第三十九話 軍人
「そう言えば、ソラさまは見かけませんわね?」
メイフェアが思い出したように言った。
「ソラに似たケンタウリ人なら見た。相変わらず騒がしかった。アオイ先生に目をつけられていてもおかしくない」
エトアルは腕を組みながら言った。
「変装が得意らしいんだって」
ニココはそう言うと、九重の肩に大きな手を乗せた。九重には説明を促されているように思えた。
エトアルは眉を上げた。
「そのソラって生徒、おれたちと同じプリンセス科の一年で、人間で……今はケンタウリ人に変装してて。シャトル乗り場でケンタウリ人たちが捕まったときにいつのまにか耳が長くなってて。アオイ先生はソラはいないと言ってましたけど、たぶんそれは今は耳が長いことを知らないからだと思うんです。どこか隠れられるような場所を知りませんか」
ソラを放っておくわけにはいかない、なにしろ九重には宇宙で初めてできた友達なのだ。
「そのソラは、あなたにとって、アオイ先生に歯向かうだけの価値のある人なのですか?」
「アオイ先生は正直怖いけど、ソラは友達です」
「友達……ですか。いいでしょう。そのソラさんには会えます。ですが、それは今ではありません」
ミキはそう言うとエレベータに向かった。そして九重を振り返った。
「協力すると言いましたよね、布川九重さん。ほかのみなさんはどうされますか? 来なくても構いませんよ」
ミキは皆を見渡した。
「勝算はあるのですか?」
メイフェアが聞いた。
「勝つも負けるもありません。ただ、あの装置が破壊されれば、ケンタウリにとってテレパシーは今までとは違うレベルまで解放されるでしょう」
「今までとは違うレベル……精神干渉、接触も可能になるのですか?」
「人によっては」
メイフェアは息を呑んだ。感情の察知を超え、精神に接触するスキルは古代にしか伝えられない伝説の力だ。
「わたしは……何をすればよいのでしょうか?」
「ケンタウリの方々が『連結』されているときに装置から意識を逸らし、アオイ先生への報告を遅らせてください。その間に
「わかりましたわ。ですが協力は個人的なものとご理解くださいませ」
「承知しました」
メイフェアの口調には興奮の色があった。
「ルーマンには何かメリットはあるのか?」
エトアルがぐったりしているリュンヌをチラと見てから言った。
ミキの話が本当ならエトアルたちをアオイ先生の意図を超えて苦しめているのは目の前のミキだということになる。
「装置を破壊してもルーマンには直接の影響はありません」
「なら、アオイ先生に協力したほうが良さそうだな?」
「お好きにどうぞ。アオイ先生がルーマンとの約束を尊重すると思われれば」
エトアルはエンジンルームを見渡した。リュンヌ以外にも疲弊しきった者はおり、個人差はあれどみなぐったりしていた。
「……津川ミキ先輩。あなたは信用できない。アオイ先生がその装置をコントロールするとあなたの都合が悪くなるのではないか?」
エトアルはミキの目を見た。
「わたしの都合は関係ありません。あなたがわたしを信用するかどうかも関係ありません」
ミキは相変わらずの無表情だ。
「わたしは本国からの指令に従いアオイ先生をサポートする。問題ないな」
「お好きに、と言いました」
エトアルは険しい表情を崩さない。
「ちなみに、バーナード人には何かあんの?」
ニココがあっけらかんと聞いた。
「何もありません」
ミキは感情を込めずに返した。
「上等。後腐れナシね」
ニココはニヤリと笑った。
「それではブリッジに戻りましょう」
ミキはそう言うとエレベータに乗り込んだ。
「黒川くん、ここは頼んだ。わたしもブリッジに戻る」
エトアルはリュンヌに声をかけるとミキを追った。
「わたしを排除しないのか? アオイ先生をサポートすると言っているのだぞ」
「問題ありません。中条エトアルさんもブリッジに連れてくるようにアオイ先生に指示されています」
エトアルはエレベータに乗り込みミキの隣に並び立った。
「黒川さん、あとで半額返金するね」
ニココは申し訳なさそうにリュンヌにそう言うと、エレベータに乗り込んだ。リュンヌは心配そうに見送った。
九重とメイフェアもあとに続いた。
「なあ、ちょっといいか?」
エレベータのなか、九重がミキに話しかけた。
「これまでの話、アオイ先生に筒抜けということはないか?」
「盗聴されないように、然るべく処置しています」
ミキは顔色ひとつ変えない。
「あんた、いったい?」
九重は呻いた。ミキは完全にあのアオイ先生を出し抜いているというのだ。三つ目神族と言われるワイズ人をただの人間が上回れるはずはなかった。
「そんなになんでもできちゃうなら、わたしらの協力とかいらないんじゃないの?」
ニココがミキを胡散臭そうに言った。
「そんなことより、時間がありません。ブリッジに着けば、アオイ先生はあまり間を置かずにケンタウリの精神連結を始めるはずです。寄居さんは時間稼ぎをしてください。荻川さんは何かあったときのフォローです。アオイ先生の気を逸らすくらいはできるでしょう」
「囮ね」
ニココが肩をすくめた。
エトアルは、アオイ先生に味方すると言った自分の前で堂々と作戦を支持するミキを不審そうに睨んでいた。
ミキはそんなエトアルを一切気にしていないようだった。
「わたしがディスラプターを起動する間にアオイ先生を拘束してください。布川さんのテレキネシスが加われば可能です」
「あのー」
九重は再び手を挙げた。
「おれ、テレキネシス使えないんだけど」
ミキが早口で答えた。
「パイロキネシスもテレキネシスもベクトルが違うだけで同じ力です。燃え上がる怒りや憎しみでなく、対象を縛るイメージを明確に持ってください」
それまで黙っていたエトアルが問いかけた。
「なぜ津川ミキ先輩を信じられるんだ? すべてアオイ先生が仕組んだことかもしれないだろ」
メイフェアが澄まして答えた。
「そうだとしても、アオイ先生に歯向かうのがこの授業では正解かもしれませんわ。ケンタウリの本国からは何の指令もございませんし」
ニココは肩をすくめた。
「わたしは、こんな暴力的な授業は気に入らないってだけで十分だよ」
九重ははっきりと言い切った。
「アオイ先生はおれたちをヒトとして見てない」
エトアルは少し笑った。九重を嘲笑したのではない。
「はは。まあ、運を試すなんて言って毒を盛るなど狂気の沙汰だな」
それからエトアルは小声で呟いた。
「それでも、わたしは軍人だ」
ミキはそんなやりとりなど素知らぬていで無感情に告げた。
「ブリッジに到着しました」
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