マイ・ギフト(1)

「女はすぐに死ぬ生き物だから」

 最初にその言葉を聞いたのがいつだったのかは分からない。物心付いた頃にはもうすっかり聞き慣れた言葉だった。多分、皆そうだと思う。

「ゼナ、お前にはギフトがある。とても珍しいことだ。それだけに、……勿体ないな」

 私のギフトが攻撃的なものであればそれを使って殴りたかった。褒めてんだか貶してんだか知らないけど、こんな言葉なら、何も言われない方がマシだ。分かっていてやってるとしか思えない。

 本当に、窮屈と言うか、居心地が悪かった。女で生まれた、ただそれだけで。すぐに死ぬと言われているから重要な仕事は任せてもらえないし、いつ死んでもいいような準備がされているのを常に感じる。それならお前らは病気も怪我もしないのかよって、男共に対して思っても口に出せない。仕方ないのは私にだって分かっていた。頭では。

 それでも、思春期に至ると不快感は増すばかりだった。男がやたらと声を掛けてくるようになる。本当に好意を抱いてくれている人も居たけれど、九割以上が興味本位で、「女に触ってみたい」だけだ。煩わしいことこの上ない。

 そんな日々を生きなければならない女達は、卑屈だったり、控え目なのが多い気がした。少なくとも私の周りの子らはそうだったし、私もその枠から出ることは出来なかったと思う。他よりちょっとだけ呑気な性格はしていたかもしれないけど、それくらい。

 なのにシィラは、いや、『だからこそ』だったんだろうな。出来るだけ注目されないようにと息を潜める大半と違い、彼女だけは「何しても注目されるなら、何しても良い」と言わんばかりに振舞っていた。

 宇宙警備職の志望も、その一つだったのかもしれない。私達の世代で集中して『生産』されていた女性は当時まだ多く居たにも拘らず、警備職の志望は男の方が多くて、女は一割にも満たなかった。

 ほとんどの女は何処かの内勤業務を志望していた。特に、教育にあまりお金が掛からず、時間の掛からないものばかりだ。しっかりと教育してもすぐに死なれたら、金銭的負担の方が大きいせいだろう。正直、女で私達のような職を志望するのは、快く見られない。「どうせすぐ死ぬくせに金や手間を掛けさせやがって」と直接言われることもあった。

「あー、諸君らは、名誉ある警備職について学ぶべく――」

 義務教育課程の最後の三年間は、自らが志望する職に関する授業を一部取ることになっている。初の、警備職の授業。長ったらしい教員の言葉を聞きながら、私はのんびりと、数少ない女の存在を確認していた。この時の私はまだ、シィラを「ああ、あの変わった人」という程度でしか認識していなかった。私がこの職を選んだのはシィラが理由ではない。ギフトがあったから、この職を推薦されて入ったのだ。別に私も、職業なんて何でも良かった。他の女達と何も変わらないような、色の無い世界を生きていた。

 シィラがそれを塗り替えたのは、警備授業の、最初の実技の日。

 十人単位でシミュレーターに入り、動き回る標的を五分以内に撃ち落とすのが課題だった。一人の例外もなく、機銃を扱うのは皆これが初めてのことになる。機銃の扱いはまだ、知識としてテキストで教えられただけだった。

「目標は百体だ。教えた通りに、角度および距離を考慮に入れながら照準を合わせ、トリガーを引け」

 この時は誰も、百というのが多いのか少ないのか分からなくて反応が薄かった。単純計算で一人十体だ。何となく、機銃の扱いの感覚が掴めればいけるんじゃないかって淡い期待を皆抱いていたと思う。

 しかし、いざ画面の中の動く標的を見たら、「バカじゃねえの!?」って言った生徒がいっぱい居た。私も小さかったけど同じようなことを言った。六十人のクラスだから計六班。私は第二班で、シィラは第五班だった。シィラの班に至るまでの最高撃破数が十八。一桁だった班もある。もう一度言うが目標は百だ。私達の絶望がよく分かると思う。後から聞いたところによれば、これは『恒例の無理難題』なんだそうだ。そういう教育方針なんだろう。

 そうして順番が回ったシィラの居る第五班。“記録”は五十三秒。一分にも満たない時間で、シィラが百の目標を全て撃破した。彼女一人きりで、百を落としたのだ。

 鮮烈と言う他ない。

 クラスは静まり返った。最初こそ、彼女が次から次へと目標を正確に落としている映像を見て感嘆の声を上げていたが、終わった頃には口をぽかんと開けて、誰も音を発さなくなっていた。教員もだ。長く続いた沈黙に耐え兼ねたのか、その原因であるシィラが「あの、終わりましたが?」と言ったところでようやく、教員が何か意味のない言葉を零した後、その結果を絶賛しつつ肩を落としていた。

 私がシィラに落とされてしまったのは間違いなくこの時。しかし当然、私だけではなかった。男の中にも憧れを抱いた奴は多かったけれど、女は特に全員と言っても過言でないほどシィラに夢中になった。宇宙警備のクラスじゃない子達も噂だけでシィラに注目した。いつも男から不躾な視線や誘いを受け、低評価に扱われる身分にあるだけに、男を黙らせるほどの技能を持つ彼女は女にとって憧れの的だったのだ。

 だから私は所詮、大勢の中の一人だ。他の女達と何も変わらない。シィラに憧れを抱いた。ただ、私はその優れた技能以上に、彼女の“控え目にならなかった”在り方に、心底惚れていた。女として受ける不快な対応を不快そうにもしていたし、煩わしそうにもしていた。なのに、彼女は傷付いていなかった。それが私を堪らなく夢中にさせた。

「ふふ、また寝てる。あーあ、部屋に入ればいいのに」

 卒業後、私は無事に宇宙警備に配属された。エリアこそ同じではないけれど、シィラが配属された場所の隣のエリアに入れたので本当にラッキーだ。不人気の辺境をシィラが選んでくれたお陰で、競争率が低かったというのが大きい。

 そうして隣のエリアを確保した私は、任務以外のほとんどの時間、シィラを見つめて過ごしている。ギフトさまさまだ。

 シィラはあの能力の高さから、何度かギフトの検査を受けたらしいが、結局、何のギフトも無いらしい。ならあのぶっ飛んだ技能は一体何なんだと思うけれど、専門家が分からないなら、分かるわけもない。

 一方ギフトを持つ私は、残念なことに平均点程度しか取れなかった為、ギフトという加点が無ければもしかしたら個人の機体を貰えなかったのではないかという危うさだった。ギフトなんかじゃ優劣は全く決められないものなのだと痛感する。

「何にせよ、“この”ギフトがあって私は幸運だけどね。……いつでも見えるし」

 機体が光を反射している姿すら常人では見付けられない距離が、私とシィラの間にはある。だけど私はこのギフトのお陰で、どんな時もシィラの姿が確認できた。彼女はよく操縦席で居眠りをしている。呼び出されない限りベッドでゴロゴロしていたって構わないのに、どうしてか、シィラは操縦席に居る時間が長い。星を眺めているのが好きなのだろうか。もっと休んでほしいのに。心配な気持ちはあるけれど、彼女がそこに居てくれるから、私は遠くからでも彼女の顔を眺める時間が沢山得られる。つまり私も、暇さえあれば操縦席に居た。

 不意にピピッと音が鳴って、シィラから視線を外す。パネルを操作して確認すれば、緊急性の無い連絡事項のメッセージが届いていた。また一人、女が死んだらしい。衰弱死と記載されていた。面識はない。年齢は私の四つ上だった。遠くのシィラを改めて見つめる。彼女も起きてパネルを操作していた。同じメッセージを見ていたようだが、消すと再び操縦席に深く腰掛けて目を閉じている。興味ないか。

「これでもう、私と、シィラだけになっちゃったかぁ」

 シィラは随分と無感動だけれど、私にとっては無視できない通知だった。『最後の三人』から、『最後の二人』になった通知だったのだから。

 私達の世代では、女性も多く生産されていた。しかし一定数に達したらぴたりと止まった。ヒトを『作る』のもタダではないからだろう。すぐに死ぬ女より、男の生産が優先されたんだと誰かが言っていた。どんどん亡くなっていくのに、生産は止まった。こうなるのは必然だった。残ったのが私とシィラの二人だというのが、意外だったけれど。

 私とシィラは何が特別だったのだろうか。運命なんてものを感じる以上に、理由を考えてしまう。私にはギフトがある。シィラにギフトは確認されていないものの、能力はギフトテッドかってくらいに高い。そういう身体的な特徴が、衰弱死を妨げていたりするのかな。

「ま、私で分かることならとっくに誰かが解明してるね」

 手を窓に向けてかざす。私の手に骨が浮き出てきて、一か月近くが経つ。日に日に、痩せている自分の身体を感じていた。みんなみたいに急激じゃないのも、やっぱり何か違うのかもしれないけど、どの道死ぬのだから大差は無い。沢山食べても、筋肉を取り戻そうと運動しても、もう駄目だった。

 あんまり憂えてはいない。こうしてシィラを遠くから見つめたまま、死ぬので全然構わない。……そう思っていた私に思わず操縦桿を握らせた事態は、何かの思し召しだったのだろうか。

 女が残り二人となった通知を受けた半月後のある日、シィラは二十時間以上、任務に出ずっぱりだった。

「いや、いや、衰弱する前にシィラが死んじゃうでしょ、リーダー何やってんの? っていうか今リーダー何処に……げぇ、今リーダーも出てるのか、はァ~?」

 宇宙警備の複数エリアを統括する『リーダー』もシィラと同じエリアだ。不人気で配備数は少ないが、リーダーとシィラの二人が居ればあとは有象無象でも普段は何とか回っていた。だから今回は不運だっただけだと思う。二人ですら捌き切れない数のSOSが集中していた。散々呼び出された後さっき任務を終えて、一息ついたシィラが多分シャワールームに入っていて、ようやく休めるのでは? と思ったらまた呼び出されて髪を拭きながら操縦席に戻っていた。

 流石のシィラも明らかに疲労の色を浮かべている。それなのに一向に増援の指示が掛からないまま私も別件で出動になり、苛立ちながらシィラの状況を見ていた。その後、彼女は更に二度の出動で、六時間あまり休めない状態が続いた。私はもう我慢が出来なくて。「補給中」と本部に送って持ち場を離れ、シィラの担当エリア奥にある燃料と弾薬の補給ステーションへ行った。

 申請を出したからには補給はしなければならない。そんなに減っていなかったからすぐに終わる。そして急いで、シィラを確認できる位置まで機体を進めた。もうシィラは定位置に戻って、操縦席で目を閉じていた。周りは静かだ。安堵にほっと息を吐くけれど、もっと早くに来ていたら、シィラはあんなにしんどい目に遭わなかったかもしれないのに。自分の対応が遅かったことを少し悔いた。

「流石にもう休めそうかな……いや、もうちょっと見てるか」

 名目としては「補給中」の身だけれど、あと三十分くらい此処に留まっても咎められないだろう。そう高を括って、自分のエリアに戻らず何でもない場所に浮遊すること十五分。再び、SOSの音声を私の機体も拾った。直後、リーダーがシィラを呼ぶ声が入り込む。

「いやいやいや、増援。増援しなさいって言ってるでしょ!」

 叫んだ勢いのまま割り込んでしまわないようにと深呼吸をしている間に、シィラの疲れ果てた声が聞こえる。いつだって二つ返事で任務を受ける彼女が出動を渋ったことに、酷く焦る。それだけ今、疲弊しているということだ。おそらくリーダーも驚いたのだろう。躊躇って黙ったリーダーが言葉を返すより先に、私は二人の通信に殊更明るく乱入した。こんな場所に私が居たことにリーダーは疑問を浮かべつつも、代わりに出ることは認められてほっと胸を撫で下ろす。

 その、二時間後。

「――リーダーだけで良かったよね、今の」

 任務と後処理を終えて、私はそうぼやいていた。あんな状態のシィラを呼び出すほどのことだったか? 最初からお前が一人でやれよ。口から出てきそうになったけど、ちゃんと飲み込んだ。二人以上で任務に当たるのがルールだ。シィラさえ巻き込まれていなければ、私だってこんな風に怒っていなかったことだろう。それはそれとして、次からはちゃんと増援指示を出してほしいけれど。

 うだうだ一人で文句を呟きながらシャワーを済ませ、救助要請の記録を見る。あの後は来ていないみたいだ。ようやく落ち着いたらしい。

 先程、代わりに出動する直前、シィラの機体を振り返れば操縦席から彼女の姿が無くなっていたから、ちゃんとベッドで眠ったようだと安心していた。なのに自分が操縦席に戻る時、いつもの癖でまた彼女の機体を見つめてしまう。二時間ちょっとしか経っていないんだからまだ眠って――。

「嘘でしょ、何で起きてるの?」

 私は目を疑った。シィラが操縦席の少し後ろで浮いていたのだ。棚を開けて何かごそごそしている。睡眠時間が短すぎる。いつも見つめているから、元々彼女がショートスリーパーなのは知っていたけれど、三十時間近く不眠不休だった後でもそうであることに驚愕していた。身体は大丈夫なのだろうか。

 心配しつつ、とりあえず自分の操縦席に入る。席の一部を持って自分の身体をそこに収めるだけだったのに、一瞬、腕に力が入らなくて、変な位置に身体が収まった。

「あー……」

 もうすぐ、なのか。

 ただの予感だ。自分がどれだけ衰弱してるとか、分からない。でもこの時、今まで以上に強く、死を近くに感じた。

「……声、聞きたいな」

 頭で考えるよりも先に口が動いて、私の願望の端っこを外に零した。さっき、ほんのちょっとシィラと話してしまったせいかもしれない。会話というか、一方的に話し掛けただけだったけど。

「少しだけ近くで、そのままの、声」

 まともに向き合って話したことって、数えるほどしか無い。だけど、ちょっと低くて、素っ気なくて、でも冷たくないあの声が好きだ。私に向けられているわけでもない通信を漏れ聞いてるだけでいつもは満足していたけれど、もう最後だと思うと、欲張りなことを考える。彼女の担当エリアの中に、こんなに近くに、来てしまったからだろうか。明確な理由は分からない。だけど今だけは手を伸ばしたら届く気がするくらい、シィラの存在を近くに感じてしまった。

 ほんの少しの思い出に、ただ、私に向けて話してほしい。一言二言でも構わない。

 私はこの時初めて、彼女個人に向けて、通信を送った。

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