6/6 新しい朝が来た!

 学校の近くの公園で文兎くんと自転車を貸してくれた男が遊んでいるのが見えた。

「ちょっとー、なにしてるのー」

 近づいていくと、男が私に手を振った。馴れ馴れしいな。

「いや文兎が学校嫌だって言うからさ。俺もどうせ遅刻だし、だったらサボろうかと思って。大丈夫。怪我とはかはないよ」

「そうなんだ」

 文兎くんは別人のように無邪気な笑顔なのだけど、男が見ていない時だけ、とてもきつい目つきで私を睨んでいる。勘弁してほしい。

 どうしてくれるんだ、みたいな感じなんだろうな。でもそれはこっちのセリフでもある。

 はー、なんか、だるー。

「私も学校サボる。なんか、学校行く気分じゃなくなっちゃった」

 文兎くんの手を引き、私は歩き出した。

「自転車、ありがとうね」

「おうよ。なんか、あんまうまくいかなかったのか。まあ、気を落とすなよな」

 その優しさはわかるけど、今の私には迷惑だった。

「ありがとうね。じゃあね」

 その後は、文兎くんとは一言も口を聞かずに、家まで歩き続けた。


 リビングで、ぼーっとしていた。朝食べられなかったご飯を食べながら。文兎くんはひたすら赤い宝石を見つめて、たまに呟く。

「この石さえうまく機能していれば。くそ」

 そんな戯言を聞きながらいつの間にか私は眠ったらしい。チャイムの音で目が覚めた。

「はーい」

 寝ぼけたまま思う。多分、母だろう。時計は夜の九時で、いつもより一時間くらい早い帰宅だ。

 ちょっと速すぎるな。と思い、インターホンでしっかりと確認すると、見慣れないスーツの二人組がそこにいた。

 凸凹コンビ、と呼ばれているだろうな。と勝手に推測する。その二人は、身長と体重がまさしく凸凹だ。カメラ越しでもわかる。

「すみませーん、私たち、大天使昇格試験の担当をさせていただいてるものでして、このままでも差し支えなければ、本日のテスト結果をご報告しようかなと思っておるんですが」

 背の低い太ったほうが高い声でいう。文兎くん関連の内容だろうと目配せをしようとしたけど、文兎くんは目と耳を塞いでいた。あまりにわかりやすい現実逃避。しょせん、子供だ。

「はいどうぞ。そのまま結果をお願いします」

「かしこまりました」

 小さい太ったほうが返答をして、細くて長いほうが点数を言う。

「本日の結果は、測定不能でした。現時点では不確定な要素がありますので、その要素が確定し次第、再度連絡させていただきます」

 細くて長い男は低い声でそう言って、お辞儀をすると、それっきり黙り込んだ。

「あ、そうですか。だったら、今来なくてよかったんじゃないですか?」

 ちょっとだけ不機嫌な私は、少し意地の悪いことを言う。決まってからくればいいのに。その疑問には背の低い太ったほうが答えてくれた。この男、結構いい笑顔をする。

「毎日、この時間に点数を報告するのが決まりとなっておりますゆえに、ご了承を願いたいと思います」

「はあ、左様ですか」

 インターホン越しの二人は小さくお辞儀をして、どこかに帰って行った。

「文兎くん、点数未定だって。わかり次第またくるみたいだよ」

 塞いだ耳を無理やりこじ開けて伝えてやると、げっそりとした顔で呟く。

「マイナス点がつかなきゃいいけど」

 そんな言葉があまりに下らなくて、部屋に戻って母を待たずに眠ることにした。はあ、馬鹿らしい。




 ピピピピ、ピピピピ。

「は! デジャブ?」

 なんだろう。こんなことが前にもあったような。

「昨日、実際にあったんだよ」

 私を見下すように銀髪の男の子が立っている。

「もしかして、遅刻?」

「ああ、そうだ」

「なんで起こしてくれないの!」

「ふふ、笑いたければ笑うがいい。俺も今起きたばかりだ」

「つまらない!」

 笑ってる暇もなく昨日と同じように文兎くんを追い出して着替える。リビングにはまた朝食が準備してあるが、手をつけずに家を飛び出した。

「文兎くん、今日はなんか余裕じゃない」

 昨日はあんなに遅刻は許さないと言ってたのに、今日はさっぱりだ。

「ああ、もう、諦めてる。昨日のあの失態。もうだめだよ」

 なっさけない。けどそんなのは無視して自転車に乗り込み、走り出す。

 せめて、ホームルームに間に合わせなきゃ。

 が、少し進んだところで、やけに見覚えのある車が私の前にやってきた。

 車のドアが開く。

「あら、今日も遅刻? じゃあ急がないとね」

 昨日のお姉さんが、昨日と同じような姿で私を迎えにきてくれていた。無意識に後ろの席を確認すると、黒い塊はなくなっていた。

「お、お姉さん!」

 生きていた。私が助けたんだ。そう思うと、目頭が熱くなった。

 文兎くんは心底驚いた様子で、私を見ていた。どうだ。驚いただろう。

 固まる文兎くんと、大はしゃぎする私を、お姉さんは優しい笑顔で見つめている。

「本当に迎えに来てくれたんですね、私てっきり……」

 それ以上何も言えない。代わりに涙が溢れてきた。

「そんなに、どうして泣いてるのよ」

 お姉さんがそんなことを言う。私は理由なんて話したくなかった。そもそも、分かってるくせに。

「お姉さんに今日が来て、私、嬉しいんですよ!」

「うん、私も嬉しいな。なんだか、新しい朝が来たって感じがする」

 車内には、相変わらずStairway to Heavenが流れていた。




                           新しい朝が来た! 完

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