第7話 またまた狼

 森に瞬間移動してきた豪は、再びこの森から出られないか考える。


 前に来たときは気持ちが不安定になって、結果狼モドキに襲われたが、今は不思議と気持ちが安定している。豪はそれに違和感を覚える。



「そういえば…あの狼モドキに襲われた後も不思議と落ち着いてたな。何か理由があるのか?」



 豪は、お世辞にも肝が太いとは言えない。


 現に、ホラーゲームは一切やって無かったし、お化け屋敷も、友人と十年前に一緒に行ってから一度も行っていない。


 そんな男が、死にそうな目にあったのだ。しばらく身動きが出来なくなってもおかしくないのに、こうしてピンピンしている。その異常に気付いた豪は自分が寝ていた間に何かされているかもしれないという可能性に気付き、身震いする。


 すると、近くの草むらから、ガサガサと音が鳴った。


 豪は草むらに対して身構えつつ、少し前にもこんなことがあったことを思い出す。



(まさか…またあの狼モドキか!?)



 そして、草むらから出てきたのはあの時の狼モドキだった。


 それを見て驚いた豪は、狼モドキに対して反射的に殴り掛かる。


 殴ろうとして地面を蹴った瞬間、地面がへこんだ感覚がして、一瞬瞠目する。



(す、すげぇ!流石能力値の暴力の魔人!ゲームではこんなことはなかったけど、現実だとこうなるのか!)



 そんなことを思いつつ、だんだん近づいてきた狼モドキに対して、拳を突き出す。


 しかし、その拳は狼モドキの右前足で受け止められてしまう。



「まあまあ落ち着け王よ。我は敵対する気はない。少し話をしようじゃないか。」


(…え?…しゃ、しゃ、しゃ、)


「しゃべったああああああああああ!?」



 いきなり喋りだした狼モドキに、豪は驚愕を隠せず、その場に尻もちをついてしまった。






 しばらくして、ようやく落ち着いた豪は目の前の狼モドキに質問をする。



「あ、あの、すいません。あ、あなたは誰?」



 その質問に対して、狼モドキはやっとかといった感じの雰囲気を出して答える。



「はあ…驚きすぎではないか?王よ…まあいい、我はこの迷宮、『メビウスの首』の守護者、種族は『マーナガルム』。そして、王の手下だ。」



 その答えに、ジェラールは驚きながら言葉を返す。



「待って待って待って!色々知らない単語が出てきたからそれから教えて!」


「分かっている。知らないだろうからな。」



 それから色々なことを教えられた。


 迷宮のしくみ、メビウスの首のしくみ、について教えられた豪は、再びマーナガルムに質問する。


「なんでお前は俺の手下になってるの?」


「それは、王が我を殺し、この迷宮に認められたからだ。やったな王よ。世界初だぞ、迷宮に認められたのは。」


「え?俺がお前を殺した?逆じゃない?」


「我もそう思った。が、殺されたのは我だ。それについては後で話そう。」


「あとでって…あれ?認められたのが世界初って、俺以外に認められた人はいないの?」



 そう疑問に思った豪が質問すると、マーナガルムが表情を変えずに質問に答える。



「ああ、認められた者はいない。どいつもこいつも、迷宮を破壊するだけだったからな。」


「なるほど…破壊って、あの光ってる球を壊せばいいの?」



 以前にこの森を出る直前、光る珠を触っていたことを思い出し、それについて尋ねる。



「ああ、あれは迷宮の中枢にして、迷宮で最も脆いもの、『天球』だ。」


「中枢にして、最も脆いもの…」


「そうだ。あれはどの迷宮にも一つだけある、いわば『核』のようなものだ。あれを破壊されれば、どんな迷宮も崩壊する。だから、決して壊すなよ?」


「わ、わかったよ。」



 マーナガルムの力のこもった視線に怯みつつも、頷いて答える。



「さて、あとは王が一番気になってる、我を倒した件についてだな。」


「う、うん。」



 ようやく聞きたいことが聞けると思い、身を乗り出しながらマーナガルムの言葉を待つ。


 そして、マーナガルムの口から驚きの言葉が放たれる。



「ああ、まず、王はこの世界の存在ではないな?」


「…はい…?…はい!?」






「どうした王よ。違うのか?違わないのか?」



 マーナガルムの言葉に驚きつつも、豪は言葉を返す。



「な、なんで俺がこの世界の住人じゃないってわかったの?」


「それもこれからの話に関係してくる。まず、王に初めて会った私は、例のごとく、迷宮への侵入者である王を殺そうとした。」


「お、おお…決断が速い…」



 「殺そうとした」と言われ、少しビビる豪だが、マーナガルムは気にせず言葉を続ける。



「たいていの生物の弱点である、『経路』に噛みついて、王は動きを止めた。死んだと思った。」



 そこまで話して、マーナガルムはそこから悔しそうに話しだす。



「完全に油断していた…急に体を起こした王は、自身に極技【強化】を施し、我に殴りかかってきた。それに気づいた我は、なんとか一発目は避けて、反撃に移ろうとした。だが、王の判断速度は強化されていた分、とてつもなく速かった。そしてその反撃も避けられ、拳を食らい、蒸発した。」



 そこまで聞いて、豪は思考が一瞬止まる。



(え…?極技…?使う…?待て待て待て!!!!)


「…え?俺、ひとりでに動いて、極技使ってたの?」


「ああ。今思い出してみれば、あの肌を貫くような波動、王の体から浮き上がる圧倒的なオーラ、そしてその能力…間違いなく極技だった。強化の極技なんて聞いたことしかなかったからな。良いものを見させてもらったぞ。」



 それを聞き、豪は心の底から戦慄する。



(あ、あっぶねぇええええええ!もう極技使ってたのか!町から逃げる時に使わなくてよかったー!)



 『極技』…それは、技の序列の中で最高位に位置する技であり、この技の効果は、例え極技以外の技を用いたり、アイテムを用いたり、耐性を持っていたとしてもその技を対処するのが不可能な技である。


 しかし弱点もあり、どの極技も共通して一度使えば二十四時間は使えなくなり、またその時間内に、序列における剣技以上の技を使うと死ぬ、というデメリットもある。


 もし、逃亡するときに極技なんか使ったりしてたら…と考えた豪は身震いする。



「ん?どうした王よ。」


「い、いや…あの時バカな事しなくて良かった、って思って。」


「ああ、町で殺されそうになったときか。あれは災難だったな。」


「な、なんでそのこと知ってるの!?」


「迷宮の中から王の目を媒介として王が見ている風景を見させてもらった。いやいや、ほんとに生きててよかったぞ、王よ。」



 そんなこともできるのか…と豪は驚嘆する。


 マーナガルムの言葉が終わり、あたりに沈黙が下りたところで、豪がもう一つ質問を投げかける。


「なあ…というか、なんで俺、ひとりでに動き始めたの?」


「ああ、それか。それはな———!?…っと、少し驚いてしまった。」



 マーナガルムが一瞬驚いたような顔をする。それを疑問に思った豪は少し心配して声をかける。



「ど、どうしたの?な、なんかあった?」


「ああ、町が一つ滅んだんでな。いきなりだったんで驚いてしまった。」



 それを聞いた豪は一瞬頭が真っ白になる。



「へぇ…町が一つ……は!?ほ、滅んだあ!?」



 豪は信じられないといった様子でマーナガルムに事の詳細を聞いた。





「え、滅んだのってさっき俺がいた町なんだ…じゃあ、町が滅んだのって俺のせい?」



 さっきまで自分がいた町が滅んで、自分が関与したことで滅んだのではないかと心配になり、マーナガルムに聞き返す。



「いや、王のせいではないぞ。町に青髪の少年がいただろ?」


「うん、いたね。その子がどうかしたの?」


「そいつは『天業の逸脱者てんごうのいつだつしゃ』という存在でな。そいつが町を滅ぼしたんだ。」


「はあ!?」


「あ、天業の逸脱者とは、ある迷宮に挑戦し、王がいた世界にはない、強力な技を入手した者でな。恐らく、今の世界では一二を争う強者だぞ。ちなみに魔人だ。」


「うん。やりたい質問が増えたよ。うん。」


「まあ、追々教えていく。それよりも、王よ、王は相当弱いな?その理由は分かるか?」


「え?確かに弱いけど…いや、俺が弱いんじゃなくて、この世界の人達が強いんじゃないの?」



 ずっと気になっていた質問を口にする。すると、驚きの答えが返ってきた。



「いや、この世界に来た者は例外なく強い。特に魔人はな。恐らく、王が弱いのは何か原因があるんだろう。」


「原因か…いや待って。ちょっと待って。」


「ん?どうした?」


「この世界に…他の世界から来た魔人がいるの?」


「ああ、いるぞ。元々魔人だった者は一人しかいないがな。」



 それを聞いて、豪の心は歓喜に包まれた。



———恐らくエイオンから来たであろう魔人———


———エイオンの魔人は自分ともう一人だけ———


———相当な強さの魔人———




「ま、まさかその魔人の名前って、『ネルヴァル』!?」


「落ち着け落ち着け。元論その名前だが、どうかしたのか?」



 豪は相当興奮していた。


 名前と種族が一致、出身地も恐らく同じ、そうなれば、思い当たる人物は一人しかいない。



(…この話が本当なら…この魔人は、慶介だ!あいつ…転生してたのか…本当に、本当に良かった…)



 数少ない友人、古くからの幼馴染、そして、自分と競い合ってきた良きライバル。


 二年前に亡くなってから今に至るまで、ずっと『あの時』のことを悔やみ続け、しまいにはニートになるほど打ちのめされていた。


 その友人が、生きてこの世界で暮らしている。


 豪は、この事実を聞いて冷静さを欠くほど喜んでいた。


 気付けば豪はマーナガルムに勢い良く迫っていた。



「マーナガルム!慶介は…いや、ネルヴァルは今どこにいるの!?」


「落ち着けと言っているだろう!質問には答えてやる!だから少し落ち着け!」



 マーナガルムの怒鳴られ、冷静さをとり脅した豪は、マーナガルムに謝る。



「ご、ごめん…少し興奮してた。」


「はあ…察するに、ネルヴァルは王の大切な存在なんだな。会いに行く方法が知りたいか?」



 その言葉で、豪は再び興奮する。



「し、知りたい!教えてくれ!その方法を!」


「だから落ち着け!次興奮したら噛むぞ!」



 しかし、その言葉で再び冷静になる。流石に噛むぞ、と言われては、落ち着かざるを得ない。



「ご、ご、ご、ごめんて!許して!落ち着くから噛まないで!」


「ふう…ネルヴァルは魔人たちが住む国、『ラヴニル』にいる。行くか?」



 豪は一瞬思案する。忘れかけていたが、自分は恐らくこの世界で一番弱い。一瞬、外に出たらさっきみたいに命を狙われ、死んでしまうのではないかと思ったが、慶介に会いに行くことに比べたら些細な事だった。



「…うん、行くよ!俺は…ネルヴァルに会いに行く!」


「…そうか、なら、ある程度の強さは手に入れてもらわないとな。我が見たところ、王は能力値的に弱い原因を解消する以外では、能力値が伸びることはない。だから、体術を身に着けてもらうぞ。死なれると我も死ぬからな。」



「体術…身に着ける…修行ってこと?」


「ああ…我の修業は厳しいぞ…?」



 マーナガルムの冷酷な笑みを見て、怖気を覚える豪であった。





 時は少しさかのぼる。


 ファルファたちと青髪の魔人が対峙していた。


 吹き飛ばされていたレンファも体勢を整え、魔人に向き合っていた。


 そして、ファルファは魔人に語り掛ける。



「貴様、天業の逸脱者か…」


「お、よく知ってんじゃねぇか。そうだ、俺はあの迷宮をクリアし、この強化技を手に入れた。てめぇらが勝てると思うなよ?」


「目的はなんだ!なんでこの町にいた!そして、なぜそこの冒険者を殺した!」


「目的ぃ?んなもん話す分けねぇだろ?…まあ、なんで殺したかは教えてやる。」



 ファルファたちは息をのむ。殺した理由によっては自分たちも殺される可能性がある。さっきこの魔人が言ったように、自分たちではこの魔人には太刀打ちできない。なら、なんとか交渉をして見逃してもらい、王都に戻りこの魔人について報告をしなければと思ったのだ。



「ああ…そうだなあ。さっき雑魚い魔人がいただろ?」



 ファルファたちは確かにいたと頷く。



「その魔人は平和ボケしていた…戦争ばっかしていた俺らと違い、何んとも幸せそうに、働いて暮らそうとしていた…今のラヴニルには、そんな魔人はほとんどいねぇ。だから…何だろうなぁ…あいつの暮らしを守るために、あいつを殺すとかほざいていたそいつらを殺した。だから、てめぇらも殺す!」



 ファルファたちは交渉の余地なしと判断すると同時に、魔人がどんな種族だったかを思い出し、元々交渉なんて無理だったことを思い出す。


 魔人が、同族に対して底抜けの優しさを持っていることは有名だ。先程魔人を殺そうとしたのに、この魔人が自分たちを見逃すはずがなかった。


 魔人が先程の言葉の終わりと同時に、拳を構えてその場で突き出してきた。普通に考えれば遠距離からの拳なんて当たるはずがない。だが、とんでもない衝撃波がファルファたち四人にぶつかってきた。


 そのことから、魔人の強化の能力を察したファルファは声を張り上げる。



「気を付けろ!こいつの強化の効果は衝撃波の発生だ!あいつが体を動かしたら警戒しろ!」



 それを聞いて、魔人がファルファたちに呆れたように顔を向ける。



「おいおい…その程度の認識かよ…天業の逸脱者が、そんな弱いわけないだろ?」



 そして、魔人が足を動かしたと思ったら、次の瞬間にはラビンがさらに吹き飛んでいた。よく見ると、腹に魔人の拳が突き刺さっている。



「ラビン!?」



 ファルファが悲痛な声を上げる。


 レンファとミラもあまりの驚きに顔を歪めている。この三人は、冒険者ギルド全体でもかなりの強さである。その三人が、今のパンチを一切目で追えなかったのだ。その事実に、三人は恐怖すると同時に、質問を投げかける。



「貴様…その強化は…」


「ま、一人仕留めたし、効果ぐらいは教えてやるか。『天業の轟破』。天業の逸脱者、その固有能力の一つだ。この能力は、能力値全強化【大】。そして…体から発生するあらゆる衝撃波の究極強化だ。」


「なん…だと…」



 ファルファは、強化倍率【究極】がどれだけずば抜けている能力か知っている。しかし、使える者は今まで一人しか見たことが無かった。


 そして、その二人目が目の前にいて、敵対しているという事実。それを知ったファルファは打ちのめされそうになった。



「どうだ?てめぇらが勝てねぇ理由が分かったか?分かったらおとなしく死———」


「レンファ!『あれ』を起動させろ!ミラ!ラビンを頼んだぞ!」


「分かった!」


「了解!リーダー!」



 そして、レンファがズボンのポケットから直径五㎝の手のひらサイズの筒状の棒を取り出した。



「魔人、どうやら貴様には勝てないようだ。だから、逃げさせてもらう。」


「は?なにを———」



 そして、魔人の言葉の途中でレンファが棒を『べキツ』と音を立てて折った。


 その瞬間、魔人以外の人間が一瞬で消え失せた。


 今まで居たにも拘らず、ギルドの中は勿論、町中からも人間が消え去って、今町にいるのは魔人だけになっていた。



「あっ、あいつらぁ…町中の人間に瞬間移動を仕掛けてやがったぁ…」



 そう、アストールでは、町に何かあった時のために町の住人一人一人に、遠隔操作式の瞬間移動を仕込んでいるのである。そのため、緊急事態の時にも対応できるようになっている。



「ああああああ!!覚えてろよおおおおお!!」



 天業の轟破を発動していた魔人は、そのすさまじい叫び声も衝撃波に変えてしまい、その衝撃波で街を破壊してしまった。


 後に残ったのは、建物の残骸を思わせる破片と一人の魔人だけだった。

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