冒険者ギルドは難しい

 ファンタジーでもSFでもRPGっぽい世界にはナンチャラギルドなんてものがあって、主人公がそこに所属してどうたらこうたらって話がよくあります。ギルドというと日本語では一般に同業者組合などと訳されたりして、一つの業種の職人などによって構成される利益団体として理解されていると思います。

 ファンタジー世界では作品によってはこれが超国家的な組織でいかなる国家の影響も受けない中立的な云々とかスゴイ団体だったりしますが、果たしてそんなものがどうやって設立したのかと言うとそこまでの説明がある作品はあまりなかったりします。まあ、実際にそういう団体の説得力のある設立過程を考えるのは無理に近いんでしょうね。


 ギルドというものがどういう風に成立していったのかを史実の上で見ると、最初は大商人の寄り合いのようなものでした。王や領主といった特定の支配者が居ない都市国家で、その都市の発展に寄与した大商人たちが、その都市の統治機構である市議会において発言権や影響力を高めるために設立したものが最初だと言われています。

 利益団体であるという点では間違っていないのですが、設立過程やその実態を考えると、「組合」というよりは「政党」といったおもむきの方が強かったと思います。


 商人ギルドが市議会を・・・つまり一部の大商人たちその都市国家の政治を牛耳るようになると、当然ながら割を食う人たちが必ず出て来ます。そして、アッチが団体でまとまってるならこっちもまとまってやろうじゃないかと、大商人たち以外の者たちが反発し、同じような団体を設立して対抗しようとします。そうした経緯で誕生したのが各職業別の手工業ギルド(同職ギルドとか職人ギルトともいう)たちでした。

 手工業ギルドは商人ギルドと激しく対立(ツンフト闘争)し、結果的に市議会に代表者を送り込む権利を認めさせたりと、互いに妥協点を見出して共存していくようになっていますが、失敗して手工業ギルド側の代表者が処刑されて大商人による寡頭かとう政治が維持されるケースもありました。


 ただ、こうして当事者である事業者がギルドを結成して団結できたのは、おおむね専制君主の存在しない共和制都市国家での話です。


 王、あるいは諸侯といった領主が専制政治を行う世界においては領主以外の者が影響力を持つことは基本的に許されません。ましてまつりごとを自分たちの都合の良いようにしようなど目論む存在などは専制政治体制にとって邪魔以外の何物でもありませんから、上述したような政党的性格を持つギルドの存在は認められるものではないのです。


 しかし、商人喧嘩せずと言います。たとえばギルドが寡頭政治を行っていた都市が他の貴族の領地になってしまったりしたら、ギルドの大商人たちは新領主と争うことなく取り入って自分たちの地位や利権を護ろうとするのが普通です。また、領主の側も新たな領地を上手く統治するために、使えるモノは便利に使おうとするものです。

 実際、ギルドは自領の産業を保護・育成するためには便利な存在でもあります。自由貿易なんてものに頼っていれば、自国の産業を他の経済強国に飲まれてしまうのは当たり前の事。自国の産業を育て自国を栄えさせるためには自国の産業を他国の競合相手から保護してやる必要があります。そのためにギルドを認めて、あるいは組織して自国の産業を囲い込むのは経済政策としては当たり前の手なのです。


 そこで利害が一致すると領主が領内でギルドの設立を認めるということが起こります。ただ、この場合のギルドは一つの領地の一つの業種に対して一つのギルドという独占状態になります。そうでなければ産業保護・育成という目的を達成できませんからね。政党・結社のように自由に設立したり解散したりといったことは出来ません。

 ギルドは領主の承認のもとに設立され、その正当性が担保されるわけですから、ギルドは領主の意思に沿うように、その統治を援けるように動くことになります。自治政府の外郭団体、あるいは独立行政法人というような役割でしょうか?


 逆にそうではない、領主の統治を受けない独立したギルドを設立しようとしたとしても領主が認めることはありません。それは領主の権威を否定することであり、領主の統治にとって邪魔以外の何物でもなく、存在そのものが犯罪とされてしまうでしょう。

 それこそ、ツンフト闘争で敗北した手工業ギルドのように、主要な関係者が軒並み捕えられて処刑されることになりかねません。


 それが既存の、国外で設立し既に強い地盤を持っているギルドが「アナタの領地で営業させてください」と言ってきたとしても、領主はまず認めないでしょう。認めるとしたら領主が対抗できないほどの力をギルドが既に持っているか、あるいはギルドが領内ではその領主の統治に従いますと約束した場合だけです。当然ながら、それでは「どの国の影響も受けない中立的な立場」などという存在ではいられなくなります。


 商人ギルドや手工業ギルドといった堅気かたぎな業種のギルドでさえそうなのですから、冒険者などはギルドの設立自体がまず無理です。


 冒険者…武器や魔法を使ってモンスターと戦う人たちだが、報酬次第で郵便でも護衛でも採取でも捜索でも何でも請け負う。ハッキリ言いましょう。これはもうどう言いつくろっても傭兵でしかありません。「冒険者は戦争には加担しない」とか言っても、傭兵かどうかと戦争をするかどうかは別問題なので意味のない主張でしかありません。

 「冒険者が傭兵ではない」という主張は、「自衛隊は軍隊ではない」と言っているのと同じくらいの説得力しか持たないでしょう。実際、湾岸戦争以降世界各地で活躍が注目されるようになった民間軍事会社の実態は「現代の傭兵」そのものですが、彼らは名目上は単なる「警備会社」です。「戦争はしない、警備を行うだけだ」…彼らはそういう建前で、「傭兵ではない」という立場を保っています(「傭兵」は多くの国で非合法となっており、国際法の保護も受けられない。)。法律上、彼らは傭兵ではありませんが、戦場では彼らは“敵”から傭兵と見なされます。


 傭兵、あるいは冒険者の何が問題になるかと言うと、彼らが武力集団であることに尽きます。

 報酬しだいで依頼を受け、武力を用いて戦う存在…それは統治にとって全く邪魔な存在です。たとえ領主に従うと誓いを立てたとしても難しいでしょう。


 そもそも安全保障は統治者が統治者たるためのアイデンティティそのものです。国民の安全を保障するからこそ、王や諸侯といった貴族は領民たちに偉そうに振舞えるのです。傭兵や冒険者のやること、武力を使ってモンスターを退治するという行為は領主が保証すべき安全保障の仕事そのものであり、傭兵や冒険者がやっていることは領主の仕事を横取りする行為でしかありません。

 実際、中世欧州では狩猟でさえ貴族のみに許された行為であり、貴族か貴族のお抱えの猟師でなければ山林から出て来る害獣を駆除することさえ許されなかったという事例さえありました。


 それなのにもしも冒険者みたいな傭兵連中を野放しにすれば、「年貢ばっかりとって守ってくれないような領主様なんか居なくても、冒険者がいてくれればそれでいいや」ってことになってしまいます。そんなことになったら領主の面子は丸つぶれ、民衆は領主の権威を否定し、領主の統治を受け付けなくなってしまうでしょう。


 王侯貴族にとって権威は生命線なのです。


 その生命線を脅かす冒険者や傭兵など、ましてそれが徒党を組んでギルドを設立するなんて認めるわけがないのです。

 認めるとしたら、領主の完全な支配下においてのみでしょう。そして依頼報酬はギルド(または領主)の総取りで、ギルドで働く職員や冒険者・傭兵は領主の家来としてのわずかばかりの年俸を受け取るという形になるのが妥当ではないでしょうか。

 下手したら、冒険者の仕事の大半はモンスター狩りではなく、ギルドに加盟しない野良冒険者狩りになるかもしれません。


 そんなもの…もはや「冒険者」ではありませんよね。


 ですが、王侯貴族にとって自分たちの制御下に無い武力というのは脅威にしかなりません。傭兵は戦争をするには便利な存在ですが、平和になれば邪魔になりますし、解雇され失職した傭兵は存在するだけで犯罪者として扱われます。

 史実のランツクネヒトなどの傭兵たちも、戦争が終わって解雇されたら次の雇口が見つかるまで、どこにも定住できずに欧州中を彷徨い歩かねばなりませんでした。彼らは武器を持って町に入ろうとしただけで捕まることすらあり、失職中は人目を避けて行動しなければならなかったのです。


 そうした傭兵たちの境遇を改善しよう…としたかどうかは知りませんが、特定の領主たちに雇われなくても食っていけるようにしようとした傭兵隊長が居ました。傭兵が統率を欠きやすいのは報酬の不払いが多く、略奪に頼るほかない。収入が不安定だから生活も安定になり、当然上官の言うことなど聞かなくなってしまう。そして平和になるたびに解雇され、生活の保障がないからだ。なら、自分たちで安定した収入源を確保できれば、特定の領主に依存しなくても傭兵は傭兵のままでいられる。


 これはファンタジー世界の冒険者ギルドそのものではありませんか?


 ですが、この試みは成功しませんでした。いわば領地を持たない領主になろうとした傭兵隊長は、大活躍したにもかかわらず結局、雇い主であった皇帝の命によって暗殺されてしまいます。


 結局、統治者のコントロールに無い軍事力というのは邪魔であり脅威なのです。そのような存在を王侯貴族はもちろん、共和制民主主義の都市国家であってもまず認めることはありません。は、設立するはずがないのです。


 成立するとしたら、だけでしょう。すなわち、冒険者が集まって団体を設立し、勝手に「ギルド」と名乗るパターンです。

 「ギルド」は名乗っていませんが、そうした存在は歴史上珍しいものではありませんでした。ただ、そうした集団が世の中でなんと呼ばれているかご存じですか?


 「ギャング」です。


 アメリカのマフィアと言えば多くの人が思い浮かべる有名人アル・カポネ…彼は若いころは酒場の主人をしていました。喧嘩して顔をナイフで傷つけられ、「スカー・フェイス」とあだ名が付けられたのはこのころです。

 彼は酒場で酒や料理を振舞っていましたが、扱っていたサービスは他にもありました。実は報酬次第で様々な問題を解決していたのです。依頼を受けると店に出入りしているたちにその仕事をアウトソーシングし、報酬からいくつらかの仲介手数料を受け取っていました。時には自分で依頼を遂行することもあったようです。

 依頼の内容は探し物などもありましたが、多くは復讐の代行のようなものでした。相手の腕を骨折させるなら何ドル、痛めつけるだけなら何ドル、殺すなら何ドルと言う風に依頼内容に応じて報酬も相場が決められていたので、アル・カポネのところには素人でも依頼しやすかったようです。

 どうです、ファンタジー作品の「冒険者ギルド」そのものではありませんか?


 アル・カポネはそうした商売を通じて人脈を広げ、禁酒法時代にその人脈を使って莫大な利益を上げ組織を作り上げていきましたが、その組織がどうなったかは説明するまでもないでしょう。


 そうした組織は既存の統治機構…政府や領主たちとは必ず対立する運命にあるのです。そして、敗れて潰されるか、飲み込まれて隷属を強いられるか、あるいは勝って国そのものに取って代わるしかありません。

 いかなる国の支配も受けない中立的な自由な武力集団…そんなものは政治原理には絶対に当てはまらないし、原理に背く以上は成立するのは極めて難しいのです。現代の傭兵である民間軍事会社だって、法律による規制からは逃れられませんし、彼らは自らのが違法とされて政府に潰されたりしないよう、構成員一人一人の言動にも細心の注意を払っています(「自分たちの事を傭兵とは絶対に言うな」とか…)。


 逆にそういった現実的な政治原理とかを踏まえたうえで、冒険者ギルドが設立されていく過程を考えて物語にできたら…もしかしたら面白いかもしれません。

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