由佳と智子

「由佳はわかりやすいね」

「そうなのか」

「たく、鈍いやつ」


 恵梨香が言うにはすべて計算づくだったと言うんだよね。


「確認するけど由佳と智子は仲が良かった?」


 う~ん、良く知らない。仲が悪かったとも聞かないけど、特別仲が良かったとも聞いたことがないぐらいかな。智子の交友関係で仲が良かったと思うのはやはりブラバン仲間だと思うよな。あれだけ連日連夜、遅くまで練習していたら他に友達作るのも大変そうだし。


 由佳は帰宅部だし、由佳と智子が同じクラスになったことは・・・そりゃ九年間も同じ学校に通っていたから一度ぐらいはあると思うけど、顔見知りプラス・アルファぐらいが妥当と思う。


「だったら一人で入って来るのが不自然だよ。まだ出来たばかりの塾にわざわざだし、本当に仲が良ければ最初から入ってるさ」


 言われてみればそうかもしれないけど受験生だし、


「それは入塾の建前だろうし、それも理由にあったと思うわ。だけどさ、由佳は聞いたんだと思うよ、あんたが入ってること。そんなもの秘密でもなんでもないし」

「じゃあ、由佳もボクを追っかけて」

「ああ、智子よりはっきりしてるし、積極的だったってこと」


 由佳が入ってきて、智子との夜のデートが消滅したけど、帰宅ルートが変わったのは何故だったんだろう。由佳だって駅前の交差点まで回っても帰宅時間も距離も変わらなかったのに。


「それは誤算があった気がする。由佳の最初の計算は智子の家まで三人が一緒で、そこから二人になるのが狙いだったはず」


 それが自然だものな。


「その商店街を出た県道のところで由佳は当然のように直進しようとしたんだろ。ひょっとしたらクルマが通ってなくて、すぐに渡れる状況だったかもしれないね。そこは信号がなかったんだろ」


 そうだったかもしれない。由佳はそれまで三人が駅前の交差点まで一緒だったのを知らないはずだし。


「そうなっても能天気なあんたは山岸と駅前の交差点に向かうしか考えないだろ。困ったのは智子だと思うよ。由佳に付いていかないと不自然じゃない」


 その日はそうなっても、次回から智子が事情を話したら元のルートに戻るはず。


「だから智子と由佳はそれほどの友だちじゃなかったのさ。もう少し言えば、ほんの少しだけど遠回りになるし、その結果であんたと二人になる時間が、ほんの少しでも長くなっていたのを由佳に知られたくなかったんだと思うよ」


 直進しても二人になる時間は出来るけど、これは帰り道の必然ぐらいかな。駅前交差点まで回っても時間はあまり変わらないとはいえ、そういう不自然なルートを取っているのを智子は由佳に知られたくなかったと見るのか。


「でもだよ。山岸は智子のブラバン仲間だから、あれぐらい寄り道して見送っても不自然とは言えないんじゃないかな」


 恵梨香はニヤニヤしながら、


「視線を変えなよ。智子は真剣だったんだよ。あんたの言葉を信じれば山岸の方が人気があったじゃないか。由佳が来るまで女は智子だけだから、その寄り道の目的は山岸と少しでも長く一緒にいたかったと受け取られかねない」


 そう言うけどブラバンの練習は鬼のように長いから智子と山岸は放課後はずっと一緒じゃないか。


「わかんないかな。智子の目当てはあんたなんだよ。あんたに山岸目当てと思って欲しくなかったんだよ。それとだよ、どっちを通っても智子の時間が無くなるのは一緒じゃないか。それだったらあんたと由佳が二人になる可能性を低くする直進ルートにしたと思うよ」


 そこまで智子が考えていたとは思えないけど、


「考えてたさ。エエ加減、智子が超絶美少女の聖女でモテモテ幻想を振り払ってくれないかな。地味なもてない女の精いっぱいの愛情表現だよ」


 恵梨香が言うには由佳に対して智子は危機感をもっていたはずだって。


「由佳って明るいタイプだったんだろ。少なくとあんたに対してはそうだったんだろ。地味な暗い女は、そういうタイプの女にコンプレックスを抱きやすいもんさ。もし由佳があんたに興味を示したら敵わないぐらい」


 そんなドロドロした感情をあの二人が持っていたとは信じられないけど。ここで恵梨香はスマホの地図を開いて、


「ここが智子の家だろ、玄関はどこだったんだ」

「行ったことがないから知らないけど、市道側のはずだよ。こっち側は自販機が並んでたはずだから」


 智子の家は三階建てのビルだけど、角に立っていて一階は店舗で、三階が住居で良いはず。だって三階に障子が見えたもの。


「由佳は誤算の修正をしたんだよ。あんたの言う通り、まともに走れば直進した方が早くなるじゃない。だから時間調整をやったはずだよ。そう智子の家の玄関なり勝手口みたいなところから市道の交差点を見てたで良いはず」


 だからいつも再合流できたのか。


「結果的に由佳にも良かった気がする。あんたと再合流しているのを誰にも見られずにすむし、智子にも知られない」


 恵梨香の言いたいことはわかる気がする。まだまだ青かったから、男女が二人きりで話してるだけでも噂になるだけでなくて、冷やかしの対象になってた時代だもの。あの辺は住宅街になってるけど、あの時間帯に歩いている人はまずいなかったし、市道はともかく由佳と二人きりになる最後の帰り道はかなり暗かったし。


 恵梨香の推測は事実関係を説明するのに矛盾はないと思うけど、根本的なところで実感しにくいんだよな。そこまで競われるほどの男とするのは無理がアリアリなんだもの。


「智子にはあんたしかいなかったから。由佳は既にオンリー・ワンを探せるようになってたからでイイはずよ」


 中学から高校はとくにだけど、ほとんどの者がナンバー・ワンを目指すとは、上手い説明だと思うよ。何人かの旧友に聞いたことがあるけど、好きだった異性が殆ど同じだったもの。全員とは言わないけど、美女番付そのものが多数派で良さそう。


 大学に進んでもナンバー・ワンが嫌いになるわけじゃないけど、ナンバー・ワンがお相手できるのは一人だから、ナンバー・ツー以降というか、もっと広い目で相手を探すようになるぐらいかな。


 この辺は女の方が早くて、容姿を妥協して優しさとか、一緒にいる楽しさとか、もっと現実的な連中になると将来性とかも評価に入ってくる感じ。まあそこまで単純じゃないし、個人差が大きいところだけど、恵梨香の言うオンリー・ワンとは、他人の評価より自分の評価を重視してるぐらいで良さそう。


「あんたもオクテのわりにオンリー・ワン評価だけは早かったみたいだね。とにかく由佳のオンリー・ワンはあんただったんだよ。理由は本人に聞いてくれ」


 オクテは自覚してるけど、たしかに高校のナンバー・ワンには興味がなかったのは間違いない。成人式の時にいわゆるナンバー・ワンとたまたま話をする機会があったのだけど、高校時代も話をほとんどしたことがなく話題に困って。


『そういえば三年の時に同じクラスでしたね』


 そりゃ六人しか女子がいなかったから覚えてたけど、えらい睨まれて、


『一年から三年まで同じです』


 そう言われてやっと思い出した体たらくだった。それにしても、どうして話しかけられたのかこれも謎の一つだ。


「あんたらしいよ。話を戻すけど、後のあんたは由佳の掌の上でひたすら踊らされたでイイと思うよ」


 由佳がどこまで知っていたかは不明だけど、由佳の行動によってボクの心は智子から由佳に見る見る傾き、由佳しか考えられなくなってたぐらい。智子は知らなかったんだろうけど。


「知ってたよ。智子だって必死だからね、由佳があんたと再合流するタイミングを計ってるなんてすぐにわかるさ。ああいう時の女の勘はすごいんだから」

「でも智子は何も言わなかったけど」

「だから全部知ってたになるのじゃない」


 智子は高校に入ってから一度も由佳の話をしなかった。ボクがしなかったせいもあるけど、あの塾時代の話を一切しなかったはず。それどころかユニの美佐江も含めて他の女の子の話題もおくびにも出さなかっった。恵梨香が言うにはコンプレックスの裏返しに違いないって言いだした。


「自分に少しでも自信があれば念押しするために一度ぐらいは持ち出すもんなんだよ。持ち出して自分に気持ちがあるのを確認する感じ。持ち出さなかったのは、そんなわずかなキッカケでも焼け木杭に火がつくのが怖かったからよ」


 恵梨香の話がどれだけ正しいかに相変わらず疑問はあるけど、当時のボクにオンリー・ワン評価されるほどの価値が本当にあったのかな。


「結果から見るだけでイイよ。あんたは智子と由佳から想われてた。由佳なんてバリバリじゃない。これはあくまでも『イフ』だけど、智子と由佳の高校が入れ替わっていたら、かなり人生が変わっていた可能性があるよ」

「変わるって?」

「由佳のファースト・キスとバージンが堪能できたってこと」


 だから言い方がモロすぎるって。そりゃ、告白して交際した延長線上にそれはあるし、男だから欲しいに決まってるけど他に言いようがあるだろ。


「でもね由佳も智子と同様で、待ち時間が長いのよね。女だって好きになればアレを目指すし、高校でも経験してるのは少なからずいるけど、やっちゃうと後が大変なのよね」

「妊娠とか」

「それもあるけど、高校生ぐらいじゃ、その次の目的がなくなっちゃうぐらいかな。その辺は社会人でも同じようなところがあるじゃない」


 なるほどね。肉体ではあれ以上に関係を深められないぐらいかな。肉体であれ以上となると、元嫁が不倫で燃え上がった状態になるのもあるけど、その辺はどうかな。


「ああ、あれ。あれはそう簡単になれないと思うよ。不倫とかなら、すべてをお互いにさらけだして、ひたすら快楽を追及するけど、本当の恋人相手にするのは難しところがあるからね」


 今日の話は危ないな。でも言わんとするところはわかる気がする。本当に大事にしたい恋人相手に、そう簡単に一〇〇%は求められないと思う。アレのやり方で嫌われたらどうしようもあるものな。


 元嫁がボクには嫌った口もそうだし、おもちゃを持ち出したり、後ろを求めるなんて変態行為と思われのが怖くて、普通はやらないだろ。口ぐらいならありかもしれないけど、他となるとよほど嗜好が一致しないと、使わないカップルが殆どの気がする。


「恵梨香だって口ぐらいならともかく、後ろとなったら絶対拒否だよ。おもちゃだって嫌だよ。相手をぶん殴って帰る」

「気を付けるわ」

「あんたとは無いから心配してないけど」


 どうも話が今日は脱線するな。


「いずれにしても青い甘酸っぱい恋だったってことだな」

「そうなんだけど・・・」


 恵梨香が珍しく考え込んでる。


「なんか嫌な予感がする。嫌と言っても災難というか、怪我したりじゃないけど、あんたに何かが起こりそう」

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