流浪の民の産物

 早春のお手入れ───モリニューさん・ジャクリーヌ嬢・木香薔薇もっこうばら三姉妹の世話焼き───が終わり、暇になって放浪の旅に出た・バラ栽培二年目のかけだしロザリアンは私。

 セラフィムさまと運命の出会いを果たしたものの、一番花が終わったばかりで、次の蕾が付くのがまだ先になりそうだった頃である。放浪の旅はまだ続いていた。なにせ、セラフィムさまは出身の園芸店できちんとお手入れされていたので、一回り大きな鉢に植え替えたあとは、他の子同様にもうすることがない。加えてもう一つ、別のお題が発生していたのだ。


 一時期、この年に連れて帰った木香薔薇・一重ちゃんの元気がなく、モリニューさんも日照不足になっていた為、会社に持ち込んで日光浴をさせていた。なにせ、敷地のほとんどがアスファルトとコンクリートの青天井車庫なので、お日さま浴び放題なのだ。会社に滞在している間に、モリニューさんは幾つか花を咲かせてくれたが、木香薔薇・一重ちゃんは一季咲きなので、ひたすら青々と茂っていただけ。

 すると、会社内で頭が上がらなくて・仲の良い先輩の一人で、唯一の女性の先輩が、「なんか、花が咲きそうなバラはもうないと?」とのご要望があったのだ。勿論、大好きな先輩なのでご希望には沿いたい。ついでに、まだまだ沼にはまったままなので、購入意欲は健在だ。

「それでしたら、おいちゃんズに構われても問題ない、あんまり高級な種類ではないもので、常時会社に置けるブツを用意しまっせ。お色は何色がお好みで?」と、訊いたところ、「黄色かな?」とのお答え。私は、「了解」と気軽に応じた。

 黄色系は種類が多いので、各種条件を選択することが出来る。会社に置くのであれば、大輪系とシュラブやクライミングは好ましくない。人と車の出入りが多いので、スペースを取り過ぎると支障があるからだ。つまるところ、中輪で木立性、年間を通して花を付けやすい四季咲きのブツが良いだろう。

 卸市場から入荷がある木曜日を狙って近所のホームセンターに行き、幾つか選んで悩み、最後の二択に残ったのはゴールド・メダルとゴールド・バニー───結局、選んだのはゴールド・バニーだった。その理由は、ゴールド・メダルは大輪なので巨大化する可能性があることと、ゴールド・バニーは最初に考えていた中輪で、加えて現在所持していないフロリバンダ(房咲き)であり、更に名前が可愛かったからである。

 当面はうちに連れて帰り、一回り大きな鉢に植え替え(この時には木香薔薇三姉妹がアイアン・アーチに移動していた為、すでに空いている鉢があったのだ)、半日陰で根が馴染むまで数日休養。そして、セラフィムさまと同時購入だったアーリー・モーンちゃんと共に会社デビューを果たした。

 ここまで話題に上らなかったアーリー・モーンちゃんだが、これにはそれなりの訳がある。セラフィムさま以上に売れ残り状態だったアーリー・モーンちゃんは、我が家に来た時には弱りきっていて、あまりにも小さな株だったのだ。正直、「これは育たないかもしれないな」とも思っていたが、時間を掛けてどうにか持ち直し、葉を茂らせるようになっていた───が、小さい株故に小さい鉢だったので、母と弟の犬であるシェットランド・シープドッグの小太郎くんと庭で度々事故にう(倒される)ので、緊急避難の意味合いも込めての会社デビューだったのだ。


 対して、ゴールド・バニーちゃんは凄かった。

 多産系哺乳類の兎の名前を冠しただけあって、一年目から次から次へと花を咲かせ、株もどんどん大きくなっていくのだ。くだんの先輩は大喜びだったが、購入後、半年もしないうちに根が詰まって二度も鉢増しをしたのは、先にも後にもこの子だけである。

 それに、この頃にはぼちぼち理解し始めていたのだが、木香薔薇三姉妹の項目で述べたように、原種に近い品種ほど丈夫で手が掛からないようだ。園芸品種ではない野の花や雑木林の樹木に黄色や白の花が多いように、このバニーちゃんもまた野生の潜在能力が高いような気がする(憶測おくそくだが)。ほぼ同時期に購入した、品種タグに『ミニバラ』としか書かれていなかった野バラ系の子も、頑健なことこの上もない。お世話をする鉢数が増え、どうしても手が回らない時に後回しにしてしまうのは、木香薔薇三姉妹とバニーちゃん、名も知れない野バラちゃんと、少々のことではびくともしない彼女達であるのは、もう必然のこととしかいえなかった。


 そして、うちの子になって半年以上が過ぎるまで、全く花を付ける気配もなかった名も知れない野バラちゃんは、春が来て直径三センチほどで濃いピンクの一重の花を山ほど咲かせてくれた。お陰で、樹形・葉の様子・花の情報が出揃って、やっと品種の同定が可能になったのだ。───とはいっても、私も『かけだし』の身の上なので確たる自信があるわけではないが、おそらく彼女は『安曇野あずみの』だと思われる。つまり、野バラ系ではあるが、ミニバラではなかったということだ(笑)。

 一重で小さくて、それでも華やかさがある色合い。加えてみやびな『安曇野』という名称───故に、私は安曇の君と呼ぶことにした。


 初夏にしてすでに猛暑の気配がある今年も、元気一杯のバニーちゃんと安曇の君は、灼熱しゃくねつの会社の駐車場でたくさんの花を咲かせてくれたのである。



【アーリー・モーン】

 モダン・ローズといわれるセプテンバー・モーンの亜種らしいが、詳細不明

 セプテンバー・モーンに準じて、大輪の四季咲き ピンク 木立性

 名前の由来等々、情報があまり出ていないので色々不明


【ゴールド・バニー】

 フロリバンダ(房咲き) 四季咲き・中輪

 微香 イエロー 丸弁カップ咲き 半横張りの木立性 

 Marie Louise(仏)作 一九七七年


【安曇野】

 つるミニチュア 一季咲き 微香

 グラデーション・ピンク クライミング 非常に強くて丈夫

 小野寺 透 作 一九八三年



※バラの樹形

 徐々に種類が増えて来たので、バラの樹形について簡単に。

 おおまかに、三種類に分けられます。


【シュラブ】

半つる性。多くの場合、冬の剪定時せんていじにフェンスやアーチなどに這わせ、庭の景観の主役となる。丈を短くして、木立性のようにコンパクトに育てることも可能。ピエール・ド・ロンサールなどが人気で有名。


【クライミング】

つる性。木香薔薇や安曇野はこの仲間。シュラブより幹が細く、支柱を必要とする。


【木立性】

文字通り、普通の木のように育てることが可能な種類。特に支柱を必要とはしないが、大輪の花を支える為や、密集した枝と枝の間の通気性を確保する為に、えて支柱を使うこともある。縦に大きくなる品種と横に広がる品種がある

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