第三十七話 エンジン区画

 ミキは九重たちをエレベータに誘った。


 アオイ先生の関心はもう九重たちから別の何かに移ったようで、宙に浮かんだ携帯端末をテレキネシスで操作している。


 そんなアオイ先生の姿を背に九重たちはエレベータに乗り込んだ。広いエレベータ内は静かだ。エンジン区画に向かうが音はしない。


「寄居さん、大丈夫?」


 九重はおそるおそるメイフェアに声をかけた。メイフェアは地上での積極性はどこへやら、なんだかぼーっとしているようだった。


「え? ええ。なんだか頭が……」

「なにがあったの?」


 ニココが心配そうにメイフェアの顔を覗き込んだ。


「ブリッジに来て、それから……この船と……感覚を共有したのですわ」


 メイフェアはためらいがちに言った。自分でも何を言っているのかわからない様子で。


「船と感覚を共有? そんなバカな話ないって」


 ニココが苦笑した。


「ヘンなクスリでも嗅がされたんじゃない?」


 それまでエレベータの扉のほうを向き、みなとは逆方向を向いていたミキがおもむろに振り返った。


「寄居さんはこの船とではなく、この船が連結したケンタウリの集合テレパシーにアクセスしたのです」

「……連結というのは、なんのことでしょう?」


 メイフェアはまだぼんやりしている頭をなんとか働かせていた。


「特殊な波長の電波で他人とのテレパシー感応を人為的に引き起こし、あたかもコンピュータを連結するかのように、テレパス器官を連結することです。そうすることで次元を異にする存在もかなり具体的に感知できるようになります」


 一同、首を傾げたが、なぜか九重だけはわかる気がした。


「アオイ先生はケンタウリ星系にあるっていう未知の兵器をそれで感知しようとしているわけね」


 九重は気が付くと呟いていた。メイフェアとニココが顔を見合わせた。


「あんた、アオイ先生の言ってることわかるの?」

「九重さまはアオイ先生の言っていることを信じているのですか?」


 九重にもどうしてそんなことが口からついて出たのかわからない。回答に窮しているところで、エレベータはエンジン区画に到着した。


「ここがエンジン区間です。ここでも、特殊な電波でルーマン人のテレキネシス器官を連結しています。ただ、ここで連結するのはルーマン人同士ではなくこの船のワープナセルとです」


 エレベータを出た一同の目の前には、大きな黒い球体が浮かんでおり、その周りを取り囲むように設置された装置に、ヨコ耳長人が横たわるようにして入っていた。


 何人かは装置から出て、そばに用意されたレプリケーターで食料やら飲み物やらをオーダーしていた。なかにはリュンヌもいた。かなり憔悴しているようだ。


「あ、黒川さん。ごめんね。結局、助けられなかったね」


 ニココが申し訳なさそうにリュンヌに語りかけた。すると、リュンヌは弱々しい笑みを浮かべた。


「もう、いいんです。本国政府の方針がこれなので」


 リュンヌの疲れは本国政府から見放されたことによるものなのか、それとも目の前の装置のためなのか判別することはできなかった。


 エトアルは装置に入っていたが、エレベータから九重たちが出てくるのを見ると、起き上がってきた。


「みっともないところを見られてしまったな。結局、わたしたちもアオイ先生の駒というわけだ」


 エトアルもかなり疲れている様子だ。


「いったいここで何してんの? ミキ先輩がワープナセルにテレキネシス器官を連結とか言ってたけど、なんのことかわからんのよね」


 ニココが心配そうに聞いた。エトアルは目を閉じ、しばし考え込んだ。それからおもむろに話し始めた。


「わたしも仕組みはわからない……ともかく、この宇宙船は巨大な手漕ぎボートみたいなもののようだ。ただし、手ではなくてテレキネシスで漕ぐ。この黒い球がオールだ。それでワープ航行ができるというのだから、ルーマンなら喉から手が出るほど欲しい技術なわけだ。だからわたしたちが人身御供に差し出された。本国政府からな」

「でも、おかしいな。ワープするくらいならこんなに人数は要らないと思うんだけど」


 九重はなぜかふとそう思い、またもや思ったままを口にした。ミキは少し驚いたように眉を上げた。


「よくわかりましたね。布川くんはこの装置のことを知っているのですか」

「いや、その。なんとなく」


 エトアルが不審そうに九重を見た。


「テレキネシスでワープできるなんて、ルーマンでさえ誰も想像しなかった技術だぞ。なぜ貴様はそんなことが平然と言えるのだ?」

「これだけの触媒があれば、テレキネシスでワープといっても数人で済むはず。でも、ここには十人以上いるし、その上、テレキネシスのサイコパワーを貯蔵してるよね」


 ワープで太陽系からケンタウリ星系に移動するために必要な量を大幅に超えた量のサイコパワーの蓄積があることが、なぜか九重にはわかっていた。


「ちょっと、九重、おかしいよ」


 ニココまで不審そうな目を九重に向けた。


「そうですわ。九重さまはワイズの技術にどうしてそんなにお詳しいのですの? 確か、地球の外に出るのも初めてだとかおっしゃってませんでしたっけ」


 メイフェアも訝しんでいる。


「おれだってわからないよ。ただそう思っただけだよ。そもそも、こんな船や装置を見たのは初めてなんだぜ。ルーマン人たちが異様に疲れてるから、やりすぎなんじゃないかって思っただけだよ。そんなにおかしいか?」


 九重はまるで自分が裏切り者と疑われているような気分になっていた。


「……まあ、九重さまがアオイ先生ととくに親しいってことは考えられませんわ。授業ではどちらかといえば煙たがられていましたし、アオイ先生以外にワイズの技術を知る経路はないでしょうし。なにより、ウソをついている気配がありません」


 メイフェアが助け舟を出した。テレパシーを使ったのだ。


「その、サイコパワーの使い道なのですが」


 ミキが突然、話に割って入ってきた。


「もちろんワープのためだけに貯めているのではありません。何のためにワープしたのかといえば、それはとある兵器を破壊するためです。ワイズ主星評議会はその存在を知っていましたが一万年放置していました。破壊したときにどうなるか予測できないからです。阿賀校長はケンタウリ人を操作して人間をコントロールしていると誤解していますが、実際はすべての人類をある一定の意図の下にコントロールしています」


 ミキは、何の感情も込めずに続けた。


「みなさんは、どうしますか?」

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