第28話 人道的、非倫理的陰謀
ビルの屋上に立つ二人の人影の内の一人、
宮木雄一は苦い顔をしていた。
「対象T、小戸田武明を逃がしたか......」
「仮次が逃がしたのなら、誰がやっても逃げてたんじゃない?」
鯉口美穂は無表情でモニタを見ながら言う。
「しかし仮次にとって得意なフィールドだったはずだ。
あの娘がその場にいたのが原因じゃないか?
生徒にどの殺し屋を監視に当てるかはお前の役割だろ!?
鯉口ィ!」
宮木は鯉口を睨みつける。
「そんなこと言われても、朝日ちゃんが小戸田の標的である藤虎家の長男の所に行くなんて予想できた?
結果論で言わないでくれるかしら」
「藤虎の事務所は好ポイントが狙える立地だ。
何しろ小さいとはいえこの市で唯一の暴力組織だからな。
そこに生徒が行くことを考慮しなかったのか?」
「まさか行くとは思わなかった。が正解ね。
試験が終わった後に私一人で片づける気だったのよ」
宮木は床に唾を吐き、目線を鯉口からモニタに向け直す。
「だがまあ、『浄化作戦』としてはほぼうまくいったな。
新市長にぶっ太いコネができたってワケだ。
後はお前とこっちの人員で残りカスを一掃して終了だ。」
「ああ、その件だけど、朝日ちゃんが藤虎のビルを制圧したから私はパス。元々予定にはなかったけど生徒たちを一旦集めて話をすることにしたから、
後はお願いね。」
「アァ!?おい待て!」
宮木が止める間もなく鯉口は手すりから身を乗り出しビルから飛び降りる。
慌てて宮木が手すりから身を乗り出し鯉口を探すが宮木の視界の中にはもうすでにその姿はない。
「クソが!手数料は倍にしてやるからな!」
体よく市長への事後報告を押し付けられた『裏路地』代表は手すりに拳を打ち付けた。
朝日はむすっとした表情で藤虎のビル(元)の前に立っている。
その表情の原因は標的(藤虎和之のことではなくもちろん安城仮次)を殺り逃したこともそうだが、疲労のせいで気を失っていた間に勝手に着替えさせられたことが大多数を占める。
試験が始まる前に身に着けていた漆黒のワンピースの代わりに純白のワンピースを着せられ、丁寧なことに靴も黒から赤のローファーに履き替えさせられていた。
ちなみにビルの中で朝日に拘束された男たちの姿はすでになかったが、『裏路地』の職員がトラックに運んだり連れ込んでいるのを仮次から聞いている。
「......」
日が傾き始めた頃に見覚えのある大型のバスが二人の前で停車した。
ドアが開き鯉口が顔をのぞかせる。
「お疲れ様。さあ乗って。あなたで最後。」
朝日がバスに乗って仮次が一歩下がったのを確認し、バスは出発する。
バスの中にいる他の生徒たちは服装だけはきれいに整えている者のこの数時間で激戦を繰り広げたであろう様子が手当の跡や痣から垣間見えた。
「朝日ちゃん大丈夫だった~?」
朝日の頭部を胸の谷間に埋めさせている西東恵のような例外もいたが。
恵も黒いドレスのような服から、黒いセーラー服に着替えていた。
「らいりょうふらから......」
朝日は恵の腕を掴んでなんとか死地から脱出する。
「朝日君!どうだった」
座ると通路を挟んだ隣に座る横田熱男が身を乗り出してくる。
「暴力団?の事務所に乗り込んだ。
一番偉そうな人は逃げちゃったけど......」
「ははっ。それは凄いな!
僕は路上で派手にやりすぎてしまってそれ以降は皆逃げてしまったよ。」
「俺も路上のチンピラしか相手にできなかったな」
「俺は売人っぽいのいたからとっ捕まえて、元締めまで行ったけど途中で時間切れになった」
「俺は雑居ビルの一室一室周って、殴りかかってきたやつを相手にしてたな」
周りのシートに座った生徒たちも話に入ってくる。
「恵は?どうだった?」
「ん〜私も数人かな」
恵は少し口を濁したが朝日がそれに気づくことはなかった。
鯉口がバスに備え付けられたマイクを手に持つ。
「皆、試験お疲れ様。
特にポイントを公開したりはしませんが、私に聞けば教えるので気になる人は私に連絡すること。また、今回の試験は『裏路地』の仕事の一環でもあったので少額ですが貢献度に応じて報酬が支払われます。」
バスの中は少し騒がしくなる。
「そして、明日からは私の個人的な仕事もあって2カ月ほど訓練校は休校です。
今回の試験の結果を受けて裏路地経由で仕事が振られることもあるかもしれないから、あまり遊び過ぎて気を緩めすぎることがないように。」
鯉口の言葉に騒がしさが一層増すが、それを諫めることもせず鯉口は運転手の後ろの席に座る。
今回の試験が初めての実戦だった生徒も少なくない。
実戦での高揚と長期休暇での興奮は鯉口にも理解できた。
「私の初陣ってどんな感じだったっけ......」
その呟きは生徒たちには届かなかったが、バスの運転手には届いていた。
初陣にして無傷でターゲットの誘拐、護衛のボディーガードを10人戦闘不能にし、現役の殺し屋を3人殺傷した上で民間人の目撃者無しの偉業を成し遂げた鯉口美穂が人間らしいところもあることに運転手は驚いた。
それからバスは訓練校が入っているビルに到着し、生徒たちはその場で解散となった。
恵達と夏期休校で遊ぶ約束もしたが朝日にはやることが山積みだった。
初めて人体にナイフを投げ込んだり殺し屋ではないが日本刀を持ったヤクザと殺しあったりと普段の訓練とは違った経験を積み、強くなった実感もあった。
しかし、小戸田武明という殺し屋との手合わせ(向こうからすれば遊びだっただろうが)と、その小戸田を逃がしたとはいえ圧倒した安城仮次との圧倒的な実力差を目にしたことは、朝日を焦らせるには十分だった。
「もっと、もっと強く......!」
家へ帰る朝日の足取りは重く、しかし力強かった。
裏路地の代表、宮木雄一は執務室に設置した八つのモニタで、ドローンや監視役が撮影した今日の試験の様子を確認していた。
「横田熱男か。強いが、後先を考えなさすぎるな。まだ仕事をする段階にない。」
部屋には秘書兼護衛役の本間の姿もなく一人きりだ。
「あー......空気を読むことを学ばせるために裏方をやらせてみるのも有りだな」
手元の書類に所感を書き込んでいく。
ひと段落すると手元のキーボードを操作する。
「今度は......西東家の娘か。名前は......恵ね。」
西東家はその家の特徴から一部の人間から苦手意識を持たれている。
「油断させて布で拘束、頚部への圧迫か呼吸器を抑えての気絶ね。
上手く人目のないところに誘い込むのは西東の技......か?」
モニタではまさに下着姿の恵が男の手首を拘束し、首を布で圧迫している様子が映し出されている。
「殺し屋志望らしいが、今のままだと『対殺し屋』任務は無理だな。
だが普通の任務なら十分使えそうだな。
しかしなぜ脱いだ自分の服で戦っているんだ?」
支給する服装に注意が必要、と書類に書き込む。
「で、最後は問題のこいつだな」
キーボードを操作すると画面には朝日の姿と、朝日が身に着けた伊達メガネに着けたカメラの映像が映し出される。
時間を進めると金髪で青いアロハシャツの哀れな第一被害者、田川一郎が画面に映る。
「安城家は拷問を教えているのか?いやこのくらいは誰でもできるか。
しかし一般家庭出身でこれか......とりあえず人を傷つけることに対する抵抗は無し、と。」
藤虎組の事務所に入るあたりで伊達メガネに取り付けた録画装置からの映像が入り、若い衆、藤虎組の部下が朝日の投げナイフと近接格闘で次々と倒されていく様子が見える。
「一般人なら男だろうが文句なく殺せるな。
やはり使える。」
日本刀を構えた藤虎和之と相対する朝日。
危ない場面もあったが投げナイフを回収するワイヤーで手玉に取る様子が見える。
「腐ってもヤクザか。藤虎組もそこそこやるな」
右のモニタに映るのは右手をナイフで床に固定され、両足をワイヤーで絡めとられた藤虎。
それに近づく朝日の視点。
「?あえてとどめを刺すのか」
朝日が藤虎に馬乗りになってから数秒後、突然映像が途切れる。
「おおっと。」
宮木がキーボードを操作すると、事前に部屋に仕掛けられていた隠しカメラからの映像が代わりにモニタに映る。
「本来は鯉口の動きを解析するためだったが、役に立ったな。」
モニタにはワイヤーを切断して藤虎を逃がす朝日と、一発撃った拳銃を朝日が座るソファに投げ捨てる藤虎の様子が映る。
「......は~ん。ま、人間らしさの範疇か。」
それから小戸田武明が登場し朝日と遊ぶ様子、仮次が小戸田を撃退する様子、そして仮次を背後から撃とうとした朝日で映像は終了した。
訓練校の生徒たちの戦う様子をそれぞれのモニタで再度再生させつつ、しばらく書類を見直していた宮木の携帯端末が振動する。
振動パターンは安城仮次の私用携帯のものだった。
通話に出る。
「おう仮次。ちょうど今、この前の試験の映像を見直してる。
残念だったな」
「朝日のことか?」
「ああそうだ。一線は超えられなかったみたいだからな」
「それもそうだな。だが、超えたことにしたい」
「......?どういうことだ?」
「藤虎は殺れなかったが、藤虎組の手下どもに投げナイフを使用していただろう。」
宮木は片手でキーボードを操作し、モニタの一つに藤虎組のビル内での朝日の映像を流す。
「ああ。そいつらは全員捕縛、治療して監禁中だ。
きっちり拘束していたみてーで仕事が楽だったそうだぞ」
「その内一名を『失血死』させる。」
宮木は深呼吸し、デスクの一番上の引き出しから葉巻入れと灰皿を取り出すと、葉巻を一本口に咥えて火をつける。
「いいだろう。お前に一人分の命を売ってやる。
端数を切って一千万だ。
で、実際には殺さないんだろう?
公的に死んだことにする隠蔽やら手続きやらでプラス一千万だ。」
「もちろん裏路地内データベースも改竄の対象にする。
朝日が自分で調べないとも限らん」
「ならプラス二千万だ。何人かの口止め料込みでな」
「わかった。五千万出す。多い分は口止め料に足してくれ。」
通話を切る。
モニタの電源を落とし、もう一度書類を確認しつつ秘書の本間に通話をかける。
「はい。」
本間は呼び出し音のワンコール前に通話に出た。
「藤虎組ビルで回収したヤクザどもの中で一番深手だった奴を『失血死』したことにしろ。予算は四千万だ。」
返事を聞かずに通話を切る。
「しかし、大枚はたいて娘を殺人犯に仕立て上げるか。
あいつの事情を知らない奴からすれば不思議でたまらねえだろうな」
宮木は目の下のくまを濃くして笑う。
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