第5話 訓練校:実技授業 その1

「あの男......!」

朝日は更衣室で鞄から着替えの袋を取り出して、事前に確認しなかったことを後悔していた。

「わぁ~朝日ちゃんクールかわい~」

朝日が手に持って広げているのは黒いドレスだった。

足元はロングスカートだが、少し広がっており幼さの表現か背中には大きな黒いリボンがあしらわれている。

肩にかかるのは細い紐のみで腕は布に覆われておらず、胴体部は特に飾りもなくシンプルな作りになっている。

袋の中に羽織るものが入っていないかと逆さにして降ると、黒いシルクの手袋とローヒールのパンプス、靴を入れる袋が出てくる。

「なんでこんな服を?ダンスの授業と勘違いしたのでは」

「朝日ちゃん、着替えないの?」

「恵さん!ちょっと服を間違えたみたいで、」

恵に声をかけられて振り返った朝日は愕然とした。

恵が身に着けているのは朝日と同じく黒いドレスだった。

しかしその派手さは驚くべきものだった。

背の高さはおそらくハイヒールに履き替えたからだろうか、スカートはそのハイヒールを隠すほど長いが右横に腰のあたりまで届く長いスリットが入っていて、少し動けば鼠蹊部が見えてしまうようにも思える。

腰から首まではタイツのように体形に合わせてぴったりと布に覆われ、へその部分にダイヤ型の穴が開いている。

袖はないが二の腕の半ばから指先まで白く薄い手袋に覆われている。

「な、なんですかその服は!」

「こことかすごいえっちだよね~」

恵は胸を持ち上げる。どういう技術なのか乳房の下の付け根まで布が張り付いている。

「今日は男女別の授業でしたっけ?」

「いや?違うよ?」

手を放すと胸が大きく揺れる。

「えぇ......上着か何かないんですか?」

「?そろそろ時間だよ早く早く!」

飛び跳ねる恵から意識して視線を外して周りを見ると他の人も黒いドレスやスーツなどを着用し訓練室に向かっている。

「もう時間がない......」

他の人の服装を見た朝日は覚悟を決めて服を脱いだ。


(は、恥ずかしい......)

朝日は実技室の隅で縮こまる。

打放しコンクリートの壁の冷たさがその身をさらに縮こませる。

「大丈夫。似合ってるって~。

 自信持って。朝日ちゃん。」

「自信とかじゃなくて......」

「二人ともさっきぶり!」

燕尾服に身を包んだ熱男が二人に駆け寄ってくる。

豪快なオーラと服装があまりにマッチしていない。

「朝日君!お姫様みたいでかわいいぞ!」

「別にお遊戯会みたいだと言ってもいいんですよ。」

「そ、そんなことはないよ!かわいいよ!

 小さいバラの蕾のような......うん。」

不満げな朝日の目線から逃れるように恵の方を向く。

「恵君は何というか、すごい格好だね。」

「まぁね~西東家が仕事着を作ってくれたんだ~」

「仕事着?」

「ああ、朝日君は知らなかったか。

 僕らはより実践的な訓練のために家での訓練の時には仕事着を着用しているんだ。訓練校でもそれは変わらないようで僕もこの服を持たされたよ。」

熱男にしては珍しく少し恥ずかしそうに襟を正す。

「その通りです。」

扉が開く大きな音に受講者全員が入口を見る。

そこにはいつもの黒いスーツ姿......ではなく指先まで覆われた黒いボディースーツの上に白いTシャツとデニムのホットパンツを身に着けた鯉口美穂がいた。

黒く長い髪はポニーテールにまとめられ、首から下げた黄色いホイッスルと合わさるとまるで体育教師、のコスプレをしたモデルのようだ。

集まった生徒たちの前で鯉口は話し始める。

「常在戦場はメンタルに悪影響ですが、服装によってスイッチを入れるのは有効ですし伝統でもあります。」

朝日が手を挙げる。

「先生のその格好は仕事着なんですか?」

鯉口は仁王立ちで不敵に笑い、

「ふっ。私ぐらいになるとそんな細かいことには囚われません。

 これは純粋な私の趣味です」と言う。

当然のように生徒たちが色めき立つ。

「あれって全身タイツなのか」

「うわぁ......ボディースーツの上から鼠蹊部が見えてるよ」

「ローライズのデニム、いいな」

「フェチズム!(いいねの意)」

「西東もすごかったがこっちもすごいな」

「さすがは西東家のホープ」

「人間は重力には逆らえない」

「それより朝日ちゃんかわいい」

「確かに」

「お前らロリコンかよ。」

「合法だぞ」

「はいはい注目!」

収拾がつかなくなり始めたところで鯉口が手をたたく。

「それでは本日の講師の方をご紹介しましょう!」

鯉口が指を鳴らすと部屋が一瞬暗くなる。

明るさが戻った時、鯉口の隣に小柄な老人が立っていた。

「若者の皆さん、どうかよろしく」

「はい。ということで引退ほやほやのご老人、紙谷源太さんです!」

鯉口が拍手で迎えるのに対して生徒たちは戸惑いを隠せない。

「この爺さんが講師?腰が曲がって自力で歩けるかもわからねえぜ」

「おい君!やめないか!」

お調子者が小さい声でつぶやくのを熱男が同じく小声でたしなめる。

そんな様子を聞いているのかいないのか教師たちは握手をしている。

「今日はありがとうございます源さん。」

「君の頼みならいつでも行くよ。ミス美穂。」

朝日も不安に思い恵と何か話そうとするが、

恵は緊張した面持ちで二人の様子を見ている。

ふと周りを見渡すと先週までいなかった生徒達、つまり現役の殺し屋達は恵と同じように全く動じていない。

「さてじゃあ早速始めるかね。」

「そうですね。じゃあみんな!後ろにある箱から一本ずつ取ってください。」

後ろを振り返るといつの間にか蓋の空いた木の箱が置いてある。

生徒たちは動揺しているが反応はさすがに早く、もう何かとってきている人もいる。

「はい朝日ちゃん。持ってきたよ」

恵もいつの間にか戻ってきていた

「あ、ありがとう」

朝日が受け取ったのは木でできたナイフだった。

しかしやたらと重い。おそらく中に金属が仕込んであるのだろう。

毎晩訓練で使う本身のナイフとほぼ同じ重さだ。

「ということで本日のテーマはナイフです」

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