第5話 甘やかそうとする剣姫
「なぁ、あれは悪い冗談か……?」
「剣姫様が追放黒魔術士にベッタリくっついてやがる……」
ギルドにて――
呆然と声を漏らす男性冒険者たち。
その視線の先には、たった今ギルドの中に入ってきたティオと、彼の腕を抱きしめ、密着しているアイリスの姿が……。
アイリスは実力のあるAランクの冒険者だ。
そして自分よりも弱いものたちを見下し、決して誰ともパーティを組もうとしない孤高の剣姫と呼ばれていた。
アイリスのキャラと美しい容姿も相まり、男性冒険者たちの間では高嶺の花とされていた。
そんなアイリスが、勇者パーティを追放された……それも底辺職と馬鹿にされる黒魔術士にクラスチェンジしたティオに、甘えた表情でベッタリなのだから、冒険者たちの反応も当然である。
(め、迷宮を出たのに離れてくれない……)
周りの目もあり、困った表情を浮かべるティオ。
迷宮を出るまでこうしていたい……。
と言われていたはずが、離れようとするとアイリスが泣きそうな表情を浮かべるので、このままギルドまでくる羽目になってしまったのだ。
「すみません、少し報告があるのですが……」
「はい……って、どんな状況なのですか!?」
カウンターで何やら下を向いて事務仕事をしていた受付嬢に声をかけると、当然というべきか、すっとんきょうな声を上げられてしまう。
信じられないものでも見るかのように、ティオと、彼に猫のようにスリスリと甘えるアイリスを交互に見ている。
「これには色々事情がありまして……とりあえず、まずは迷宮の十層目にレッサードラゴンが二体現れたことをお伝えしておきます」
「は……? 十層目にレッサードラゴンが? 本当でしょうか……?」
ティオの言葉に、訝しげな表情を浮かべる受付嬢。
そんな受付嬢をアイリスが――
「ティオ様を疑うつもりですか……?」
――と、冷たい……それでいて鋭い眼光で見据える。
思わず「ひっ……!?」と悲鳴を漏らす受付嬢。
剣聖のランクを持つ、それもAランク冒険者にそんなことをされては、当然である。
「ア、アイリスさん落ち着いて……。順を追って説明してあげなきゃ……」
「はい! ティオ様の仰せのままに♡」
やんわりとティオがアイリスを嗜めると、彼女はまたもや蕩けた表情を浮かべてティオにスリスリし始める。
孤高の剣姫が格下の黒魔術士に従う……。
そんなウソみたいな状況に、受付嬢はポカンとした表情を浮かべるのだった。
「とりあえず、レッサードラゴンが出現したという証拠をお見せします。どこか広い場所をお借りできませんか?」
「ひ、広い場所ですか? それならギルドの裏庭がありますが……」
「わかりました。案内してください」
ティオに言われ(いったい何をするつもりだろう……?)とでも言いたげな表情で、受付嬢は裏庭へと案内を始める。
何か変な質問をすれば、またアイリスに睨まれるのではなかろうかという恐怖が勝っているようで、特に理由を聞いてくることはない。
「それでは……《ブラックストレージ》!」
裏庭についたところで、アイリスが抱きしめるのとは反対の手を前に出しながら、スキル名を唱えるティオ。
庭の広範囲を埋め尽くす黒い霧。
突如現れたそれに、受付嬢が「きゃっ!?」と、小さな悲鳴を上げる。
だがその直後にさらに大きな声を上げることとなった。
霧が霧散すると、そこには二つのレッサードラゴンの死体が現れたからだ。
「レ、レッサードラゴン……間違いありません! ど、どうやってこれを……」
「ふふふっ……その二体に襲われ窮地に陥ったわたしを、ティオ様がたった一人で救い出してくれたのです」
「ア、アイリスさん、それは本当なのですか?」
「わたしの言葉を……ティオ様を疑う気ですか……?」
「ひぃ!? だ、だって、ティオさんは黒魔術士ですよ!?」
アイリスの圧に小さな悲鳴を上げながらも、なんとか受付嬢は言葉を返す。
そんな受付嬢に、アイリスが(イラ……っ)とした雰囲気を醸し出したところで、ティオが「まぁまぁ」と言って割って入る。
「とりあえず、レッサードラゴンの件は信じてもらえますか?」
「え、は……はい。速やかに上に報告させていただきます!」
「それはよかった。あと、ついでになのですが、この死体を買い取ってもらうことは可能ですか?」
「もちろんです! レッサードラゴンの死体ですので、高く見積もらせていただきます!」
受付嬢の元気な返事を聞くと、ティオは満足そうな笑みを浮かべる。
ティオがレッサードラゴンを倒したことを、受付嬢に認めさせようとしないことに、アイリスは不満そうな表情を浮かべるが、ティオがギルドの中へと歩き出すと、慌てて密着してついていく。
◆
ギルドの中には酒場がある。
レッサードラゴンの買い取り査定が終わるまで、ティオは酒場で待つことにした……のだが――
「ティオ様、わたしが飲み物を飲ませて差し上げます♡」
「い、いや、自分で飲めますから……」
頼んだ飲み物を、ティオの前に差し出すアイリス。
依然として、彼に密着したままだ。
いや、隣の席に座られたことで、さらに密着度が増してしまったと言えよう。
「ア、アイリスさん、いつまでこうして……というより、どうしてこんなに密着してくるのですか?」
「ティ、ティオ様ったら、人前でそんなことを言わせる気ですか……?」
アイリスは頬をピンクに染めながら、程よくむっちりとした太ももを、恥ずかしそうにモジモジと擦り合わせる。
純粋なティオは彼女の言っている意味が本気でわからなくて「……?」と不思議そうな表情を浮かべる。
「ああ……その表情! 食べちゃいたいです……っ♡」
瞳の中に小さなハートを浮かべ、甘い声を漏らすアイリス。
あまりに妖艶な彼女の反応に、ティオは何だか、ドキッ! と、してしまう。
そんな二人の様子を見ていた周りの冒険者たちが――
「クソっ! クソっ! なんて羨ましい!」
「爆発すればいいのに!」
――と、嫉妬の嵐を巻き起こしている。
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