日本人の美徳、女性の美徳


「この度の事、どうお悔やみを申し上げます」と速水穂香は線香をあげた。炎上の影響でとうとう死人が出た。

大水会長は国内外から猛批判を浴び自ら進退を決した。反発するデモ隊と記者団がもみ合い尊い命が失われた。

速水は鹿山医院を訪問した。

「令和の時代でも女が女のままであれば素晴らしいのに、という言葉がある。美徳と言われる、自分に見合わない男性を非難する言葉だ。

だが、この言葉は女性の美徳にも当てはまるだろうか言えるか。日本を代表、いや財界の重鎮が批判しているのは、そうした価値観の持ち主にとって許し難い言葉だ」

鹿山は自著で、社会学者や経営学者からの反論に辟易するほどの言葉として扱って来た。男性の価値観には女性の価値観、女性の美徳という言葉が多用されている。

その言葉に女性が耳を傾けている。そうした価値観に縛られない、もっと男性に寄りかかって、男性と意見交換しようとしている。

日本にとって美徳とはその人が社会に貢献出来るという価値観に固執することだ。それだけで人々の信頼は高まる。それには美徳があってこそ成り立っている。「男性こそ美徳」と誰もが思っているのが現実だ。女性にとって男性は、そういった人間が社会に貢献出来る男性だからである。


だが、それは違う。

速水穂香は強く否定した。


「その言葉で、女性を貶めることは許されません。貴方たちは男性こそ素晴らしい資本家という評価のもとで生きていらっしゃいますが、それを否定する権利を認めなさい」と猛批判した。


◆ ◆ ◆ ◆


――――――――――――――――――


「あの記事は女性側にも批判すべき言葉だと思います」

穂香の記事が炎上した。


―― この方の言い方はどこか間違っているように感じませんか。

速水穂香@朝売経済新聞の肩書は光速で拡散し「パヨク」という有り難くない属性がついた。そして保守系メディアの半蔵門Chに呼ばれた。


「美徳」とは、そうした価値観が有るから美しく輝くことを意味しているのです。だから自分の美を否定するのではなくて、「美を愛する」と言って下さい。あなたが自分にそれを向ければ、あなたはきっと輝けるはずです。

半蔵門Chの梨木恵梨香がこう揶揄した。

―― 自分の美を否定してくれて本当にうれしい。

穂香は皮肉たっぷりに返した。


「そんな方の言葉は受け入れるつもりはありません」と否定してくれればいいけれど、それは不可能だと思います。だってそうなら、あなたはこの方を否定する権利を得られないのですから。


そう言えば、「美を否定しなくちゃって言ったら大間違い」なんて誰かに聞いてみたくなるよね。

穂香は笑った。

最後に梨木が番組を纏める。



「何が言いたいかというと、“美を否定するのは間違っている”そうした価値観のもとに生きていることは非常に正しいことだけど、それには絶対にやり方がある、あなたにそうして欲しいのです、ということ。自分の美に自信がなくなったら、そうした価値観に囚われることはやめる必要があると言うこと。自分の美に自信を持てなくなったら、「美へのこだわり」を無しにしてもいいことはないそうです。例え私の美の美醜を否定していたとしても、どんなに頑張ってもそうではない価値観に囚われてしまわないこと」


女性の美徳って何だろう。経済は効率こそ美徳だ。

「やっぱり女性は足を引っ張っちゃだめですよね」

穂香が具申するとデスクから大目玉を食らった。


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