Consciousness

 降り立った過去は、皮膚で、視覚で、嗅覚では懐かしいと感じるものの、脳ミソがそれを理解しない。カラダはたしかに一度はこの季節を過ごしただろうが、わたしはこの時、既に殺されていたのだから。


 腹から妾を掻き出して、閉じ籠もっているあの男の元を訪ねた。腑抜けになっている奴を惚れさせるなど、造作もないことだった。

 奴がについて、被害者ヅラをして語るのにはハラワタが煮えくり返ったが、おくびにも出さずニッコリ微笑んで聞いてやる。

 それに、奴の話すことといえば、姉、姉、アネ……気のある女を前にして、(奴にとっては)違う女の話ばかりするなんて、コイツは相当にマイッている。

 そうしてみると、成程、センセイの言っていたことがわかる。奴も妾も、互いのことで脳ミソをいっぱいにして、それ以外は何んにも考えられない。これを愛と呼ばずに何と呼ぼうか。妾たちはこれ以上無いほどに強く惹かれ合っているのだ。


 奴と接していると、カラダに染み付いた記憶がシャボンのように浮かんでは弾ける。奴との会話は過去の再現リプレイだ。奴が何を思い何を口にするのかは既に決定している。妾は記憶の中にいるを模して演じればいい。



男   僕は怖いんです。姉と一緒に僕の本質まで失われてしまったようで……。

女   そんなことを仰らないで。アンタは今こうして妾と一緒に居るじゃアないか。


      女、男の肩に頭を預け、指先で男の腕をなぞる。


女   アンタはいつもの話ばッかり。妾のことも少しは構ってくれないのかい?

男   アッ、すみません、そんなつもりじゃ……。

女   冗談サ。ちょっとイジワルしただけだよ。でも、アンタはもう少し自分のことを考えたほうが良い。アンタの言い分じゃ、やっとその姉さんから自由になったんだろう? だったらもう姉さんのことは忘れて、別なことを考えようじゃないか。

男   例えばどんな?

女   そうさねエ……例えば、子供とか。

男   こ、子供?

女   そう、アンタと妾の子供。子供でも出来れば、毎日が忙しくってキット姉さんへの恐怖も忘れるサ。


      男、女の肩をそっと押し返し、黙る。


女   ……どうかしたのかい?

男   ……僕には父も母も居りません。そのことを嘆いたことはありませんが、自分が親になるというのはどうも想像イメージできないのです。……母は、僕を生んですぐ死んだ母は、こんな僕のことを誇りに思ってくれるのでしょうか。それとも、僕の存在を恥じているでしょうか。

女   母様はキット、アンタを愛していたさ。



 その言葉は、あながち嘘でもなかった。妾は奴を、奴は妾を、そう、愛しているのだから。これから妾のはらに宿るお前を、妾は愛するだろう。



 斯くて、その日がやってくる。妾の次の命が芽生える日。

 その日の奴の心中こころうちだって、妾には手に取るのようにわかるのだった。

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