宇宙が転生した結果

水原麻以

壮絶!宇宙ドツキ漫才第一部

むかし、むかし、遠い観測宇宙のかなたで、二つの小宇宙コスモスが巡り合った。

二宇宙ふたりはビッグバン直後の第一期インフレーションから生まれた副宇宙サブスペースと呼ばれるものの一種である。いわば宇宙の子供といったたぐいであろうか。


それぞれは独立して恒星の卵や赤色巨星を育んでいたが齢十億年を数えて立派なコスモスとしてめいめいの人生を歩んでいた。


やがて、内部に知的文明がいくつかめばえ、超光速で意思疎通ができるようになると天文学的規模の情報網が張り巡らされ、それが脳神経系ニューロンのように機能し始めた。


コスモスは自我に目覚めた。

そしてインフレーションの勢いに乗って広大無辺な宇宙を彷徨ううちに、人生について哲学するまでに成長した。


そんな二人が渦状腕の袖を触れ合ったのはこぐま座星雲のはずれであった…


「おい、久しぶりだな!」

「お、おう?」

「元気でやってるか?」

「ま、まぁな」

どこにでもある旧友同士の再会。ただ、この両者は普通じゃなかった。

ばったり出くわした場所というのも……。

「場所」という定義に当てはまると言えるのかどうかだ。

そこは何もなかった。

広大無辺で真空の世界。チリどころか素粒子の一つすら存在しない空間。

いや、空間や時間という存在すら怪しい。

「で、お前、何やってんだよ?」

旧友が知人に近況を尋ねた。

「えっ? ふ、普通に『宇宙』をやってるよ」

知人こと宇宙A(仮名)はぶっきらぼうに答えた。

「ほぉー。じゃあ、ビッグバンとか何とか?」

旧友(宇宙B(仮名))は近況に興味を持ったようだ。

「あ、うん。いや。ち、知的生命体が生まれたんだ」

「おおーっ! おめでとう!!」

Bは知人の幸福を自分の事のように喜んだ。

「い、いや。大したことないよ。き、君だっていつか」

Aは気遣ったのか話題を切り替えた。

するとBは途端に顔を曇らせた。

「いつか、そのうち……か」

太陽風よりも強い吐息をふうっと何処からか吐き出した。

そしてそのまま押し黙ってしまった。

ブラックホールみたいな空気が漂う。

「ご、ごめんな。誰だって悩みはある」

Aは触れてはならぬ部分に立ち入った罪を謝った。

「構わないさ。お前の悩みを聞こうか」

Bは重い口をようやく開いた。

「な、悩みって……」

Aは目を白黒させた。

眼球がないから超新星爆発とブラックホールの点滅で代用した

「俺のことは気にするな。宇宙は広い」

Bは懐の大きい男だった。Aの謝罪を受け入れてサラッと水惑星に流した。

「言えよ。友達じゃないか」

「あっ、じ、実は」

Aはしどろもどろに家庭うちゅうの悩み事を話し始めた。

「実はいくつか文明が開化して宗教が興ったんだ」

「ほうほう?」

「それで、全知全能の創造主と全てを滅ぼす悪が対立してて困ってる」

「神様について詳しく説明してくれ」

「無から何でも生み出すスーパー神様だよ」

「何でも?」

「創れないものは何もないよ。だって造物主だからね」

「ほう、じゃあ、悪というのは?」

「冥界の主にして絶対虚無の死を司る必要悪さ」

そこまで聞いてBはじっと考え込んだ。

腕組みするために渦状銀河をこしらえる。星々がぐるぐると渦巻いて長さ6万光年ほどの腕が絡み合った。

「どう思う?」

宇宙Aはそんな旧友のしぐさを心配そうに見守っていた。

「そうだ!」

とつじょ、Bの宇宙に超新星が炸裂した。

「何か閃いたかい?!」

期待に夜空を染めるA。

Bはおもむろに言った。

「じゃあ、その神様と悪魔を対決させたらどうなるんだ?」

彼の意地悪な提案にAの顔は強張った。

と言っても、引きつる顔がないので代わりに適当な惑星を選んで全球凍結させた。

びょうびょうと猛吹雪が吹き荒れる。先住民たちは表情を引きつらせる。

「どうだ、明暗だろ?」

Bはリアクションを促す。Aの親友だと言いながらどうしてイケズな仕打ちをするのだろう。

実は彼は一千億年前に誕生してから今まで一度もビッグバンを迎えたことがなかった。

一般的な宇宙論によればビッグバンは空間のゆらぎから生じたという。

実はそれだけでなく近隣の宇宙と衝突することによって起きる可能性もあるらしい。

Bはそのような出会いの奇跡に恵まれることもなく今日まで過ごしてきた。

孤独を友としてこそ真の男だ。他人に依存せず、ゴーイングマイウェイで何でもバリバリとやり遂げる。

それがかっこいい男の生きざまだ。

Bは男らしい宇宙像を実践してきた。

だが、彼はもう若くなかった。

そんな強がりで自分を誤魔化せる間はエネルギーが満ちあふれていた。

宇宙としての寿命が近づくにつれ、Bは老いというものをいやおうなしに実感した。

ときどき、ポッカリと穴が開いたような自分を見つめ直して、底知れぬ恐怖に襲われる。

このまま空っぽのまま人生を終えてしまっていいのか。

そりゃ、さっきのように瞬間的な天体の創造ぐらいは出来る。腐っても自分は宇宙の端くれだ。

だが、それは出オチ芸のようなもので持続しない。やはりビッグバンを迎えた「本物の宇宙」にはかなわない。

自分はからっぽだ。

流れ星一つ飛ばない。思いつめた末に見上げ「おお、宇宙よ」と感動してくれる生命体もいない。

そして彼は自分でも気づかないままどこかひねくれてしまった。老いは残酷さを平等に運んでくる。

「な、やっちまえよ。ガツーンと!」

Aは黙って聞いていたが、ついに反応した。

「じゃあ、試してみてください!」

言うや否や、輪の冠を被った白髪男と槍のような尻尾が生えた女があらわれた。

「おいっ?!」

Bめがけて飛び込んでくる。

「うわっ、おい、ちょ、やめろ!」

宇宙Bは蜂の巣をつついたような喧騒に包まれる。

無数の星雲が咲き誇り、あちこちで宇宙戦争が勃発した。

「神様仏様どうかこの子の命だけでも「アピャラカ星間帝国に武運あれ「お願いです。病気の娘に代わってこの私を「当たれ、当たれ、ヅヴョヲ1等くじ「あーした天気ンゼヒョになぁれ」」」」」

数え切れない願い事や雑念が怒涛の如く押し寄せる。

「じゃあ、あとはよろしく」

身軽になったAは光の速さで遠ざかっていく。

「待てや! この野郎!!」

Bは必死に追いすがろうとしたが、煩悩や因業の重さが足を引っ張った。

「神と悪魔の最終戦争。結果を教えてくださいねー」

Aは他人事のようにうそぶいた。

「さては最初からハメるつもりだったな?! この悪魔め」

宇宙Bははかりごとだと非難した。

「そういうBさんこそ、ひどいイケズを言ったじゃないか。それにもう寂しくないでしょう?」

「A、お前の幸福とはそう簡単に放り出せるものだったのか?」

「俺はBさんみたいな生き方に魅力を感じたんですよ」

「おいっ! これをどうにかしろ」

Bは騒ぎ立てる星々に殺意すらおぼえた。

「どうにかしろだって? Bさんが望んでいた幸福じゃないですか?」

「コレジャナイ!」

Bは涙目で追いかける。

Aはインフレーションをぐんぐん加速して観測可能な宇宙の瀬戸際で振り切ろうとした。

そして、Bは渾身のタックルをぶちかました。

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