オーバー・ザ・スクリーン


 いつものモニターにはナユタの姿が映し出されていた。

 

 Vtuberにしては華やかさに欠ける彼女のモデリング。しかし、何処か生きていた頃のナユタの面影を見出してしまいそうな危うさを感じて、思わず目をそらす。


「どうしたの?」


 ナユタは私に対して呼びかける。今日はいつもの配信ではなく、実験の被験者としてヒヤリングを行う日であった。


 とはいえ、実験に関する質問は既に済んでおり、共同研究者の芽衣が「余った時間で二人きりの時間をプレゼントしてあげましょう。邪魔者の前では言いにくい、積もる話もあるんじゃない?」と言って、席を外していた。


「いや、何でもない」


 私は気まずさを紛らわすように、咳ばらいをしてコーヒーに口を付ける。芽衣の気遣いはありがたかったが、いざ二人になると何を話してよいのか分からない。ナユタの生前であれば、会話に気負う事などなかったというのに。


「あー、その。Vtuberとしての活動はどうだ?」


 足りない頭を精一杯フル回転させて絞り出したのがそんな話題だった。

 ナユタが今、一番力を入れているのが配信活動なのだから、別に不自然なことでは無いだろうと思いつつ、毎回の配信をモニタリングしている私が、活動はどうだと聞くのも変な話だ。


「うん! 順調だよ。この前の配信で登録者が2000人を超えたの!」


 私の心中を知ってか知らずか、ナユタは屈託のない笑みで言う。この表情も、本当にナユタが笑っているのかを知る術はない。彼女がアバターを操作して、笑顔を作り上げただけなのだ。


「そうか。それは良かったな」


 一般的なVtuberの登録者というものを、私はよく知らない。ナユタが配信活動をやりたがった時に下調べとして調査したVtuberたちは、何十万、何百万という登録者を抱えていたようにも思う。それと比べると、ナユタに興味を持ってくれている人数が2000人というのは少ないようにも感じる。


 しかし、よくよく考えてみると誰もが皆、登録者数0人から配信を始めるのだ。そこから、一人一人と登録者が増え、何年もかけて数十万という登録者を抱えるチャンネルへと成長させているのだ。


 だが、ナユタには寿命の問題がある。芽衣の言葉が正しければ、彼女が配信を続けられるのは、長くて残り二か月だ。この調子で配信を続けていたとしても、有名Vtuberと呼ばれる程の成長を遂げるには短すぎる時間だ。


「ねえ蓮さん、大丈夫? おなか痛い?」


 考えている事が表情に出てしまっていたのだろうか。ナユタは心配する様子で私を見る。


「……なあ、ナユタ。お前はこれで良かったと思っているのか?」


「これで良かったって、何が?」


「その……こんな命を無理やり引き延ばすような事になってしまって」


 私は、私の立場として一番聞いてはいけない事を聞いている。芽衣の甘言かんげんに惑わされたとはいえ、私は私のエゴでナユタを差し出したのだ。そんな私が、これで良かったのかなどと、どの面下げて言えたのだろう。


「ちょ、ちょっと~。蓮さん何か考えすぎだよ」


 しかし、ナユタは私の心配など意にも返さず、いつもの調子で振る舞う。


「えっとね。もちろん、始めはびっくりしたよ。目が覚めたと思ったら、意識はあるのに目は見えないし耳も聞こえない。体の感覚が全くなくて、ただ物事を考える事しかできないんだもん。ああ、私って死んだのかなってその時は思ったうよ。でも、外部カメラに接続されたら、急に視界が開けて蓮さんの顔が見えて、死んでなかったんだって急に安心して……」


 そこでナユタは悪戯っぽく微笑む。こんな細かい表情を出力できるなんて、どこまでモデリングを作りこんだのだろう。


「もちろん、法律違反は良くないと思うし、変な宗教や悪いお金持ちに利用されているのは、あんまりいい気持じゃないけどね。でも、もしかしらこの技術は将来、体が不自由な人や病気の人の為になるものかもしれないし、何より私自身が死んだと思ってたのに、蓮さんや芽衣さんや、配信で知らない誰かとお話できるようになったのが嬉しいの」


 ナユタは私を気遣ってそんな事を言っているのか、それとも本心からの言葉なのか分からない。相手は画面の中のモデリングだ。普通の人間なら誤魔化す事の出来ない表情や仕草も、完全にだますことが出来る。


 ああ、もしかするとナユタとの会話が苦痛に感じるようになったのは、私が画面の中の存在を信用できないからなのかもしれない。

 容姿や声、言葉に生い立ち。バーチャル世界の存在は、それらすべてを騙ることが出来る。だからこそ、成りたい自分を演じることが出来るVtuberというものは、多くの人から羨望の眼差しを向けられるのかもしれない。


 しかし、私は生身のナユタを知っている。知っているからこそ、目の前の存在に疑問を感じてしまう。今私が話している相手は、本当に私の幼馴染のナユタなのだろうかと。


「ああ、悪いな。気を使わせるような事を言わせて」


「……なんか、らしくないね。最近の蓮さん、ちょっと雰囲気変わったよ?」


 ナユタの言葉は間違いない。変わったと言えば、ナユタの方が存在の定義レベルで変化しているのだが、ナユタは恐らくナユタのままだ。


 変わったのは私だ。私がナユタの事を直視する術を失い、画面越しにしか彼女を見ることが出来なくなったのだ。

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