エンドレス・ゲームの真相:その一

 バラ愛するロザリアンが、最もバラ栽培におけるよろこびを感じるのは、当然のことながら、春である。特に、冬の間息を潜めていたバラ達が、新芽を次々と出して・一番花が開いた時の歓びは、実に筆舌に尽くし難いものがある。

 この春の歓びがバラ栽培の表面おもてめんだとするならば、冬の作業はまさしく裏面うらめんだといえるだろう。『バラと紅茶とアップルパイ』と両極に対する真冬の作業が、ロザリアン達を待ち受けているのだ(鉢植えの場合は特に)。


 その作業は、気温が十℃を下回り、残っている葉や若い枝が赤くなった時を見計らって始まる。『バラの葉や若い枝が赤くなる』現象を簡単に説明すると、『バラの株が冬眠に入った証拠』なのだ。品種によっては枝まで赤くならないものもあるが、葉は落葉するか赤くなる。この寝込みを襲って、魔改造をするのが冬の作業なのだ。

 作業開始の基準になる『十℃を下回る期間』というのは各地方で違うのが当然で、私の生息区域においては年に三回か四回、一週間~十日しかない貴重な期間だ。その上、シフト休みが重なるかどうかという問題もある。それ故に、寒くなり始めてから徐々に必要物資を取り揃えておいて、チャンスが訪れればベルトコンンベア方式で一気に実行する必要があるのだ。

 ただし、これは生息区域における問題であって、もっと寒くなる地方であれば、私ほどに急ぐ必要はないだろうことを、敢えて明記しておく。


 魔改造において、やらなければならない作業は、大きく分けて二つ───冬剪定ふゆせんていと鉢の土の交換だ。


 最初にまず、残っている葉を全部むしり取る。この時注意すべきは、葉の根元に次の新芽になる葉の卵ともいうべきふくらみがあるので、この卵を傷付けないようにすることだ。そして、丸裸になった株の姿を観察した上で、余分な枝を剪定していく。考慮条件としては、その株をこのままの鉢のサイズで育てるのか、更に大きな株にしたいのかが第一条件だ。第二条件としては、バラの先端優位性を踏まえて、新芽の卵がどの位置にあるかを見ておかなければならない。おおむね、新芽が出た方向に新しい枝が伸びるからだ。過去の失敗経験からいわせてもらえば、新しい枝は外へ外へと誘導した方が、良い枝が育ち、花付きもいいようだ。株の内側に枝が混み合えば、風通しが悪くなり、病気にもかかり易いようである。

 加えて最も重要なのは、『情け無用』の掟。

 各バラ栽培のHow-to 本にも、貴重な細かいアドバイスが貰える先人のHPにも、等しく記載されていることだ。『冬剪定に情けは無用。必要最低限の枝を残し、気前よく切るべし。心配することはない。敵(?)は全身麻酔状態だ』───と、大体そのような意味の説明がなされている。

 しかし、初心者には、これが最も難しいのだ。

 「昨年、沢山花を付けてくれた枝を情け容赦なく切る? そんな勿体ない」と思ってしまうのが、私を含む初心者の常。そんな場合は、一回『勿体ない精神』を尊重した上で、冬剪定をしてみるのも一つの手である。翌年にどんなことになるのか、自分の目で確かめられるからだ。手ぬるい冬剪定や、シュラブやクライミングの無謀な誘引ゆういんを行えば、春はともかく、夏から秋にかけてその成れの果てを見ることになるのだ。けれども、どうしくじってしまうのかは見ない事には判らなかったというのが、私の現実である。

 だが、しくじったとしても大丈夫。バラ栽培は難しい・バラは手間暇が掛かると世間では評判で、まあ事実ではあるのだが、一年から数年交代でライフサイクルを巡る草花と違い、バラは樹木なのだ。完全無欠の御臨終ごりんじゅうでない限り、必ず復活するといっても過言ではない。

 そんなB.J.か、Dr.Xになりきらなければならない冬剪定が、魔改造の第一段階なのだ。


 第二段階は、一年バラを養って栄養価の欠片も無くなった土の交換と、場合によっては鉢のサイズ変更である。この辺りから、力仕事度合いは増していく。

 一年間、元気満々に育って大きな株に育てたい場合は、一回り大きな鉢にするのは当然として、逆に一年間育ちが悪く、病気がちだった株は一回り小さな鉢にした方が良いというのは、目からうろこが落ちるような知識だった。どうも、「木なんだから、植えている鉢は大きな方がよかろう?」という考えは、まるっきり素人しろうと考えだったらしい。実際、育ちの悪い株を小さな鉢に移し替えると、少しずつ元気になったのだ。その理由は、未だに判らない。

 手順としては、冬剪定をしてやや小さくなった株を、鉢の土ごと全部引っこ抜く(これがとてつもなく重い)。そして、さして根が抱え込んでいない余分な土を落としてやり、根と土が合体している部分は、根を傷付けないようにしながら手で揉み解してやりながら丁寧に分離していく。それでも残る太い根がガッチリ抱え込んだ土は、割り箸などで根の間の土を根気よく突き崩し、可能な限り取り除く(まあ、多くの場合、このぐらいでいいかとどこかで挫折するのだが)。この時の根の張り具合で、この一年の間、その株が元気だったか今一つだったかを判断出来るのだ。

 鉢の形そのままに、株と土をワンセットで取り出すことが可能で、健康な白い根が張り巡らされている場合は、元気そのもの。一回り大きな鉢に変更した方が、次の年の為には良いと考えられる。

 逆に、鉢全体には根が行き渡っておらず、白い根の部分が少ない場合は、少し小さな鉢にした方が良いらしい。綿毛のように細い根は、必要に応じて多少カットしても問題はない。

 それらの作業を経て、根っこが剥き出しになった株は、バケツか大きな洗面器のような物に、根の活性剤を混入させた水を張ったものの中で一時休憩をしてもらう。その間に、バラの下僕げぼくと化したロザリアンは、鉢の準備をするのだ。

 基本的に鉢に入れるのは───

一.鉢底石(鉢の中に仕込むものとしては、これが一番大きい)

二.バラの専用土───だけでも悪くないが、通気性を保つ為に赤玉土をある程度混ぜたもの

 ───だけである。慣れて来ると別の物も入れたくなるものだが、初心者はこれで何とかなる。問題は、鉢が一つ二つぐらいならともかく、この時点で六鉢、全体の交換など無理な巨大鉢が二つを数える現在、一度で全部の平行作業が不可能だということだった。

 そんなわけで、二鉢ずつ作業を行った。ブルーシートを広げた上に古い土をぶちまけ、根っ子が活性剤入り入浴をしているうちに、新しい土を鉢の三分の一ほど仕込み、湯上り(?)の株の根っ子を鉢に出来るだけ均等に広げ、株の立つ角度に注意しながら、徐々に埋めていく。そこまでの作業が全鉢終われば、魔法の粒剤をほどこして土にたっぷりの水を与えていくのだ。水を含んだ土が沈めば、その分は新しい土を足して問題ない。植え替え終了後は、寒過ぎない風通りの良い場所で、根が新しい土に馴染むまで療養させ、陽当たりが良い場所に移すのは数日後ということになる。


 ここまでの作業を行うと、はっきりいって自分は土塗れの泥塗れ───加えて、使用済みの古い土が、ブルーシートに沼ならぬ山となって取り残されるという結果になるのだった。



【先端優位性】

 バラの成長特性。一本の枝の一番上に栄養分&エネルギーが集中する。なので、品種によっては支えを使って横這いに成長させ、バラが「先端である」と認識できる個所を増やした方が、花数を多く楽しめる。


【冬剪定とその他の剪定】

 冬剪定の最大の特徴は、株のリフレッシュの為にほぼ丸坊主にすること。枝の長さも可能な限り短くする。他のシーズンの剪定は、病変を取り除く場合や、花が付く高さを調整する為に整えるだけ。


【誘引】

 シュラブやクライミングなどの品種に適正な支えを施し、枝が伸びて欲しい方向に誘導する処置。


【B.J.とDr.X】

 日本人には有名な外科医。片方は天才、片方は失敗しない人。

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