9 決心

「これで二人は元通り、と」

 ピンクのバラの花束を持った碧が、葵の元に駆け寄って劇的に仲直りするシーンが書けた。ここからは、邪魔は入っても、ことごとく二人が跳ね返して進んでいく爽快ストーリーになるから、また人気は戻ってくるはず。

 投稿サイトに明日の朝七時に公開予約して作業終了。今日は珍しく図書館では書き上がらず、自宅で深夜までかかってしまった。


 書きながらも、美郷に言われたことが心の中にトゲのように刺さっていた。

 どんなに胸きゅんな話を書いても、本当のところはわかってないんだよな。恋人になってキスをして、その先に何があるのか。想像で書いているだけで、何にもわかってない。


 よしのんさんは、どうしてたかな。

 机からベッドに移動し、仰向けになってSNSの画面を開いた。


よしのんさんのツイート「今日は、会社帰りにお姉ちゃんと赤坂でご飯食べてきました。最近ちょっと元気なかったけど、美味しいパスタ食べて、お姉ちゃんパワーもらって復活!」


 よしのんさんは、まだ落ち込んでいるな。ツイートには元気になったように書いているが、なんとなくわかる。

 SNSに添付されているレストランの料理の写真には、グラスに添えたきれいな手が映っていた。すっと細くて華奢で。こういう人は、どんな声をしてるんだろう? いろいろなアニメ声優の声が頭の中で思い浮かぶが、どれも違う気がする。

 会いたいな。会って直接会話がしたい。


 もし、会いましょう、と申し込んだらどうなる? きっと、いいですよと言ってくれる。でも、会ったとたん『え、高校生? 今まで私を騙してたんですか?』と言われるだろう。女の子とキスしたこともなさそうなダサい高校生が何やってるんですか、と。

 頭を抱えて丸まった。


 きっと、嘘つきと一緒にコラボ小説なんて書けません、と言われる。そうしたら、連載中止になってしまうだろう。せっかく仲直りしてこれから幸せになるはずの碧と葵が、バラバラのまま。

 なぜか切なくなってきた。葵は幸せにならないといけないのに、それじゃ可哀想すぎる。よしのんさんとコラボしているうちに、いつもの作中人物以上に感情移入していたようだった。


 碧と葵のためにも、連載が終わるまでは会えない。この関係は壊すわけにはいかない。


***


 土曜の昼時のファーストフード店は満席だった。俺と小坂は、どうにか店内のカウンター席を確保したが、凍えながら外のテラス席で食べている連中も大勢いる。天気がいいとはいえ、十二月のオープンテラスは寒かろう。

 今朝投稿した章のコメントをチェックするために、ずっとスマホの画面に集中していたから、小坂の話は半分も聞いていなかった。


「……付き合うことにした」

「ふーん。そうなんだ」

「お前、聞いてる?」

「え、何?」

 改めて問い詰められたので顔を上げて小坂を見ると、いつになく真剣な表情をしている。


「もう一回だけ言うぞ。石沢と、付き合うことに、した」

「え、えええー!!??」

 予想していたこととはいえ、改めて本人から言われると驚く。

「マジか?」

「マジだ」

「も、もうキスとかしたのか? まさかそれ以上も、いたしたのか?」

「真顔で聞くな。まだしてない。ていうか、してもお前なんかには言わん」

「なんでだよ」

 ストローでソーダを吸い込んで、心を落ち着かせる。


「どっちから告白したんだ?」

「石沢から告白された。慰めてくれてありがとう。優しいんだねって」

 そうか。振られて落ち込んだ時に慰めてくれた人に惚れるって、本当にあるんだ。やっぱり勇気を持って行動した奴は幸せになるってことだよな。


「それで相談があるんだが」

「何だ?」

「付き合うって、どうしたらいいんだ?」

「……?」

「いや、俺、中学の時から彼女がいたことないからさ。女の子と付き合うって、どうしたらいいのかわかんねえんだよ」

「マジか?」

「だからマジだって言ってんだろ!」

 また頭を掴んで締められた。

「いてててて。店の中で暴れるなっての」

「と言っても、お前も彼女なんかいたことないだろうから、相談しても無駄だよな」

 小説の中では経験豊富だぞ。いろんなデートコースや口説き文句のストックも、数十本は持ってるからな。そんなことは言えないが。


「ああ、デートするたびに、内心で美郷と比較されるかと思うと気が重いぜ」

「それは気の毒だな。まあ、デートコースくらいは教えてやらなくもないぞ」

「なんで彼女もいないお前がそんなこと知ってるんだ? ははあ、バーチャル彼女と妄想デートだな」

 鋭いな。当たらずとも遠からず。

「たとえばこんなコースとかどうだ」

 以前小説を書く時に、デートコースの設定を調べたメモを見せてやろうとしたところで、メッセージが入った。

「あ、すまん。メッセージが来た」


よしのん> 水晶さん! ランキング見ました? もう少しで表紙のトップランキングに入りそうですよ!


「はあ!?」

「どうした?」

「いや、なんでもない」

 あわてて投稿サイトのランキングを見ると、「あおとあおい」のよしのんさん連載分は、恋愛ジャンルの十二位まで上がっていた。


「マジか!」

「だから、何がどうしたっての」

「いや、何でもない」

「いい加減にしろよな!」

 小坂からスマホの画面を隠しながら、メッセージの返信を書く。


水晶> やりましたね! やっぱり、苦しい展開を抜けたら人気は戻って来るって。言っていた通りになりました。

よしのん> ここまで挫折せずに続けてこられたのは、本当に水晶さんのおかげです。ありがとうございます。


 小坂は、自分のスマホで何やらメッセージを送り始めた。大方、石沢さんと次のデートの約束でもやりとりしているのだろう。幸せそうに顔がにやけ切っている。


 俺も、この連載が終わったら告白しよう。


 たとえ関係が終わってしまっても、全てを明らかにして、好きだと伝える。勇気を持って行動した奴でなければ、幸せにはなれないってことだよな。

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