十三階段・最後の一段


 芽依の研究室にノックの音が響く。私が入室を促すと、海珠が扉を開け中に入って来た。


「……お邪魔するよ」


「ああ。どうぞ」


「……悪いんだけど、ナユタ様のシステムにアクセスできる端末を貸してくれない?」


「ええっと……」


 私は芽依の顔色を伺う。彼女は海珠の方をちらりと見て、すぐに自分のモニターへと目線を戻した。


 その仕草が暗に「好きにすれば」と言っているようだったので、私は海珠の申し出を受け入れる。


「こっちの端末なら使ってもらって構わない。ナユタのバイタリティを表示させるから、少しまってくれ」


「……バイタリティじゃなくて、ナユタ様の情報を集めているストレージにアクセスしたいんだけど」


「ストレージ?」


「……だめ?」


「いや、データを持ち出さないなら別に構わないんだが、そんなものを見てどうする?」


 中に入っているのは、ナユタの過去の配信データや会話のログ、あとは脳波のバイタリティを記録したデータが、暗号化されて保存されている。それらは芽依と同じ研究所に所属している海珠なら、情報開示依頼をかければ閲覧することが出来るはずだ。


「ちょっとアクセス履歴を見ていたいの。リアルタイムでね」


「はぁ……こんな感じでいいか?」


 私は海珠に貸し出す端末を操作して、ストレージのデータ領域ごとのアクセス履歴が閲覧できる画面を表示させる。


「ありがとう、これがいいわ」


 私は首を傾げながら自分の端末の前まで戻る。最後の最後まで、何を考えているのかよく分からない娘だ。


 しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。私は芽依に尋ねる。


「あと何時間ぐらいだ?」


 芽依はモニターに表示されているパラメーターから目を離さず、答えた。


「あと二時間が限界ね。それ以上はどう処置を施しても、ナユタちゃんの脳が持つことは無いわ」


 私は時計を見る。今が夜の二十二時少し前。つまり、ナユタは今日の日付を跨ぐことが出来ないという事か。


「そうか……」


 最後の配信は二十二時から開始の予定だ。枠は二十四時まで確保されている。


「どうする? 今からナユタちゃんに言って、予定より短くしてもらう? 流石に配信の最中に最後を迎えるわけにはいかないでしょ?」


「いや、やめておこう。ナユタが自分でやりたい事を見つけたんだ。最後まで、好きにやらせてあげたい」


「そう……最後に少しでも話せるといいわね」


 芽依はそう言って、自身の端末で何かしらの操作をする。ナユタを生かしている装置の詳細な原理は知らないが、脳を満たす溶液の配合率や温度、脳に流す電気の調整などを、ナユタの状態に合わせて操作しているらしい。彼女も彼女なりの方法で、ナユタの命を少しでもつなぎ止めようとしてくれている。


 対して私は見守る事しかできない。ならば最後までしっかりと見届けよう。


 時計の針が二十二時を示す。ナユタの最後の配信が始まった。


『あー、みんな聞こえる?』


 ナユタのアバターが配信の画面に映る。それと同時に、矢継ぎ早にコメントが書き込まれる。そのほとんどは、SNSで告知された引退宣言を追及するものだった。


『あはは、みんなごめんね。急にあんな事言ったら、びっくりしちゃうよねー』


 接続している人数は三千人に少し満たない程度だ。これほどの人間が、ナユタの最後に立ち会おうと時間を割いてくれた事に、私は感謝が込み上げる。


『ええっと、SNSでも言ったけど、今日の配信を持って私は引退します。理由もあっちで言ったけど改めて。このまえ大学のオープンキャンパスに行ってきたの。その時に、自分の将来について色々と思う事があって……もう高校三年生だし、受験勉強とか考えると、Vtuberやりながらは厳しいかなって』


 改めてその理由を聞いて、私は頭を抱える。なんて前向きで希望に満ちた理由だろうか。きっと誰もが納得してくれるだろう。それゆえに、現実の引退理由との乖離があまりにも辛すぎる。


『みんなと会えなくのあるのは寂しいけど、全然前向きな理由だから、心配はしなくて大丈夫だよ! それで今日は最後に、過去の配信を一緒に見ていこうって企画にしました!』


 配信画面では過去の動画が流れ始める。まずは初配信となるフィットネスゲームの動画だ。


 とても人間業とは思えない速度で、ゲーム内のキャラクターが動く。当時はあまりの動作に、この配信者は相当な筋肉の持ち主ではないかと話題になっていた。


『なつかしいなぁ。まだ数か月前の事なのに、もう何年も前の事みたい。でも、これのお陰でいろんな人に私の事を知ってもらえたんだよね~。えっ、実際のところどうやったって? ご想像にお任せしまーす』


 そんな具合で過去の動画からいくつかを抜粋して、その時の思い出を語る配信が始まった。

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