち,友達でしょ」と小ばかにしたように笑って答える大介の顔が浮かんだ。

 だが,そんな想像も次のおばさんの一言で一気に萎えた。


「でも,友達って言っても,ずいぶんガラの悪そうな子らしいわよ。眉毛はほとんどなくて,耳にはピアスの穴も空いているって。大介,今までそんな子と仲良くしていなかったじゃない」

「うるせえ! 人を見た目で判断すな!」


 しまった,と思った時には遅かった。見た目で何度も損してきた。何かあったとき,真っ先に疑われるのは俺だった。そんな大人に歯向かうために,もっと威張ってもっと悪い風貌を意識するようになった。結局損をするのは自分なのに,やめられなかった。大介の母さんにもそう言われることが,無性に悔しかった。自分を守るために,大きな声を出した。結局俺はそういう人間なんだ。自分を認めさせるために反抗したり,声を荒げたり,卑怯な手を使うことしかできない。おれは一人で,大介をリンチしたやつらは集団だっただけで,どっちも同じもののように思えてきた。


「ごめん。そうね,大介の言う通りよね。人を見かけで判断するなんて,みっともないことを言っちゃったわ。許してくれる?」


 心底申し訳なさそうに,素直に謝るおばさんにどう対応していいか分からない。早くこの場を離れたかった。


「それで,その人は今どこにいるの?」

「まだ入院しているわ。総合病院に」

「行ってくる」


 財布だけを手にして部屋を飛びだした。「待ちなさい」というおばさんの声がする。今までで一番張りのある,意志を感じられる声だった。


「行くって言ったって,お母さんも部屋の番号を知らないし,それに今行っても・・・・・・」

「行くって言ったら行くんだよ。晩御飯までには戻ってくるから」


 おばさんの言葉を最後まで聞かずに,運動靴を履いて玄関に手を掛けた。

 総合病院。ここからバスで十分で着く。何日も生活していると,この辺の地域の土地勘がなんとなくつかめてきていた。今まで大介のお金に手を付けていなかったが「今日ぐらい許してくれよな」と心の中で謝った。その直後,やっぱり考えを改めた。バスを待っている時間すらもったいない。走っていこう。

 家を飛び出すと,ちょうど西日が強く差していた。病院についたころには汗まみれだな。シャツのボタンを開けながら,太陽に向かって駆け出した。


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