僕たちのエンドロール ②

 日本に生まれて16年の月日がたった。

 もう少し早く転生した魔女様に会いに行きたかったのだが、新幹線を使わなければならない距離で両親への言い訳も思いつかなかったので、また少し待つことになった。五つほどの県境をまたぎ、そこに住んでいなければわざわざ下りないような駅に降りる。数分ほど歩くと河川敷の広場で、小学生が野球をしていた。

 坂に座りぼんやりとそれを見る。男女混合のチームで、目立った戦績を上げる女の子の一人に目がいった。ショートヘアの12歳くらいの子で何度もヒットを打っている。

 やがて試合が終わり、挨拶をした後、その女の子がこちらへかけてきた。そして僕の隣に座り、川の流れを眺め始めた。

「久しぶりだね」

 と女の子が言う。僕は頭を軽く下げた。

「楽しそうですね」

「いや、まあそこそこの楽しさかな。やはり子供相手にずるをしている感覚はぬぐえない」

「そうですか」

「それで君はこの世界では何をやってるんだい?」

「元気に高校生をやっています。教室では浮いているので、上手く馴染めているとはいいがたいですか、まあそれなりにはやっていますよ」

「一緒に転生した人たちのケアをやっているとは聞いたけど」

「ケアと言うほど大層なものでもないですよ。ただ、前のことを共有できる人と僕が合いたかっただけです」

「今回もそうなのか?」

「そうかもしれません。ところで何歳ぐらいで姿は固定するつもりですか」

「ちょうどこれくらいになると思う」

「大人にならないと不便じゃないですか?」

「実利は趣味より優先される」

 趣味なら仕方がない。そこで言葉が途切れる。河川敷では、先ほどとはほかの子供たちが、かけっこのようなことをしていた。遠くを見ると、川の向こうで工場から出ている煙が、日の光をゆらしていた。

 もっとたくさん話したいことがあったはずだが、どうもうまくいかない。

 小学生相手に話すことはないと、現世の価値観に上手く馴染めていると前向きに考えたかったが、それでも生死を共にした彼女とこんなおざなりな会話しかできないのは残念だった。このお互いの間に走る感情を言語化しようとしてみたら、出てきたのは、『駅のホームで気持ちよく別れたら、同じ電車に乗っていて気まずい』みたいなものだった。

 彼女も退屈を感じてきたのか、文庫本を取り出して読み始めた。邪魔しては悪いと、話しかけずに黙っておく。本を読んでいる時に『なに読んでるの?』と聞かれて会話に花が咲いたことは経験上はなかったからだ。

「ん……」

 それでも話しかけずにいられないことが起きた。

 なんと、彼女は最初の数ページを読んだ後、その後、真ん中を飛ばして読み始めたのだ。いや確かに前の世界でも同じようなことをしていた。その時は気にならなかったが、今の世界に馴染んだ後だとかなり気になる。

「面白くなかった感じですか?」

 と僕は声が震えるのを、悟られないように言った。

「いんや。いい感じだった」

「もう読んだ本だったり?」

「今日初めて読んだよ」

 僕はため息をついた。

「魔女様は外見以外は変わらないですね」

 彼女は怪訝な顔をしてこちらに顔を向ける。

「いや変わらないかもしれないが、こんなことで断言されるとは思はなかったよ」

「でも魔女様は、推理小説で解決辺だけ読むタイプになってしまったんでしょ」

「ん~ちょっと違うかな」ぱたんと、音を立てて彼女は本を閉じた。「これは前世のころからやっていたことだけど、今世になって沿おう言うことだったのかと言語化できるようになった話だけどね。昔ね、小説のシリーズを二巻ほど読んだんだ。面白かったし、主人公も好きだったけど、こう思ったんだよ。『この主人公は幸せになれないタイプだな』って」

「ありますねそういうの」

「でもその本屋に並んでる最終巻の帯にこう書いてあったんだよ。『ぼくは幸せになった』って。それ見てたら涙ぐんでしまってね」

「はい」

「その後そのまま順当に読み進んで最終巻まで読み進めるとね。途中で順当に『この主人公は幸せになれないこともなさそうだな』に代わって最後に順当?に幸せになるんだ。それはそれでよかったんだけど、帯を見た時の感情は越えなかった。多分帯でネタバレを踏まずに順当に読み進んでも、帯を見た時の感情は上回らなかったんじゃないかなって。だからその時の似た感情を探るために、ほんの最初と最後を読んだり、複数巻ある本を飛ばし飛ばしで読むんだ」

「つまりネタバレの魔力に取りつかれたんですね」

「言葉と言うものは同じ意味でも言い方次第であらゆる形にかわる。君は変わったね。小説にそこまで固執するタイプだったのかい?」

「僕も……ちょっとある物語の言葉で変わったのかもしれません。確か……」

 確かも何もずっと僕の中に断固としてある言葉だ。容易に口にして、その価値を安くしたくないだけで。

「人は死ぬと物語になる」

 では不死だった僕は、物語ではなかったのだろうか。


 それからしばらく僕は彼女と話した。だからといって、昔のことを懐かしむような話はしなかった。ただ、両親役の人とはうまくいっているだとか、受験勉強はしているのかだとか、たわいもない話をした。やがて彼女は立ち上がり、腰についた草を払って背伸びをした。そろそろ帰るようだ。最後に彼女はこう付け足した。

「人を殺したくなったらまた来なさい。受け止めてあげるから」

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