第3話「黒猫を追え」

「ココロさんは、普段どんなことをしているんですか?」


 高層マンションでの道すがら、ミドリはココロに聞いてみた。


 ココロは「そうですね……」と宙を見上げる。


「患者さんの悩み事を聞いたり、事務処理をしたり。まぁそんな感じですね」

「どんな患者さんがいるんですか?」

「あまり細かいことは話せませんけど……お仕事などで心を病んでしまった人から、やむを得ず罪を犯してしまった人など」

「そう、なんですか……」


 自分で聞いたことなのに、ミドリは続く言葉が見つからなかった。


「大丈夫ですよ」とココロは言った。


「こういう仕事ですから、あまり踏み込んだ質問をされても困ってしまうのです。ただなんとなく大変なんだなぁとわかって頂ければ」

「なんとなくでいいんですか?」

「ええ。他人の仕事なんてそんなものだと思いますよ」


 ミドリは曖昧にうなずいた。


 公園から出てまっすぐに高層マンションに向かおうとすると、いくつも角を曲がらなくてはいけなかった。複雑に道が入り組んでおり、時おり風に混じってタバコの匂いもしてきた。ますます人気のない小路に入り込み、人も車も通っている気配がない。


「こんなところにいたりして」

「希望的観測は禁物だよ、ミドリくん」

「あ、いました」


 え、とミドリと道化の声が揃う。


 ココロが指さした先、民家と民家の間に黒猫——もとい、ペルソナがいた。前足で顔をこすっており、くぁとあくびをしている。そして、足元には道化の仮面があった。


「ほんとにいたね……」

「やれやれ、困ったお嬢さんだ」

「ペルソナはオスですけど」

「…………」

「と、とにかくペルソナちゃん……もとい、ペルソナくんを捕まえましょう!」


 そうですね、とココロが同意する。


 まず、当然ながらココロが率先して行くことになった。ペルソナ、と呼びかけて慎重に近づいていく。徐々に距離が縮まり、ペルソナが顔を上げて飼い主の顔を確認し――仮面をくわえて、民家と民家の隙間のさらに奥へと駆け出していった。


「あ、ペルソナ」

「逃げちゃった……」

「やれやれ、困った坊やだ」

「ペルソナは人間でいえば、二十歳を超えていますけど」

「…………」

「とにかく、追いかけないと!」


 ミドリたちはひとまず来た道を戻り、二回角を曲がって民家の裏へと回った。ペルソナは仮面をくわえた状態でこちらを見——またしても逃げた。


「あ、ペルソナが」


 ぽかんとした口調で言うので、あまり緊迫感がない。


 引き続きペルソナを追いかけるも、こちらを見かける度に逃げ出してしまう。さらに人ひとりしか通れないような、あるいは草木の生い茂った小路にも入っていくので歩を進めるだけでもひと苦労だった。


「ペルソナくん、すごくアクティブですね……」

「ごめんなさい」

「しかし、彼はどうして飼い主の姿を見ても逃げてしまうのかな?」


 道化の疑問はもっともだった。


「確かに」とココロも怪訝そうにしている。


「ココロさん、ペルソナくんは今までに脱走したことってあるんですか?」

「いえ。一度もありませんでした」

「ということは、何かしら事情があるのかもしれないね」

「事情ですか? 猫にもあるんでしょうか……?」

「それはわからないけれど、普段と違う行動をしていたらそう考えるのが当然じゃないかな?」

「確かに」と再びうなずく。


 やがてペルソナは、高層マンションの敷地に入ってしまった。至るところに防犯カメラが設置されており、ミドリは内心冷や汗をかいた。


「あんまり長居はしない方がよさそうだね」

「同意するね」

「ペルソナ、どこに行ったのでしょうか」


 三人それぞれの方角に目をやるが、ペルソナは見当たらない。


 手分けして探そうと提案すると、道化もココロも賛同した。


「おーい、ペルソナくーん」


 ミドリとココロはまず、マンション脇の植え込みから探してみた。その他にも駐車場、ゴミ捨て場、花壇などを探してみたが空振りに終わった。


「参りましたね」とココロがつぶやく。


「もうすぐ日が暮れてしまいます。そうなるとペルソナを探すのが大変になってしまいますね」

「そうですね。その前に見つかればいいんですが……」

「おーい、二人ともー」


 道化の声に振り向くと、彼はひらひらと手を振ってやって来た。


「ペルソナくん、見つかったぞ」

「え、ほんと!?」

「ほんとですか?」


 わっと盛り上がりかけたのもつかの間——道化が指を一本立てる。


「ただし、問題がひとつある」

「な、何……?」

「まさか、怪我をしているとかでしょうか?」


 道化は「うーん」と腕を組んだ。


「とりあえず来てもらえばわかる。こればかりはさすがにお手上げだからね」


 ミドリはココロと顔を見合わせ、首を傾げた。

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