第2話 裏ボス設置も届出が必要です

 地上界の時間にしておよそ五百年前。

 魔界から地上に這い出た魔王が侵略を始めた。これを受け、天界は各地で勇者を育成する計画を打ち立てた。“迷宮ダンジョン”とは試練を通して強力な勇者を選出する、天界によって設置された養成・選別機関である。

 ちなみに何故、天界が直接魔王を討ち取らないかというと、神々や天使が地上に降臨するには非常に厳しい条件が設けられているためである。

 自ずから手を下すよりも地上界に住む人間に討たせる方が、手っ取り早いうえに地上界の発展にも繋がるというわけだ。


 そして五十年前、遂に魔王は倒された。

 地上から天界まで喜びの渦が巻き起こったのも束の間、天界ではある課題が発生する。


「地上のダンジョン、いつまでも残しておけない──!」


 ダンジョンには魔王討伐に役立てるための、天界のあらゆる宝物ほうもつが収蔵されていた。魔王が倒された今、それらが必要以上に人間界に流出することを防がなくてはならない。しかもダンジョンは天界の施設であるため、放っておけば地上にどんな影響が出るかも計り知れない。

 そこで、世界各地の天界を統括する【天界連合】は、迷宮に関する法令を定めた。


「地上に建設されたすべてのダンジョンを、魔王討伐後五十年以内に撤去すること」。


 ミカド、マルス、そして新人のエマは、ダンジョン撤去の対応に当たる天界連合の職員である。

 彼らの仕事は、ダンジョンに設置された宝箱やギミック、ボス等から宝物を回収し、ダンジョン機能を停止させること。


 天界連合迷宮ダンジョン局・迷宮管理課回収係。

 今現在、天界で最も多忙極める部署である──。











「ミカド係長。質問していいですか」


 次の宝箱に向かう道すがら、エマの質問タイムが始まる。


「撤去に向けた業務が始まって、そろそろ三十年経ちますよね。あとどれくらい残ってるんですか?」

「未着手のダンジョンが、ってことかい? ぶっちゃけた話、機能停止まで完了してるダンジョンはまだ三割。三割よ?」


 携帯瓶からぐびっと液体を飲み、ミカドは溜息をついた。


「無理だって言ったんだよ、誰もがさァ。でも地上に及ぼす影響とか考えると、やっぱり五十年以内ってのがギリギリだったらしい。んであと二十年でしょ、なのにまだ半分以上残ってんでしょ、ヤバいよね」

「お……終わるんですか……?」

「終わらせなきゃなんねえの。時期が来たら神様に強制的にダンジョン消されるから、それまでに出来るだけ宝物回収して、内部でたむろってる人間がいない状態にするのが、俺らのお仕事です。ようこそ回収係へ、これから一緒に頑張ろう」


 これは大変な部署へ来てしまった……エマは胸中でひっそり思った。先輩のマルスが労うかのようにエマの肩に手を置き、彼女と同じ死んだような目で頷いた。

 二人の上司ミカドはもう一度携帯瓶に口をつけ、二人にも飲むよう促した。


「ダンジョン内では適宜、聖水補給すること。うっかりしてると体壊すぞ」

「ここはまだ低難易度だけど、ダンジョン内部は大なり小なり瘴気が漂ってる。気をつけるに越したことはないんだ」


 そう補足し、マルスも自分の水筒を煽った。二人に倣ってエマも聖水を取り出す。


(本当だ……いつの間にか毒されていたようね)


 一口飲んだ聖水が、体の隅々まで浄化する感覚に、エマは驚いた。冒されていることにも気が付かないほどの、ごくごく薄い瘴気であるらしいが、侵食が進むと倒れてしまう。

 天界連合の職員はほとんどが天使である。神気で満たされた天界で暮らす彼らは、神ほどではないにしろ、やはり聖なる存在。不浄に触れると穢れてしまうのだ。天使としての位が上がればある程度の耐性が付くが、術や聖水などを用いて回復する必要がある。


 そうこうしているうちに目的地に辿り着いた。表示したマップの三人の位置と、宝箱のマークが近い。目の前の扉に伸ばしたマルスの手を、しかしミカドは制止した。


「ミカドさん? どうしたので?」

「……ボス部屋、さっき片付けたよな」

「ええ、四部屋くらい前に」

「事前情報にも特殊迷宮生物のデータはなかったな?」

「そのはずです。……まさか」

「気配がする。わざわざ部屋ン中で構えてるってことはだよね」


 マルスの喉が生唾を飲み下した。一人、事態について行けていないエマは、二人の顔を交互に見比べた。

 無精ひげの生えた顎をさすってひとしきり唸った後で、ミカドは部下二人を壁の方へちょいちょいと招き寄せた。


「部屋に入る前に小休憩。念のため、聖水を多めに飲みなさい。ついでにエマちゃんに説明しようか。いやあ、研修にはもってこいだわ、このダンジョン」


 壁を背にして床に座り込み、再び携帯瓶の蓋を開けるミカド。マルスとエマも同じく床に腰を下ろすのを待って、咳払いをして話し始めた。


「登録情報にない宝箱だとかギミックだとかの設置は、迷宮建築法に違反する。他にも違法となる行為はアレコレあるわけだが、全部挙げるとキリがねえので割愛します。今回は、登録外のトラップ付き宝箱と……今俺らが背にしてる部屋、“裏ボス”が違法に当たる」

「裏ボス……」

「通常、討伐対象生物の頂点……通称“ボス”は、ダンジョン一つにつき一体、もしくは一グループだ。複数体を討伐するボスも中にはあるんでな。けど、たまーにあるんだよね。条件満たすと出てくるボスとか、ボス倒した後に出てくるボスとかが」


 そんなやり込み要素いらねえよ面倒くせえ、とぼやくミカドに新人は首を傾げた。


「違法なんですか。裏ボス」

「ダンジョン設置時にキチンと届け出てりゃあ違法行為じゃなかった。あのトラップ宝箱もそう。問題は『ダンジョン局に未申告』っていう、この一点にかかってる。ボスには大抵、討伐報酬用に宝物とかアイテム持たせてるもんだから、回収係の俺らはこの部屋にいる裏ボスを倒さなきゃ……なんだけど、情報がねえからどんなボスか分かんねえのよ」


 松明の灯りに、ミカドの暗い笑みが揺らめいた。


「やべえだろォ。せいぜい死ぬなよォ、後輩どもォ」

「脅かさないでくださいよ! え、死ぬ!?」

「エマ、落ち着いて。ミカド係長はこう見えて強いから大丈夫」

「おーいマルスくーん、なんか一言余計な気がすんだけど。つーか今回、君に裏ボスやってもらうよ?」


 エマに続いて今度はマルスが青ざめた。


「なーに青っチョロくなってんのよ。大丈夫でしょ、そろそろ実力ついてきたでしょ」

「いやいやいや無理むり、さすがに裏ボスは無理ですって!」

「今日は新人教育のついでに、君の実力を図るつもりでいたワケー。裏ボスならちょうどいい判断材料だ。大丈夫、聞いた話じゃエマちゃんは回復のエキスパートらしいし──」


 顔を覆ったエマから「ハードル上げないでぇ」と泣き言が上がった。


「マルスも本気出しゃアめちゃ強だし──」


 首を振りすぎて、マルスの赤毛が扇風機のようになっている。


「本当にヤバくなったら、俺が出ます。全力で暴れて来い、若人わこうどよ」


 最後に回収係長、満面の笑みでサムズアップ。

 係員二人から哀れな悲鳴が上がった。











  ギイィ──。


 扉を押し開けると、軋んだ音を立てて空気が三人を招き入れた。

 暗い部屋。コツコツと響く靴音。緊張で荒いでいる二人分の息。


 やがて中央へ到ると、一斉に壁の松明に火が灯った。マルスとエマがビクリと肩を震わせた。


「ハイハイ、肩の力ァ抜く。大丈夫だいじょーぶ」


 ただミカドだけが一人、ポケットに手を入れて悠々と笑みすら浮かべている。あとでぶん殴ってやると二人は上司を睨んでいた。

 そこへ、ズシリと空間を轟かせ、奥から何かが進み出てきた。


 石で組み上げられた体。全長は恐らく三メートル超。天井の高い部屋で尚、その体躯は巨大に感じる。

 エマが恐怖に目を見開いた。


「あ……ゴーレム……」

「ほー。思ったより楽そうだ。十分マルスでもやれる」

「楽そうとか馬鹿言わないでくださいよ」


 声を震わせてマルスがそうミカドに返した時、石人形ゴーレムが天に吼えた。

 開戦の合図だ。


「じゃっマルス君、あと頑張ってー。エマちゃんこっちこっち、下がって見物しようぜ」

「係長あんたッ──後で覚えてろー!」


 絶叫するマルスに、石の拳が振り下ろされた。ミカドに抱えられるエマから悲鳴が上がった。


「いやあっ、マルス先輩ー! ミカドさん放して、先輩死んじゃう!」

「死なねえって大丈夫。ホラ見な、当たってないから」


 ミカドの言う通り、埃の上がる床にマルスの姿はない。

 視線を彷徨わせるうち、ようやくエマの視線が捉えた先は、ゴーレムの更に上。


「こンの野郎、埃もくもく立てやがって。僕はなァ……」


 頭上に掲げた両手に、聖なる力が収束していく。巻き起こった風が赤毛を巻き上げる。

 パワーが一定熱量に達した瞬間、それは炎へ転じた。

 眼鏡のレンズが──ギラリと反射して、翠色の瞳を光らせた。


「──ハウスダストアレルギーなんだよッ!」


 両手が振り下ろされた。

 炎球が隕石の如くゴーレムに襲い掛かる。食らった石人形は一たまりもなく体勢を崩し、背中に刻まれた魔法術式が露わになった。

 それを見とめたマルスは、にいっと口の端を吊り上げた。


「ハッハァ……弱点見つけたぜ! おら燃えろ、燃え尽きろこのウスノロがァッ! アーッハッハァ!」


「ミカドさん、マルス先輩、性格変わってません?」

「見込みはあった。けどさすがに、ここまでとは思わんかった……」


 幻滅する新人エマの隣で、係長ミカドは片手で顔を覆い、深い嘆息を漏らした。向こうでは術式をゴーレムごと──否、部屋ごと焼き尽くさんと踊り狂う、ハイテンションのマルス。


「あいつ、将来堕天しそう」

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