第二十六話 英雄王女

 迷彩装置を作動させたままタテ耳長人の近衛、舟橋がメイフェアに耳打ちした。


「校舎周辺の敵は眠らせました」

「くれぐれも死なせないように。まだ戦争はしておりませんのよ」

「承知しております」


 辺りを調べていたもう一人の近衛がメイフェアに近づいた。


「メイフェアさま。正体不明の兵器が使われたようです。敵の武器が溶解しています」


 その声は微かに動揺を含んでいた。そんな兵器に見当もつかないのだ。


「落ち着きなさい。敵に何が起きようが知ったことではありません。私たちに異変が起きたときに心配すればよいのです」


 メイフェアは泰然としていた。その制服には乱れもない。ほとんどの敵が無力化されたとはいえ、たった二人の手勢でここまで乗り込んできて、まったく動じていない。


 メイフェアは捕虜たちに向かって悲しみをたたえた表情を浮かべた。


「みなさん。おつかれさまでした。お怪我はありませんか。まさかこんなことになってしまうなんて」


 それからメイフェアは優しく捕虜たちに微笑んだ。


 捕虜は十八名。うち十四名がトルーパー科、四人がキャプテン科だ。そのなかからさっき制服を破かれたばかりのタテ耳長人の少女が歩み出た。

 

「メイフェアさま。ご無事でなによりです。それどころか助けてくださって。なんと申し上げればよいか」

「あなたが今宿さんね」


 メイフェアは近衛たちが連絡を取ろうとして取れなかった生徒の顔を覚えていた。


「キャプテン科一年の今宿シーシャです」

「その様子では大変でしたでしょう」


 メイフェアはシーシャの破れた制服を見て気遣った。シーシャはそんなことはなんでもないとばかりに胸を張った。


「敵のリーダーらしき人物のストレスがかなり高まっていたので嗜虐性を煽ってみました。たいてい男はそういう時に隙ができますので」


 シーシャはメイフェアと直接話せるのがうれしいのか顔を輝かせていた。

 

「なるほど。自分を武器にするのもよいですが、ほどほどに」

「大丈夫です! 近接戦は得意なので」


 シーシャは鼻息が荒い。メイフェアは苦笑した。タテ耳長人ことケンタウリ人は知的生命体の感情を感じ取ることに長けている。追い込まれていると見せかけて油断を誘い痛打を浴びせ、諜報戦ともなれば男女ともにハニートラップを駆使する。なので、「人間はタテ耳長人に籠絡されている」程度の話なら、昔からある話だ。ただ、であるからこそ、地球がケンタウリと対立するのは本来困難なはずだった。ケンタウリからの多大な影響を排除するなど不可能ごとだからだ。本当に排除するなら戦争しかない。


「ところで、わたしたちが来たときはすでに乱闘になっていましたが、いったい何があったのです?」


 メイフェアは首を傾げた。


「敵の武器が故障しまして。そのタイミングで近衛の方の合図があり、蜂起しました。メイフェアさまのご指示ではないのですか」

「故障、ですか」


 メイフェアは溶解した元兵器の散らばっている様子を見た。どう見てもただの故障ではない。


 そのとき、メイフェアの二人の近衛が迷彩装置をオフにし、九重を引っ立ててきた。九重の迷彩装置も取り上げられている。


「迷彩フィールドの反応がわれわれ以外にもあったので確認してみましたら、この男が隠れていました」

「あらあら。九重さまではありませんか」


 九重は出るタイミングを失って事態を静観していた。だが、辺りの安全確認をしていたメイフェアの近衛たちにあっさりと見つかってしまっていた。


「寄居さん、他のバーナード人を助けにニココが本部棟に向かった。おれたちも向かおう」


 九重は毅然と言った。そんな九重をメイフェアは興味深そうに眺めた。


「……その迷彩フィールド発生装置は地球には供与されていない特殊装備ですよ。ご存知とは存じますが」


 もちろん九重はそんなことは知らない。


「それがどうしたんだ」

「たとえば、バーナードから地球に譲渡すれば星間条約に違反します」


 メイフェアはそう言うと微笑んだ。


「きっと拾ったのですわよね」

「この事態で条約も何もない。ニココを助けに行くのか行かないのかどうなんだ!」


 九重はニココが危ない時に弱みを握ろうとプレッシャーをかけてくるメイフェアに苛立った。


「なんですか、このぱっとしない人間の男は。しかも女装」


 九重の怒気に気づいたシーシャが眉をひそめた。


「今宿さん、彼はわたしのクラスメイト。地球のプリンセスでいらっしゃいますわ」


 シーシャは吹き出した。


「プリンセス? プリンスじゃなくて? ぷーっ。雑! 雑すぎ!」


 九重はおそらく初めて見る「ふつう」の反応に毒気を抜かれてしまった。


「わ、悪いか」


 慣れたつもりだった女子生徒用の制服を着ていることがどんどん恥ずかしくなる。シーシャたちの視線が痛い。


「あはは。冗談です。このヘンタイプリンセスが助けてくれたのよね。ちゃんと覚えてるよ」


 シーシャは悪戯っぽく笑った。


「メイフェアさま。わたしたちに決起の合図をしてくれたのはこのヘンタイです。有志を募って、そのニココさんとやらを助けに行くことにわたしは賛成です」


 シーシャは笑いながら九重に手を差し出した。九重は戸惑いながらもその手を取った。捕虜たちのなかには小さく手を叩いている者もいた。


 その様子をメイフェアは見ていた。そして。


「今宿さん、よくぞ言いました! 迷彩装置を今宿さんに。彼女なら使えるはずですわね」


 メイフェアの近衛の一人、舟橋がシーシャに迷彩装置を渡した。シーシャはリゲル王国の近衛兵団訓練生だった。


「それでは、今より、残りの生徒救出作戦の指揮をとります! 誰か、人間の横暴から気高き巨人たちを救わんとする英雄はあるか!」


 メイフェアは檄を飛ばした。二人の近衛はこのときばかりは迷彩装置をオフにし、メイフェアの前に跪く。メイフェアの権威をわかりやすくアピールしているのだ。もちろんシーシャもあとに続く。捕虜たちは盛り上がり、十八名全員が徒手空拳で救出作戦に向かうことになった。


 あとは、九重がパイロキネシスを使いこなし、敵の武器を無力化し乱闘に持ち込めば勝算は大のはずだ。

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