プリンセス科の男子高校生

rinaken

第一話 プリンセス科

 布川九重ぬのかわ ここのえは地球生まれの地球育ちの十五歳。生まれた場所はかつて日本と呼ばれた地域の北半分で、地元では神童中学生と呼ばれ、末は地球政府の高級官僚か地球の大企業幹部かと噂された。


 だが、九重は地球での栄達などに興味はなかった。冒険家になりたい。九重が小さい頃に見た宇宙冒険家のドラマは、まったくのフィクションだったが、本当にそういう職業があるということを知って以来、九重にはそれ以外の進路は考えられなかった。


 宇宙冒険家になるのには、ただ星間飛行可能な宇宙船をもっていればいい、というわけにはいかない。冒険という以上は危険を伴う。それなりの装備や人員が必要だ。だが、ごくふつうの家に生まれた九重にはそんな宇宙船もなければ金もない。


 そういうわけで、神童九重は銀河機構高校に願書を提出した。


 銀河機構は、一万年前に崩壊した銀河人類帝国の文明や技術を継承し発展させるための組織だという触れ込みだ。だが、その全貌は情報化が進んだ銀河社会でも謎に包まれている。にもかかわらず、今や銀河のすべての星の政府は銀河機構の技術的・人的支援をもとに統治を行っているといってもよい。


 銀河機構職員は、星を統治する政府職員の誰よりも大きな権力を事実上もっている。そんな銀河機構職員になるには、いくつかの星に点在する銀河機構の運営する学校に行かなくてはならない。地球にも、そんな学校の一つはあった。


 銀河機構高校は、七つの課程の生徒を毎年公募する。「キャプテン科」はリーダーとしての統率力を身につける課程で銀河機構の統治部門への登竜門だ。「エンジニア科」は銀河機構の保有する宇宙船の技術者を育成する。「カウンセラー科」は、それぞれの星のコミュニティが争いなく平和に維持されるよう導く専門家を育成する。「トルーパー科」は一騎当千の宇宙の戦士を育成する。「メディック科」は全銀河の知的生命体を治療する医師を育成する。「リサーチャー科」は、文系と理系に分かれるそれぞれの専門領域を宇宙規模で追及する研究者を育成する。「パイロット科」は、宇宙船操縦士を育成する。卒業生には進学するか、銀河機構職員としての道が開かれる。


 そして、宇宙冒険隊は、「人智外星系」と呼ばれる人類未踏の外宇宙を探検する銀河機構の組織だ。当然、銀河機構高校の出身者で占められていた。


 九重は悩んだ。ふつうの高校ならどこにでも合格する自信がある。だが、銀河機構高校は別だ。


 「キャプテン科」にはエリートを統率するリーダーシップが求められる。神童といっても北日本の神童でしかない九重には、自分にそんなリーダーシップがあるようには思えなかった。「エンジニア科」や「カウンセラー科」で求められる専門的な知識や特殊能力、「トルーパー科」で求められる腕っぷし、まして「メディック科」や「リサーチャー科」のように、医師や研究者として全銀河をまたにかけて活躍する才能があるようには思えない。そもそも全銀河から生徒が公募される銀河機構高校のどこに引っかかることができるかもわからない。そこで九重が選んだのは「パイロット科」。宇宙船の操縦はほとんどが自動化されており、宇宙船パイロットのやることなんて、緊急時対応くらいに違いない。そうじゃないかもしれないが。九重はそう思った。九重は地元では神童と呼ばれたが、決して思い上がったりはしなかった。


 九重はパイロット科に応募した。


 銀河機構高校の入試はシンプルだ。願書が受け付けられれば、それで終わり。超高性能なAIが判定するのか、それとも特殊な遺伝子解析を行うのか。はたまた内申書や身体データから選別するのか。必要なのは願書とそれに付属する書類の提出だけで、審査は秘密裏に行われる。ようするにブラックボックスだ。もっとも、他の高校との併願は一切許されていない。一年を棒に振る者がほとんどだ。しかも、銀河機構高校にはいくつか分校があり、自分がどの分校に属することになるのかも合格してみるまではわからない。銀河機構高校に願書を提出する者はそれでも後を絶たない。何年も浪人する者もいる。だから銀河機構高校は必ずしも同年代の生徒が集まるわけではない。そもそも人間とも限らない。


 年が明けて。九重の下に届いたのは、二通の知らせだった。どちらも銀河機構の特殊なパスコードで厳重に秘密保全された手紙だった。この銀河では、電子メール以外にもアナログな手紙もまだまだ多用されていた。


 二通届くというからには、一通目は合格通知で、二通目は手続きに関する書類案内に違いない。そう勇んで封を解いた九重だったが、一通目は、「パイロット科不合格通知」。それは実にシンプルな文章で、一年を棒に振った少年にはいささか応えた。


 一年を棒に振る。その意味がじわじわと九重に浸透する。一年間、遊び呆けているわけにはいかない。自宅で浪人するとしても、アルバイトでもしたほうがいいだろう。だが、来年も銀河機構高校を受験できるかどうかは、わからない。地元の高校にふつうに進学するしかなくなるかもしれない。


 そんな絶望がふと胸をよぎったが、九重は二通目を開封することを忘れたわけではなかった。ただ、一通目を開封するときのような期待は一切なく無我の境地で二通目を開封した。


 そこには、「銀河機構高校プリンセス科合格」と、やはりシンプルに記載されていた。文字の色とフォントが違ったので、見間違いはしなかった。


 プリンセス科。九重には聞いたことがなかった。


 九重は、銀河インターネットで検索した。すると、出てくるのは出所のわからないニュースサイトやまとめサイト、掲示板の書き込みだけだ。断片的な情報を総合すると、銀河機構高校には「プリンセス科」なる八つ目の科があるという。銀河には、王制をとる星もある。そうした星の王族として銀河機構が送り込む、トップエリートの女子たちだ、というのだ。


 ありそうな話ではあった。銀河機構はそれぞれの星の政府に高級官僚を出向させたりもしているわけだから、王族に「出向」させていても、不思議ではない。なにしろ銀河機構は全貌不明の圧倒的権力組織なのだ。


 だが、九重は生物学的には男子だったし、自分でも男子だと思っていた。ようするに、男子だった。

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