第十三話 パイロット科

 九重はシミュレーションランキングの表示されたディスプレイを眺めていた。九重たちのいるシミュレータルームには約百人のパイロット科の生徒がいて、それぞれに腕を競っている。座学は午前までで、午後は実技だった。


 シミュレータの成績で、メイフェアと九重は最下位争いをしていた。エトアルは上位層で、ソラは中位層にいる。


「ニココさまはいったいどうされたのでしょうね」


 パイロットスーツのメイフェアがシミュレータから出てきて九重に話しかけてきた。九重はいっしゅん言葉に詰まったが、なんとか絞り出した。


「昨日はとくに変わった様子はなかったけど」


 アルコールは飲んでいたようだったが、意識がとぶほどには九重は思えなかった。だが、ニココは朝から教室にいなかった。無断欠席とだけ、パイロット科の教官から伝えられた。


 無断欠席一度で退学処分はないだろうが、昨日の話が話だっただけに九重はニココが心配だった。それに、初めて会った同じ夢をもつ同志でもある。


「二日目から無断欠席なんて、バーナードのお姫様はあまり真面目ではいらっしゃらないのかしら」


 いま、順位が入れ替わり、最下位は九重となった。


 九重は、メイフェアの言葉に引っかかりを感じた。


「バーナードのことは知らないけど、ニココは真面目だよ」

「あらあら。ニココさまのことをよくご存知なのですね」


 タテ耳長人のメイフェアは人の心の動きを感知するテレパスだ。九重の心中の焦燥を感じとっていた。だが、九重にはニココとの間柄を気にするメイフェアの真意はわからない。


「いや、たいして知らない」


 考えてみれば、九重は銀機高を取り巻く不審な武装集団とニココの夢くらいしか知らない。


「そうなのですか。ではお教えいたしましょう」


 全員がシミュレーションを終えるまでには時間があった。教官はシミュレーションの成績を見ながら何やら作業している。その間、生徒たちは駄弁っていた。


「ニココさまはバーナードの有力氏族、荻川家の三女。すでにいくつかの紛争地で経験を積んでおられます。ご存知ですか? バーナード人は金で雇われれば何でもする、と……」


 メイフェアは「何でも」のところで九重を見つめた。九重の心は揺るがなかった。ニココはニココだ。一緒に人智外星系に行こうと言ってくれた。


「おれには金がないから何も頼めなかったよ」


 九重はメイフェアを見据えた。いったい何が聞きたいのだろう。


「あらあら。九重さまは意外に大胆でいらっしゃいますのね。バーナード人をそういう目的で雇おうとされるなんて」


 メイフェアは可笑しそうに笑った。いったいメイフェアは九重の心の何を感じとったというのだろう。


「まあ、そんなに怒らないでくださいな。うふふ。バーナード人は決して裏切らない誇り高い戦士。もし雇うことができれば頼りになるでしょう。ただし、お金の続く限り、ですが」


 メイフェアはそう言うと、九重に近づいた。


「ケンタウリ人についてお教えしましょうか。地球の九重さま。情熱的で、一度でも愛し合えばずっと忘れない……」


 パイロットスーツは全身タイツのような見た目をしている。かなりの締め付けだが、メイフェアの胸部はそれでも大きく膨らんでいる。九重の目はメイフェアの顔から胸、タテ耳へと泳いだ。


 「ただし、ケンタウリ人はその愛が多いことでも知られているがな」


 そのハスキーな声はエトアルだった。エトアルの背丈はプリンセス科で一番低く、パイロットスーツに包まれたその姿は小動物を思わせた。その小動物はまず噛み付いてきた。


「あらあら。エトアルさま。あなたもわたしの愛をお望みなのですか? わたしとて相手は選びますが」


 メイフェアが表面上はにこやかに言った。


「ふん。ケンタウリ人の露骨な情愛外交を目の当たりにして、そこの人間に少し親切心を催しただけだ」


 エトアルの成績は五位。並のパイロット科の生徒よりも断然高い順位だ。シミュレーションには、みなそれぞれが納得できる成績が出るまで参加できる。エトアルは満足したようだ。


「人間。そこのタテ耳は何を交換したいのか知らんが、わたしが交換したいのは情報だ。地球の今の情勢はどうなっている。簡単に説明しろ」


 メイフェアはにこにこしながら黙っている。エトアルも追い払うでもない。九重には昨日ニココに言ったように何の情報もなく、むしろニココから聞いたことくらいしか知らない。


「久しぶりだね、布川くん、あきらめたのかい?」


 その声は小坂だった。


「まあ、パイロット科の生徒を最下位にするわけにはいかないだろ。ちょうど良かった。小坂くんは地球政府から何か聞いてる? 」

「何かって?」

「星間情勢のこととか」

「いや、別に何も? 何かあった?」


 小坂はきょとんとしている。小坂の成績は中程だ。適性のあるなしで差がつくようだ。


「いや、何もないけど」


 九重は口籠った。


「ねえ、そんなことよりさ。もしかしてプリンセス科のクラスメイト?」


 小坂はメイフェアとエトアルを紹介してほしいようだ。


「わたしは寄居メイフェア。以後、お見知り置きを」


 メイフェアは軽くお辞儀すると、シミュレータに向かった。


「中条だ」


 エトアルもそれだけ言うと他のヨコ耳長人のところに行ってしまった。


「なんだかつれないなあ」

「女子なんてそんなもんだ」

「えー。そうかなあ」


 小坂と九重では、女子に対する経験の質が違うようだ。


「シミュレータ、面白かったー。ねーねー、誰ー?」


 ソラがようやくシミュレータから出てきた。成績はかなり上で、中の上くらいには上がっていた。


「あ、こいつ、ソラ。プリンセス科のクラスメイト。こっちは小坂。地球で会ったパイロット科の生徒だよ」

「ソラさん、よろしく」

「よろしく!」


 小坂とソラはうれしげに握手した。


「そうそう、九重、大丈夫? 最下位で」

「おまえまでうるさいなー」


 実際、九重はニココのことが気がかりで集中できていない。


「あのさ、授業終わったらさ、ニココちゃんの様子を見に行かない? 心配だよね」


 ソラはあっけらかんとして言った。

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