第十五話 陰謀

 ニココはソラにレプリケーターでつくってもらったお茶を口に運びながら、携帯端末をいじっていた。学校に今日の欠席の連絡でもしているのだろう。


 ソラもリュンヌもレプリケーターから取り出した思い思いの飲み物を口にしながら無言で携帯端末をいじっている。命を狙われているというのにのんきなものだ。もっとも、だからといってずっと緊張しているわけにもいかないし、実際、九重は命を狙われたことなど忘れかけていた。そもそも証拠の物品は跡形もなく燃えてしまったし、今ではもはやすべて夢のような気すらしていた。


 ニココがなぜソラや九重を信頼する気になったのかは九重にはわからない。携帯端末をいじっているあいだくらいの弾除けにはなるということかもしれない。九重は自分が何の戦闘訓練も受けていない十代の人間だということが悔しかった。パイロキネシスも、あの銀河人類帝国皇女ヒトエが出てきた夢を信じて何度か試しているが、目頭が熱くなるくらいで何かが燃えた試しはない。


 そんな九重の心のうちなど知る由もないニココが携帯端末から顔を上げおもむろに口を開いた。


「そろそろ黒川さんに状況説明してもらおっか」

「荻川さんがそうおっしゃるなら」


 リュンヌも携帯端末から目を上げた。彼女はどこかのヨコ耳長人と違って殊勝だった。エトアルよりも少し小柄で、九重にとっては近くで見る二人目のタテ耳長人だ。耳の様子に個体差があり、エトアルはかなりとがっているのに対し、リュンヌは少し丸い。


 九重がじろじろ見ているとリュンヌは露骨に嫌そうな顔をした。九重はそれに気づき慌てて目を逸らした。


 リュンヌはそんな九重を少し睨むと軽く咳ばらいをしてから話し始めた。


「それではあらためて。わたしは黒川リュンヌ。ルーマン主星国地上軍中尉。キャプテン科の一年です」

「キャプテン科だって!」


 ソラがすっとんきょうな声を上げて九重を見た。九重も驚いてはいるが、ソラほどではない。いくら銀河系ではレアなキャプテン科の生徒でも銀機高には一学年百人、三学年三百人程度はいる。


「ルーマンでは士官学校の成績で志望先を決められてしまいます。わたしはたまたま成績上位だっただけ。もっとも、実際にキャプテン科に合格したのは十パーセントに満たないのですが」


 リュンヌのことばには謙遜と誇らしさが入り混じっていた。


「つい昨日のことです。初日の授業が終わったすぐあと、教師と入れ替わりにキャプテン科の三年だという関川瑞雲せきかわ ずいうんという人間の男が入ってきました。それから、妙に手際よく、みんなをライトヒューマンソサイエティに入るよう勧誘したんです。珍しい紙の申込用紙を用意して」

「人間至上主義だっていう親睦団体?」


 ソラが口を挟んだ。


「親睦団体なのかどうかは……ともあれ、人間は記入する人ばかりでした。入学式でざっと見た限り、今年度の入学者はだいたい八割くらい人間でしょうか。キャプテン科も同じ割合のように思われました」

「入学式!?」


 ソラがまたすっとんきょうな声を上げた。


「……オリエンテーションの日の午前中にありましたよ。もしかして入学式に出てないんですか? まあ、ただの儀式ですが」


 九重は今まで失念していた。宇宙港でソラと一緒にはしゃいでいたあいだに入学式は粛々と行われていた、というわけだ。窓口にたどり着いた頃には終わっていたのだ。


 九重がソラを見ると舌を出していた。銀機高の入学式という一大イベントを完全にスルーしてしまったと九重は内心悔しがったが、宇宙港から銀機高への道程をソラに任せっぱなしだった自分が悪いとあきらめるしかない。それにしても、と九重は思った。自分はそんなにドジだっただろうか、と。初めての宇宙だから舞いあがっていたのは間違いなかったが。なぜ入学式を忘れるほどソラに引きずり回されていたのか。


「地球政府のVIPもいらしてましたよ。そういえば校長先生も人間のようでした」


 リュンヌは少し呆れた顔で二人を見た。


「話を戻しますね。そのあと、異議のある者は残れと言われて。それから別室に案内すると言われました。人間以外があんな団体に入るわけないのに別室に案内されて何をされるのかわかったもんじゃないですから、さすがにおかしいと思ったわたしは隙を見て逃げ出したんです。そしたら……撃ってきたんです。他にも逃げた人がいたかどうかはわかりません。わたしはたまたま入学式で荻川さんを見かけていたので、部屋を探し当てて駆け込みました。以上です」


 撃ってきたとはただごとではない。たとえマヒに設定されたビームでも、人を撃つのは有事だ。


「……というわけ。ね。わたしたちも危ないってわけわかったっしょー?」


 ニココがニヤニヤしながら言った。


「キャプテン科は他の生徒をとりまとめる生徒。人間以外のキャプテン科がみなどこかに拉致監禁されてるのなら、人間以外の生徒をまとめることができるのはプリンセス科の生徒だけ、というわけね。でも、その理屈だと、わたしたちまで危ないってのがわからないよ。わたしたち人間だし」


 ソラがきょとん、として言った。


「だからさっき、わたしと共同戦線張ろうって言ったんだよー」


 ニココはそう言って九重を抱き寄せた。九重は人形のように軽く持ち上げられ座っているニココの胸元に埋まった。


「もうこんな仲なんだし、一蓮托生だよね。仲間じゃないって言ったって、きっと向こうは聞いてくれないから」


 九重は顔を胸に押しつられて息ができない。リュンヌは顔を赤らめてそっちの方を見ないようにしている。ソラは平然とお茶を飲んでいた。


「なるほどねー。わかった。わたしもニココちゃんの側につくー。九重もそうするよねー」


 ソラはまるで何年もともに過ごした熟年カップルのように九重に言った。九重はようやく緩められたニココの腕から抜け出すと喘ぎながら言った。


「も、もちろんだよ」


 九重は怖くて仕方がなかった。リュンヌの話では役八割が人間。ニココの話ではSクラス装備が相当数隠されて配備されている。明らかに軍事行動の予兆。なのに、自分は残り二割につこうというのだ。とても現実的な生き残りの選択肢には思えなかった。だが、ニココたちのことを思えば、それしか選択肢はなかった。

 

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