第2話:尾行

 大通りに中間達が倒れ伏している。

 死屍累々とはこのような情景を示す言葉なのだろう。

 最初に倒された二人は五臓六腑を破壊されたのだろう、虫の息だ。

 他の十二人は、全員が二カ所以上の膝か肘の関節を砕かれている。

 もう子供に馬鹿にされても追いかける事も殴る事もできないだろう。

 それどころか、武家奉公ができなくなって中間部屋から叩き出される。 


「ありがとうございます、御浪人様。

 御礼をさせて頂きたいので、どうか屋敷までおいでください。

 いえ、私達を屋敷まで護ってください、御願い致します」


 老女が必死で浪人者に御礼と懇願をしている。

 それもそうだろう、護衛の供侍も中間も何の役にも立たなかったのだ。

 下手をしたら、屋敷の中間と地面に転がっている中間達が一味同心の可能性もあるのだから、信頼できる味方が欲しいのは当然だった

 梅一は、貧乏浪人がこれを好機と助けた姫も屋敷に入り込むと思った。


「悪いが役人とはかかわりになりたくないのだ。

 そこの番屋に助けを求めればいい。

 直に町奉行所の同心がやってくるだろう」


 普通では考えられない事に、浪人者は御礼の話しを断った。

 多くの浪人は、その日の食費にも困るほど貧乏なのだ。

 予想が外れて驚いた梅一は、改めて浪人を観察してみた。

 町奉行所の役人と係わりを持ちたくないという事は、江戸者ではない。

 恐らくは無宿浪人なのだろう。


 浪人者は懇願する老女と茫然自失の姫達を置いて、雑踏の中に消えようとする。

 梅一は慌ててその後を追いかけた。

 梅一は浪人者の強さに魅了されていたのだ。

 梅一には多くの顔があるが、その内の二つで浪人が役に立ちそうだった。


 だが梅一にもどうしても譲れない誇りがあるのだ。

 強いだけでは仲間にするわけにはいかない。

 浪人者の人柄を確かめない限り、絶対に仲間に引き入れることはできない。

 梅一は浪人者の性根を確かめるために、尾行することにしたのだった。


 浪人者は役人を恐れているとは思えないくらい悠然と歩いている。

 いや、態度がそう見えるだけで、実際には素早く歩いている。

 しかも周囲に敵がいないか鋭く探っている。

 何度も修羅場をくぐってきた梅一でなければ、とうの昔に見つかっていた。


 梅一の眼は浪人者の刀に注目していた。

 明らかに柄が普通の大刀よりも長い。

 普通の大刀の柄は八寸五分なのに、二尺ほどもある。

 それほど長い柄が必要なのは、長巻のように重く長い刀身だからだろう。

 だが幕府の決まりで、武士であろうと刀身三尺以上の刀は所持できない。


 今度は鞘に注目したが、見慣れた刀の鞘よりも幅も厚みもあり太い。

 中に入っている刀身も身幅があり重ねも厚いのが予測できた。

 単に田舎浪人が歌舞いたのではなく、実戦重視の武器なのは、先程中間達をぶちのめした手際から明らかだった。

 梅一が今まで以上に心を引き締めた時、浪人者が歩みを止めた。

 

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