奇跡の埋火


 ナユタと共に彼女の勧める動画を視聴する時間は、私にとって非常に価値のある時間だった。


 それはナユタと共に楽しいひと時を過ごせただけでは無かった。もちろん、以前の様に気兼ねなくナユタとコミュニケーションが取れた事は喜ばしい事だったが、それ以上に学びを得られたのが大きかった。


 バーチャル世界という限られた世界で活動するVtuberの動画は、特定のパターンばかりで発展の難しい分野だと考えていた。


 進化論を語るうえで度々用いられる用語に「進化の袋小路」という言葉がある。進化の余地が残されていない生物は、環境が激変した際に適応できず絶滅してしまう事象。無性生殖を繰り返す単細胞生物が度々この袋小路へと迷い込む。


 私はいくつかの動画を見るうちに、昨今を取り巻くVtuberの界隈もこの袋小路入り込んでいるのではと考えていた。人気の出た配信者の企画やコンセプトを焼き増ししてばかり。新しいタイプの実験的な動画を出しても人気に火がつかず廃れるか、人気が出ても後発に真似される。多様性に欠けたままでは、いずれ視聴者に飽きられジャンルとしての規模を維持できなくなるのではないか。


 そう思っていた私だったが、有識者であるナユタの解説を聞きながら動画を視聴して、考えを改める事になる。


 ナユタ曰く、一見同じ事をしている動画に思えても個性を武器に巧妙に差別が図られていたのだ。

 例えば、世間からの評価が芳しくないゲーム……俗にクソゲーと呼ばれるゲームがある。そんなゲームをプレイング自慢の実況者が配信をしたところで、ただただ苦痛な時間が過ぎるだけだ。しかし、トーク力が売りの配信者がゲームに対して突っ込みを入れながらプレイすると、お笑い番組のような面白さが生み出される。


 このように、配信者毎の個性で同じ企画の動画を出しても、配信者の数だけ新しい形が生まれる。その為、視聴者は飽きることなく様々な配信者を”推す”事ができ、Vtuberというジャンル支えているのだ。


 余談になるが、クソゲーと呼ばれるゲームを好む人々も世の中には多いらしい。個人的には、面白くもないゲームをわざわざ購入する人々の心理は理解に苦しむが、何でも今年一年で最も駄作だったゲームを決める祭典が熱狂的な盛り上がりを見せる程、ジャンルとして確立されているらしい。


 世の中には奇特な人も居るものだと思ったが、どんなクソゲーも上手に料理して提供してしまう配信者の存在がクソゲー業界の発展に一役買っているのは間違いないだろう。


「そういえば、芽衣はB級映画が好きだったな」


 私は芽衣に半ば強制的に見せられた、トマトが人間を襲う映画の事を思い出し身震いする。芽衣は「歴史的な傑作だ」と笑いながら楽しんでいたが、私には懲役刑を受ける囚人の心理を疑似的に体験できる貴重な経験となった。今にして思えば、あの時の芽衣は心の中で配信者と同じように突っ込みを入れながら楽しんでいたのかもしれない。


「まあ、いずれ私は本当の囚人になるのだろうがな」


 私と芽衣がナユタに対して行っている実験は、本人の同意があるとはいえ完全に違法手術になる。これはれっきとした傷害罪だ。例えナユタが許しても、社会は私たちを許さないだろう。


 けれども私にとって自分の人生よりも、ナユタが一日でも長く生き続けられ事の方が大切だ。だから芽衣の提示した悪魔の契約に乗り、この研究室に居る。


「……余計な事は考えず、仕事をして早く寝よう」


 私は毎晩の恒例である、ナユタの接続されたシステムのチェックとメンテナンスに入る。


 ハードウェア周りのステータスを確認する。問題なし。

 ネットワークの状況を確認する。問題なし。

 最後にソフトウェアの動作確認を行う。問題なし。


 すべて天国は事も無し。

 そう思った矢先、データベース領域に違和感を感じる。


 ナユタの接続された機器の中には、芽衣の勧めで取り付けられた大規模ストレージがある。ナユタの言葉や思考、配信の情報などをログとして保存しておく為の記憶領域だ。一人の人間の情報を二十四時間体制で情報を取得し続ける為、本来であれば法人が使用するレベルの領域が確保されている。


 この巨大なストレージを利用目的ごとにパーティションを区切り、効率よく使用できるよう設定していたのだが、私には作成した覚えのない区分が複数作成されている。


 内部のデータを確認しようと端末へと手を伸ばすが、ふと時計を見る。短い針が夜中の二時を指し示している事を認識した瞬間、急に睡魔が襲ってきた。


 私は事の優先順位を考え、データベースの中身を確認が決してプライオリティの高いものではないと結論付ける。ストレージはあくまでも記録を保存するための機器であり、ナユタの生命維持や活動に直接関係するものではない。


「……どうせナユタが他のVtuberの動画でも保存しているんだろう」


 そんな言い訳を呟きながら、私は自身の端末からログアウトする。


「おやすみ、ナユタ」


 ナユタの脳が浮かぶ水槽の部屋に向け誰にも聞こえない挨拶を呟いて、私は部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る