第12話 整備士
◇ ◆ ◇
壁内実習が終わり、トルペも大方決まりつつある今、魔法士学院一年生のカリキュラムは大幅に加速していた。
今までは、座学だの射撃訓練だのがメインだったのだが、これからはシュミレーションや実習、模擬戦、それに伴った体力作りなどがメインになってくる。俺たち3組も早速担任のゴリ──失礼……男性教官に一週間後の第二回壁内実習と、その翌週のトルペ対抗模擬戦を通達された。
壁内実習ならまだしも、魔法士同士の模擬戦になんの意味があるのか俺には分からなかったが、勝負事だと燃える性格らしい
「で、広範囲に攻撃可能な
「あぁ、聞いてるぞ」
「聞いてませんよね!? どこか違うところ見てましたよね? 話を聞く時は話している人の方を向いて聞くことって小学校で習いませんでした?」
4人がけのボックス席で、俺の真ん前に座った鞠亜は不満そうに頬を膨らませながら抗議する。全く、鬱陶しいったらありゃしない。俺は昔から教室でも教師の目の前の最前列の席は避けるようにしてきた。あそこに座れる奴らの気が知れない。──つまりは人の話を集中して聞くことはあまり得意ではない。鞠亜みたいに長々と話すやつならなおさらだ。
その時、つまらなそうに鞠亜の隣に座っていたリオンが耐えきれずに、口元を押さえながら「ふぁぁ……」と小さなあくびをした。本人はバレないように音を抑えたつもりのようだったが、それを見逃す鞠亜ではなかった。
「里見さんっ!」
「──ひくっ!?」
大声で怒鳴られたリオンはびっくりしてしゃっくりのような音を立てる。その一連のやり取りが面白くて笑いそうになっていたらまた鞠亜に睨まれた。
問題児の二人がエリートの鞠亜についていけなくなりかけている所で、思わぬところから助け舟が来た。俺の隣の席でスッと手が上がったのだ。
「──なぁ、ひとつええか?」
「そう、さっきから気になってましたけど、誰ですかあなたは……?」
「そうだぞ、なんでナチュラルに混ざってるんだ優佑?」
すました顔で俺の隣に座っていた粂優佑は肩を竦めた。
「言うたやろ? 直々に挨拶に行ったるって。なあハルト?」
「──確かにそんなこと言ってた気がするが」
冗談かと思っていた。まさか優佑のやつが本当にこの問題児だらけのトルペに入るつもりだったなんて──いや、問題児はもちろん俺も含めてなのだが。
「それで、いったいあなたは誰なんですか?」
「知らんのか? 一流デバイスメーカー『春雷工業』の御曹司、
「春雷工業?」
胸を張って言い放った優佑に、リオンが首を傾げる。が、鞠亜は心当たりがあったようだ。
「──聞いたことあります。あの、不祥事で潰れた中小町工場!」
「んん!? ……確かに不祥事起こしたのは事実やけど、中小町工場は失礼やろジブン! あと潰れてへんわ! 春雷工業の技術は今は複合企業『ファムファタール』として生きてるんやで!」
「ふーん? 経営難だったからファムファタールに吸収されただけですよねー?」
目を細めて意地悪そうに言う鞠亜。普段は優等生を装っている鞠亜にしては、かつてないほど性格が悪そうだ。たまにこういう黒い面が出るのが彼女の恐ろしいところかもしれない。
俺はふと疑問に思って優佑に問いかけてみる。
「なあ優佑。この前言っていたシェア第3位っていうのは……」
「ああそうやハルト、それは春雷工業のことやのうてファムファタールのことや。察しがええなちくしょう! けどな、ワイはいつか春雷工業を立て直すんや! そのために魔法士として活躍して名前を売ってやるんや!」
なるほど、巨大企業に吸収された優佑の会社。出回らなくなってしまったはずの春雷工業のデバイスが俺に支給されたので優佑はあんなにも食いついていたというわけか。
まあ、支給された理由としては俺みたいな底辺魔法士候補生には底辺企業の余り物デバイスでいいと判断されたというのが俺の予想だが。
「つまり粂くんは私たちのトルペに参加したいと?」
「せや、ジブンらとしても優秀な
「あぁ、優佑とは同室でよくデバイスを見てもらっているが、少なくとも今のところはデバイスを壊されたりはしていないな」
「──っておい!」
「うーん、どうしましょうかねー?」
そう言いながらチラッと隣のリオンに視線を送る鞠亜。対するリオンは小さくため息をついた。
「──あなたが決めてよリーダーなんでしょ?」
「一応里見さんの意見を聞いておこうかなと……」
「まかせる」
リオンはそれだけ言うと、テーブルに突っ伏してしまった。鞠亜が半ば強引にトルペのリーダーに名乗りを上げ、勝手に自分をリーダーとして申請書を出してしまったので、それを根に持っているのだろう。俺は自分がリーダーになりたいという気持ちはどうしても理解できないが、リオンがリーダーになったらそれはそれで厄介そうなのは確かだった。
「──私は少し保留したいところはありますが……」
「ほう? それでええんかお嬢さん?」
鞠亜に優佑が詰め寄る。彼は鞠亜の席の脇に置かれているアサルトライフルが収められたスーツケースを指さしながらニヤリと笑った。──形勢逆転か?
「何……?」
「その『ドラッケン』、オーダーメイドやろ?」
「──だったらなんだっていうんですか?」
「その子を整備できるのは学院内ではワイだけや。……それとも、整備のためにわざわざ『トゥアハ・デ・ダナーン社』に送って依頼するつもりなんか? 整備している間、デバイスはどうするつもりや?」
「そ、それは……!」
先程まで優佑を弄り倒していた鞠亜は今度は明らかに劣勢だった。さすが関西人と言うべきだろうか、こういう所はしたたかな優佑だった。
「で、でも本当にあなたがこのデバイスを整備できるのか──」
「できる言うとるやろ」
優佑は鞠亜の方に手を差し出す。何かを渡せと言わんばかりだった。
「ちょっと貸してみ」
「……?」
「ジブンのドラッケンちゃんや。ええから貸してみい!」
鞠亜は不安そうに俺の方を窺う。俺が頷くと、渋々といった様子でスーツケースからアサルトライフルを取り出して優佑に手渡した。
「ほうほう、これがあの『ドラッケン』かいな。またえらいややこしい調整がされてるみたいやな……」
とかなんとかブツブツ呟きながら、優佑はドライバーのような謎の工具を使いながらアサルトライフルを分解していく。
「あぁ……」
鞠亜が悲痛な声を上げるが、優佑に限って自分が直せないにも関わらず勝手に解体を始めるようなことはないだろう。
あっという間に4人がけのテーブルの上には大小様々なパーツが展開された。そして、その一つ一つを黒い布のようなもので丁寧に磨いていく。その手つきを見ている鞠亜の表情が徐々に和らいでいった。
やがて、優佑が数多のパーツをまた一から組み上げて元のアサルトライフルが再び姿を現した時、突っ伏して寝ていたリオンが大きく伸びをしながら目を覚ました。軽く数十分は経っていただろうが、その間俺はもちろん鞠亜も夢中になって優佑の作業を眺めていた。
「ほい、どや? マナのなじみがよくなったやろ?」
アサルトライフルを受け取った鞠亜は軽く振ったり構えてスコープを覗き込んだりしながら感嘆の声を上げた。
「──確かに、マナを込めた時の違和感がなくなりました……びっくりです」
「ふん、ワイにかかればこんなもんおちゃのこさいさいや!」
「いいでしょう。粂くんといいましたっけ? 私たちのトルペへの参加を認めます」
「よっしゃ、ほなさっきの整備代の話やけど──」
「お金取るんですか!?」
「当たり前やろ! 商売舐めとんのか! 安心しいや、出世払いのツケにしといたるわ」
と、鞠亜も早速優佑の餌食になったのだった。
その時、ふとリオンと目が合った。彼女はチラッとカフェテリアの外へ出る扉へ視線を移し、「時間ある?」とアピールしてきた。俺が頷くと彼女は黙って立ち上がり、カフェテリアから出ていく、優佑と鞠亜の言い争いが終わる気配もなかったので、俺も立ち上がってリオンのあとを追った。
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